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第13話 光る影と笑えない真相

 朝のギルドはいつになくざわついていた。

 依頼掲示板の前に人だかりができている。

 セリナがひょいと顔を出して、俺を見つけるなり笑顔で叫んだ。


「シゲルさん! 出ましたよ、新しい噂です!」


「いやな予感しかしないけど、今度は何?」


「“光る影”です!」


「もうやめてくれ……」


 どうやら郊外の丘で、夜になると“光る人影”が出るらしい。

 それを見た農夫が「光る勇者の再来だ!」と騒ぎ、街の話題になっているという。


「依頼主から調査の申請がありました」

 マリアが淡々と書類を渡してくる。


「内容は“丘の光る現象の調査”。討伐ではありません。安全です」


「……フラグにしか聞こえない」


 横からリオナが口を挟んだ。

「つまり、暇そうなあんたと私の出番ってわけね」


「“暇そう”の部分が余計だ」


「でも当たってるでしょ?」


「……否定できねぇ」


 こうして、俺とリオナの調査任務が決まった。



 夕方、風が冷たい丘の上。

 黄金色の草原が広がり、ところどころ焦げ跡のような黒ずみが残っていた。


「魔物の痕じゃないな」

 リオナがしゃがみ込み、地面を指先でなぞる。


「でも、魔力の残り香がする……生き物の気配とは違う」


「ふーん……そうなんだ」


 俺は空を見上げながら、曖昧に相づちを打つ。


 これ……完全に俺の魔力だよな。

 あのときの“光壁(ライトウォール)”が地脈を伝ってここまで? やっちまったか……。


 言えるわけがない。

 街で「光る勇者」がもう一体現れた、なんて広まったら恥ずかしすぎて生きていけない。


「自然発光現象とかじゃない?」


「そんな便利な自然現象ある?」


「……ないです」


 リオナの冷たい視線が痛い。

 日が暮れ始め、丘に薄い霧がかかり始めた。



 夜になり草原の中に淡い光が浮かび上がった。

 それはひとつ、ふたつ、そして――人型を成してゆく。


「動いた!?」


 リオナが剣を抜き、光に斬りかかる。

 だが、刃は空を切り、光はすり抜けて漂った。


「まるで……残像?」


 あーこれ完全に俺の魔力の残りだ……!


 リオナが振り向く前に、俺は木陰に走り込み、服を脱ぎ捨てる。

 風が冷たくて泣きそうだ。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間にモザイクが掛かる。股間のモザイクは細かい。


 両手を前に突き出し、短く念じる。


 俺の責任だもんな……。

光球(ライトボール)


 純白の光が丘全体に広がり、漂っていた影を一瞬で飲み込む。

 光が収束し、静寂が戻った。


「……ふぅ」


 裸のまま夜風に吹かれながら、俺は小声でつぶやいた。

「やっぱ、これ俺の後始末か……」



 翌朝。

 白風亭の食堂で朝食をとっていると、隣の客が興奮気味に話していた。


「見たか!? 昨夜、丘に“全裸で光る人影”が現れたらしい!」


「また勇者様か!?」


「やっぱり本物だったんだ!」


 スープを吹き出しそうになる。

 エマがパンを運びながら、無邪気に笑った。


「勇者さん、また出たんですね!」


「……そうだね(もう笑うしかねぇ)」



 ギルドに着くと、マリアが報告書を読んでいた。


「光る影、消滅確認。原因は……“自然発光現象”で処理しておきます」


「助かります」


「本当に自然発光なんですか?」


「多分……きっと……おそらく」


「答えがどんどん弱くなってるけど?」


「気のせいです!」


 横でリオナが腕を組みながら言った。

「ま、結果オーライね。街の人も安心したし」


「……俺の精神はもうボロボロですけどね」


 そのとき、またあの声が頭に響いた。


『おぬし、光を灯して影を残すとは芸術的じゃのう』


「うるせえ……」


『己の魔力、世界が消化できぬほど濃い。まるでカレーのルーじゃ』


「たとえが雑ぅ!」


『ふむ、料理下手の勇者という称号を授けよう』


「いらねぇ!」


 頭を抱える俺の横で、リオナが首を傾げた。

「どうしたの?」


「……いや、なんでもない」


『ふふ、次は何を汚すのか楽しみじゃ』


「うるせぇぇぇ!!」


 街の外は今日も穏やかに晴れていた。

 そして丘の上では、昨夜の光の名残が、うっすらと風に溶けて消えていった。

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