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第18話 稼がないとヤバい!

 鼻の奥がツンと冷えた。

 目を開けると白い息がふわっと広がる。

 屋根裏の隙間風は、財布の中身と同じくらいスースーしていた。

 金貨一枚、銀貨が数枚。

 ……終わってる。家計が、堂々と冬越し前に終わってる。



 白風亭の食堂に入ると、スープの湯気がやさしく鼻をくすぐった。

 向かいでリオナがこちらを見上げる。


「どうしたの、その“最終話直前”みたいな顔」


「もうすぐ最終話を迎えるのは俺の財布だ」


「バカ。働きなさい」


「働きたい。けど依頼が便所掃除とゴミ拾いしか無かった」


「……じゃあ私が紹介するわ。軽い護衛。稼ぎはそこそこ」


「女神かよ?」


「違うわ。現実の剣士よ」


 そういうところ、ほんと助かる。



 ギルドに着くと、リオナが依頼票を一枚引き抜き、顎で合図した。


「町外れの倉庫から魔導素材の運搬。護衛は“軽装備可”」


「“軽”っていい言葉だな。心にやさしい」


「それ、フラグだから」


 すると、横から丸い影が飛び込んできた。


「おお、あんたら! 前に世話になったバルドンだ!」


「お久しぶりです。儲かってますか」


「ぼちぼちとな! 今日は魔力石の搬入をたのむ。風が強い? 大丈夫大丈夫!」


 いちばん信用できない“大丈夫”を聞いた気がする。



 荷車を押しつつ城門を抜ける。冬の始まりの風が頬を刺した。


「風、強くなってきたわね」


「季節風だろ。たぶん俺の財布にも吹いてる」


 冗談を言い終わらないうちに、幌がバタバタ暴れ始める。

 荷車全体がガタガタっと跳ねて、木箱がカタカタ鳴った。

 低い唸りが耳の奥を痺れさせる。

 嫌な音だ。機械が逆転するときのような……。


「幌、締めるわよ!」


「了解!」


 ロープを引いた瞬間、木箱の隙間から青い光がチラッと滲んだ。


「……これ、鳴くような物か?」


「鳴くわけないでしょ! 魔導石が共鳴してる!」


 さらに風が強くなる。

 荷車がズズズ……と坂を勝手に登り始めた。


「おいおい! 動力付けた覚えないぞ!?」


「止めろぉぉぉ!」

 バルドンが悲鳴を上げる。


「商売がふっ飛ぶ!」


「俺の人生もだよ!」


 砂埃が巻き上がり、リオナのポニーテールがムチみたいに頬をバシン。


「痛っ! 今の何の攻撃!?」


「偶然よ! 集中!」


「はい!」


 箱の蓋を少しこじ開け、内部を覗く。

 配線――いや、魔力導線の角度が振動でズレて、循環路が逆向きにうねっている。

 光が赤く脈打ち、“キィィン”と嫌な高音がする。


「爆発するぞ! 逃げろー!」とバルドン。


「軽く言うなって! 俺の心臓が爆ぜる!」


「シゲル、どうにかして!」


 脱げば秒で終わるけど、人が見てる状況で全裸は俺の人生が爆ぜる!


 落ち着け、俺には例の知恵がある。

 現状を理解すれば、体は動く。


 腰のベルトを外し、魔力導線の噛み合わせに“締め具”として噛ませる。

 角度を風向きに合わせて微調整、導線の捩れを外側から矯正――


「……ここ。はい、回れ右」


 金具を固定。

 青白い光が一瞬だけ強まり、すうっと沈んだ。

 高音が消える。箱は静かになり、ただの箱に戻った。


 俺は肩で息をし、視線でリオナに“終わった”と伝える。

 彼女は胸を上下させながら、小さく息を吐いた。


「……助かった」


「ふぅ……俺の知識を舐めんな」


「いまのが知識? ベルトで全部解決したけど」


「道具も知識」


 その安堵の瞬間――


 ストン。


 腰を支えていたベルトは外したままだった。

 ズボンが、礼儀正しく重力に従って足首までスルリ。

 冬の風が、必要以上に涼しい。


「……」


「……」


 リオナが目線だけ上げて、深くため息をつく。

「ねえシゲル。英雄気取りはいいけど、パンツ見えてるわよ」


「ち、違う! これは事故で! 事故だから!」


「“事故”って便利な言葉よね」


「見るなバルドン! 見世物じゃない!」


「す、すまん! 勇者さまが眩しくて!」


「眩しいのは俺の羞恥心だぁぁ!」


 慌ててズボンを引き上げ、麻ひもで締める。


 風がひゅうっと鳴いた。

 空の端を、墨を薄く溶いたみたいな筋が一瞬横切った気がする。

 ……今の、ただの雲か? 風の悪戯? まあいいや。

 今はズボンのほうが重大。



 日が落ちる頃、ギルドに報告を出し、袋を受け取った。

 ――銀貨三十枚。ずっしり。


「やるじゃないの、シゲル。まさか真面目に働くとは」


「俺だって働く。脱がずに働く」


『働いても脱がぬ勇者とは、珍品じゃのう』


「黙れ(ジジイ)!」


『では“ズボンの加護”を授けよう。決して落ちぬズボンじゃ』


「それはちょっと欲しい!」


 リオナが不思議な顔をした。

 俺はつられて苦笑い。

 外では冬の風が、今度はやさしく街角を撫でていた。


 稼いだ。座布団に、鍋に、次は毛布だ。

 ――生きていく、ってこういう計算の積み重ねか。


 屋根裏へ戻る足取りは、少しだけ軽かった。

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