第11話 光る勇者、街に帰る
街道の石畳を踏みしめるたびに、秋の乾いた風が頬をかすめた。
昨日の戦いが嘘のように空は澄み渡っている。
リオナが隣で背伸びをしながら言った。
「ねえ、昨日の“光の勇者”って、結局なんだったんだろ」
「さあな。雷が落ちて魔物が吹っ飛んだだけだろ」
「でも見た人みんな、“人の形をした光”だったって言ってるのよ?」
「そりゃ……雷の見間違いだろ」
俺は視線を逸らした。まぶしい太陽が、やたら俺の罪悪感を照らす。
「ふ〜ん、ま、いいけど」
リオナは笑って、足取りを軽くした。
この人、なんとなく気づいてる気がする。けど、詮索しない。
ありがたいけど……プレッシャーがすごい。
◇
街の門が見えてきた。
石造りの防壁の上では、見張りの兵士が暇そうに槍をもたれている。
近づくと、門番が嬉しそうに話しかけてきた。
「おい、聞いたか? 西方の村を救った“光の勇者”!」
「……へえ、そんなのがいたんですか?」
「らしいぞ! 雷のごとき光で魔物を一撃! しかも――」
門番が妙に声を潜めた。
「……全裸だったらしい!」
「ぶっ!? な、なんで知ってんだよっ! いや、知ってんだ……!?」
「ん? 今なんか言ったか?」
「い、いや、あの……冒険者って噂話が好きなんです!」
「おう! そういう話は大好物だ!」
リオナが口元を押さえて笑っている。
「……全裸の勇者、ね」
「誰だよそんな話流したやつっ!」
◇
ギルドに戻ると、入口からして騒がしい。
依頼掲示板の前で冒険者たちが盛り上がっていた。
「“光る勇者”ってほんとにいたのか?」
「見たやつがいるらしいぜ、西の村で!」
「裸で雷落とすとか、変態か天才か分かんねぇな!」
「どっちもだよ!」
俺は頭を抱えた。
……俺、両方なのか……?
受付カウンターに向かうと、セリナが手を振ってきた。
「おかえりなさ〜い! いやぁ、噂すごいですね、“光る勇者さん”!」
「違う! 俺じゃない!」
「え、でも西方の村の依頼って、シゲルさんとリオナさんが受けてたじゃ……」
「偶然だ! 雷は天から落ちた!」
後ろでマリアが淡々と書類をめくりながら言う。
「雷、ね。……あの地区の気候、雷が落ちる確率はほぼゼロですが」
「マリアさん、理詰めはやめましょう!」
「そうですか。まあ、報告内容は異常なし。お疲れさまでした」
マリアが苦笑して言った。
「……でもねぇ、“偶然”にしてはタイミング良すぎない?」
「リオナさん、信じてください。俺は服を着てました」
「そこは聞いてないけど……なんでそんな焦ってんの?」
「……いや、その、気温が高いなって」
「秋だけど?」
「……ですよね」
◇
夕方。
白風亭の扉を開けると、パンの焼ける香りが迎えてくれた。
エマが笑顔で手を振る。
「おかえりなさい、シゲルさん! 聞きましたよ、“光る勇者”!」
「……その話、どっから湧いたの……?」
「街の子どもたちがマネしてましたよ。こうやって!」
両手を広げて、「ピカーン!」と叫ぶエマ。
宿の客たちが笑い声を上げる。
俺はテーブルに突っ伏した。
『人気者じゃのう、シゲルよ。神々の間でも評判じゃぞ?』
「評判悪いだろそれ!」
『“光る尻の勇者”と呼ばれておる』
「最悪だよ神ィィ!」
宿の客が一斉にこちらを見る。
「……すみません、独り言です」
◇
その夜。
宿の窓から見える街の灯が揺れていた。
光の中に、小さな笑いとざわめきが溶けていく。
……誰が勇者だよ。俺なんて、ただの裸の男だ。
でも、あの村の人たちが笑っていられるなら――
それで、いいのかもしれない。
風がカーテンを揺らし、遠くでパンの香りが漂った。
『次はどこで脱ぐつもりじゃ?』
「もう黙れぇぇぇ!」




