第13話 光る影と笑えない真相
朝のギルドはいつになくざわついていた。
依頼掲示板の前に人だかりができている。
セリナがひょいと顔を出して、俺を見つけるなり笑顔で叫んだ。
「シゲルさん! 出ましたよ、新しい噂です!」
「いやな予感しかしないけど、今度は何?」
「“光る影”です!」
「もうやめてくれ……」
どうやら郊外の丘で、夜になると“光る人影”が出るらしい。
それを見た農夫が「光る勇者の再来だ!」と騒ぎ、街の話題になっているという。
「依頼主から調査の申請がありました」
マリアが淡々と書類を渡してくる。
「内容は“丘の光る現象の調査”。討伐ではありません。安全です」
「……フラグにしか聞こえない」
横からリオナが口を挟んだ。
「つまり、暇そうなあんたと私の出番ってわけね」
「“暇そう”の部分が余計だ」
「でも当たってるでしょ?」
「……否定できねぇ」
こうして、俺とリオナの調査任務が決まった。
◇
夕方、風が冷たい丘の上。
黄金色の草原が広がり、ところどころ焦げ跡のような黒ずみが残っていた。
「魔物の痕じゃないな」
リオナがしゃがみ込み、地面を指先でなぞる。
「でも、魔力の残り香がする……生き物の気配とは違う」
「ふーん……そうなんだ」
俺は空を見上げながら、曖昧に相づちを打つ。
これ……完全に俺の魔力だよな。
あのときの“光壁”が地脈を伝ってここまで? やっちまったか……。
言えるわけがない。
街で「光る勇者」がもう一体現れた、なんて広まったら恥ずかしすぎて生きていけない。
「自然発光現象とかじゃない?」
「そんな便利な自然現象ある?」
「……ないです」
リオナの冷たい視線が痛い。
日が暮れ始め、丘に薄い霧がかかり始めた。
◇
夜になり草原の中に淡い光が浮かび上がった。
それはひとつ、ふたつ、そして――人型を成してゆく。
「動いた!?」
リオナが剣を抜き、光に斬りかかる。
だが、刃は空を切り、光はすり抜けて漂った。
「まるで……残像?」
あーこれ完全に俺の魔力の残りだ……!
リオナが振り向く前に、俺は木陰に走り込み、服を脱ぎ捨てる。
風が冷たくて泣きそうだ。
〈スキル モザイク〉
顔と股間にモザイクが掛かる。股間のモザイクは細かい。
両手を前に突き出し、短く念じる。
俺の責任だもんな……。
〈光球〉
純白の光が丘全体に広がり、漂っていた影を一瞬で飲み込む。
光が収束し、静寂が戻った。
「……ふぅ」
裸のまま夜風に吹かれながら、俺は小声でつぶやいた。
「やっぱ、これ俺の後始末か……」
◇
翌朝。
白風亭の食堂で朝食をとっていると、隣の客が興奮気味に話していた。
「見たか!? 昨夜、丘に“全裸で光る人影”が現れたらしい!」
「また勇者様か!?」
「やっぱり本物だったんだ!」
スープを吹き出しそうになる。
エマがパンを運びながら、無邪気に笑った。
「勇者さん、また出たんですね!」
「……そうだね(もう笑うしかねぇ)」
◇
ギルドに着くと、マリアが報告書を読んでいた。
「光る影、消滅確認。原因は……“自然発光現象”で処理しておきます」
「助かります」
「本当に自然発光なんですか?」
「多分……きっと……おそらく」
「答えがどんどん弱くなってるけど?」
「気のせいです!」
横でリオナが腕を組みながら言った。
「ま、結果オーライね。街の人も安心したし」
「……俺の精神はもうボロボロですけどね」
そのとき、またあの声が頭に響いた。
『おぬし、光を灯して影を残すとは芸術的じゃのう』
「うるせえ……」
『己の魔力、世界が消化できぬほど濃い。まるでカレーのルーじゃ』
「たとえが雑ぅ!」
『ふむ、料理下手の勇者という称号を授けよう』
「いらねぇ!」
頭を抱える俺の横で、リオナが首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
『ふふ、次は何を汚すのか楽しみじゃ』
「うるせぇぇぇ!!」
街の外は今日も穏やかに晴れていた。
そして丘の上では、昨夜の光の名残が、うっすらと風に溶けて消えていった。




