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第11話 光る勇者、街に帰る

 街道の石畳を踏みしめるたびに、秋の乾いた風が頬をかすめた。

 昨日の戦いが嘘のように空は澄み渡っている。

 リオナが隣で背伸びをしながら言った。


「ねえ、昨日の“光の勇者”って、結局なんだったんだろ」


「さあな。雷が落ちて魔物が吹っ飛んだだけだろ」


「でも見た人みんな、“人の形をした光”だったって言ってるのよ?」


「そりゃ……雷の見間違いだろ」


 俺は視線を逸らした。まぶしい太陽が、やたら俺の罪悪感を照らす。


「ふ〜ん、ま、いいけど」


 リオナは笑って、足取りを軽くした。

 この人、なんとなく気づいてる気がする。けど、詮索しない。

 ありがたいけど……プレッシャーがすごい。



 街の門が見えてきた。

 石造りの防壁の上では、見張りの兵士が暇そうに槍をもたれている。

 近づくと、門番が嬉しそうに話しかけてきた。


「おい、聞いたか? 西方の村を救った“光の勇者”!」


「……へえ、そんなのがいたんですか?」


「らしいぞ! 雷のごとき光で魔物を一撃! しかも――」


 門番が妙に声を潜めた。


「……全裸だったらしい!」


「ぶっ!? な、なんで知ってんだよっ! いや、知ってんだ……!?」


「ん? 今なんか言ったか?」


「い、いや、あの……冒険者って噂話が好きなんです!」


「おう! そういう話は大好物だ!」


 リオナが口元を押さえて笑っている。

「……全裸の勇者、ね」


「誰だよそんな話流したやつっ!」



 ギルドに戻ると、入口からして騒がしい。

 依頼掲示板の前で冒険者たちが盛り上がっていた。


「“光る勇者”ってほんとにいたのか?」


「見たやつがいるらしいぜ、西の村で!」


「裸で雷落とすとか、変態か天才か分かんねぇな!」


「どっちもだよ!」


 俺は頭を抱えた。

 ……俺、両方なのか……?


 受付カウンターに向かうと、セリナが手を振ってきた。


「おかえりなさ〜い! いやぁ、噂すごいですね、“光る勇者さん”!」


「違う! 俺じゃない!」


「え、でも西方の村の依頼って、シゲルさんとリオナさんが受けてたじゃ……」


「偶然だ! 雷は天から落ちた!」


 後ろでマリアが淡々と書類をめくりながら言う。

「雷、ね。……あの地区の気候、雷が落ちる確率はほぼゼロですが」


「マリアさん、理詰めはやめましょう!」


「そうですか。まあ、報告内容は異常なし。お疲れさまでした」


 マリアが苦笑して言った。


「……でもねぇ、“偶然”にしてはタイミング良すぎない?」


「リオナさん、信じてください。俺は服を着てました」


「そこは聞いてないけど……なんでそんな焦ってんの?」


「……いや、その、気温が高いなって」


「秋だけど?」


「……ですよね」



 夕方。

 白風亭の扉を開けると、パンの焼ける香りが迎えてくれた。

 エマが笑顔で手を振る。


「おかえりなさい、シゲルさん! 聞きましたよ、“光る勇者”!」


「……その話、どっから湧いたの……?」


「街の子どもたちがマネしてましたよ。こうやって!」


 両手を広げて、「ピカーン!」と叫ぶエマ。

 宿の客たちが笑い声を上げる。

 俺はテーブルに突っ伏した。


『人気者じゃのう、シゲルよ。神々の間でも評判じゃぞ?』


「評判悪いだろそれ!」


『“光る尻の勇者”と呼ばれておる』


「最悪だよ(ジジイ)ィィ!」


 宿の客が一斉にこちらを見る。


「……すみません、独り言です」



 その夜。

 宿の窓から見える街の灯が揺れていた。

 光の中に、小さな笑いとざわめきが溶けていく。


 ……誰が勇者だよ。俺なんて、ただの裸の男だ。

 でも、あの村の人たちが笑っていられるなら――

 それで、いいのかもしれない。


 風がカーテンを揺らし、遠くでパンの香りが漂った。


『次はどこで脱ぐつもりじゃ?』


「もう黙れぇぇぇ!」

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