第20話 屋根裏の自由と風
風の音で目が覚めた。
屋根板の隙間から朝日が差し込み、ホコリが金色に浮かぶ。
もうこの部屋にも慣れてきた。
板はきしむし、壁は剥がれているが、人目を気にせず全裸でいられるという点では最高の物件だ。
「……異世界の快適って、基準がどんどん下がってる気がする」
俺は布団をたたみながら財布を開いた。
――中身は銀貨三枚。
宿代を払っていたら、今ごろ街を追い出されてたな。
「働かないと……でも依頼ないしなぁ」
手を伸ばした先に、ギルドで貰った依頼票の残骸があった。
風の調査、配達、掃除……どれも地味で儲からない。
ふと、窓から差し込む風がやけに冷たいことに気づく。
空を見上げると、雲が逆方向に流れていた。
「また風向きおかしいな……ま、気にしても仕方ないか」
俺は深呼吸し、静かに服を脱ぎ始めた。
今日こそ屋根裏で、魔法の練習をしてみようと思ったのだ。
ここなら誰も見ていない――はずだ。
服を脱ぎ終えると、ひんやりした空気が肌を包んだ。
この瞬間、魔力が全身に満ちていくのがわかる。
〈スキル モザイク〉
顔と股間がモザイクで隠れる。股間のモザイクは細かめだ。
「よし……まずは掃除からだな」
〈洗浄〉
床が一瞬でピカピカになった。
「おお、これは便利。文明レベルが一気に上がった気がする」
続けて、気になっていた魔法を試してみる。
「えーと、透明化だっけ……?」
〈透明化〉
体がすうっと消えた。
思わず両手を広げるが――
「うわ、これ、すげぇ……!」
足が椅子の脚にぶつかる。
痛ぇ! 姿が見えないと危ねぇなこれ!
しかも鏡に自分が写っていないのが地味に怖い。
続けて、前から気になってた“小さな”魔法に挑戦してみる。
「よし……小さな風を起こすだけ。小さくだぞ?」
〈風球〉
ぽん、と掌に小さな風の塊が生まれた。
軽く動かしてみると、紙くずがふわりと舞い上がる。
「おお、成功……!」
と思った次の瞬間、
風球が勝手に大きくなり始めた。
「え、ちょ、待っ――!」
屋根裏いっぱいに突風が吹き荒れ、
床板の隙間から砂埃が舞い、壁の紙がバサバサと剥がれる。
服が宙を舞い、俺のパンツがくるくる回って天井に貼りついた。
「お、おい待て! 落ち着け! 俺のパンツに用はないだろ!」
風はさらに勢いを増し、紙くずの渦の中に“黒いもや”が混ざった。
一瞬、空気が冷たくなり、背筋がゾワッとした。
「……今、なんか混じった?」
慌てて魔法を解除する。
風がぴたりと止み、静寂が戻った。
パンツがひらりと落ち、俺の頭にかぶさった。
「……いや、これは夢ってことにしておこう」
そのとき、窓の外からノックの音がした。
「シゲルー! いる?」
リオナの声だ。よりによって今!?
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて服を掴み、急いでズボンを履こうとした瞬間――
ベルトのバックルがすっぽ抜け、床にカンと音を立てて転がった。
タイミング悪く、リオナが窓から覗き込む。
「なにしてんのよ……部屋で修行でもしてたの?」
「ちょ、ちょっとした通気実験というか……」
「通気って……服、飛んでってるけど」
「実験の結果だ!」
「はいはい。あんたの言う事って、だいたいトラブルの前触れよね」
リオナは呆れ顔でため息をついた。
「街の方でも風が逆に吹いたって聞いたわよ」
「……マジで?」
「まさかとは思うけど、あんた関係してないわよね?」
「いやいや、俺の風は優しいタイプだから」
「そのセリフがいちばん怪しいのよ」
そのままリオナはパンを置いて帰っていった。
部屋に残ったのは、俺とパンだけ。
◇
夜の屋根裏部屋。
外は静かで、風もない。
だが、窓の外を黒いもやがゆっくり横切っていった。
音もなく、影だけが動く。
「……また、来たな」
毛布をかぶりながら、心の中でぼそっと呟く。
「なあジジイ。あれ、お前の仕業じゃないよな?」
『ふむ……ワシのせいではない。風はときに、神の思惑すらすり抜けるものじゃ』
「じゃあ、誰の仕業なんだよ」
『さあな。だが……風は“匂い”を覚えておるぞ』
「匂い? なんの話だよ」
『おぬしのパンツの匂いじゃ』
「話が締まらねぇ!」
毛布を頭までかぶり、ため息をついた。
「……ジジイのせいじゃないとしても、嫌な予感しかしねぇ」
窓の外では、黒いもやが再び風に溶けて消えていった。




