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第108話 国王への報告と、貿易再開の望み

 国境への隧道は、行きと同じ場所を通る。


 馬車の車輪が石を踏むたびに、石壁からひんやりした風が吹きつけてくる。

 行きはそれが、やけに冷たく感じた気がした。


 帰りは――少しだけ、ましに感じる。


「同じ隧道なのに、帰りはだいぶ楽に感じるわね」

 帆布の隙間から外をのぞきながら、リオナがぼそっと言った。


「わかります」

 エルナが膝の上で手を組み、小さくうなずく。


「行きは“捕まったらどうしよう”ってずっと思ってましたけど、今は“ちゃんと説明できるかな……”って、それだけです」


「それはそれで胃が痛くなんじゃねぇか」

 俺は揺れる木箱に背を預け、苦笑する。


 御者台では、バルツが門番とやり取りしていた。


「そっちの三人は?」


「ガルダ側で臨時の荷役してた連中だ。向こうの情報を持って、王都まで戻るそうだ」


「ガルダはどうだった?」


「相変わらずにらみ合いだな。ただ、砦では“持久戦の準備”ばっかりやってる。今すぐ手を出すより、炉と道を心配してる感じだ」


「こっちも似たようなもんだ。書類仕事と倉庫の荷作業ばっかり増えやがる」

 門番の愚痴に、バルツが笑い声を返す。


 その会話を聞きながら、俺は荷台の奥から石門の天井を見上げた。


 ――これで、勇者の噂で国境争いをする線は消えた。


 ガルダでは、祟りだ勇者だと騒いでいた連中が、今は炉と道と倉庫の荷の心配をしている。


 それだけで十分だろう。



 王都の城門が見えたとき、懐かしさと面倒くささが同時に襲ってきた。


「……やっぱり大きいわねぇ、王都の門って」

 リオナが伸びをしながら言う。


「門を見ただけで、なんか紙とインクの匂いがしてくるの、気のせいじゃねぇよな」


「気のせいじゃないと思います」

 エルナが、真顔でこくりとうなずいた。


「これから報告書が何枚も増えますから……」


「やめろ、現実を直視させるな」


 そんなやり取りをしているうちに、荷馬車が王城の手前で止まった。


「ここまでだ」

 御者台から降りてきたバルツが、いつもの薄笑いを浮かべる。


「この先は王様のお膝元だ。荷馬車ごと乗り込むのは、さすがに面倒だ」


「ここまで乗せてくれて、助かったぜ」

 俺は手を差し出した。


「ガルダでもこっちでも、世話になりっぱなしだな」


「仕事だ」

 バルツは短く握り返す。


「また荷があって、お前らの手が空いてたら、そのときは声をかける。今度は、もう少し割のいい仕事だといいな」


「そのときも、荷役の給金は渋るんでしょうけどね」

 リオナがあきれたように言うと、バルツは肩をすくめた。


「金は回ってなんぼだ。俺を経由して、ちゃんと人の懐をぐるぐる回っていく」


「回しすぎなのよ、あなたの場合」

 エルナがくすっと笑う。


 バルツは軽く手を振ると、御者台に戻った。

「ほら、とっとと行け。王様を待たせると、こっちの仕事にも響く」


「了解」

 俺たちは荷台から飛び降り、城門へ向き直った。


 足もとに敷かれた石畳は、前にここを歩いたときと変わらない。

 けれど、あのときと違って、胸の中には“持って帰る話”がある。


「……行くか」


「ええ」


「はい」


 三人でうなずき合って、王城への道を歩き出した。



 謁見の間は、相変わらず広かった。


 高い天井と、赤い絨毯。

 両脇に並ぶ鎧姿の兵と槍。


 その奥に、リーベル国王が座している。


「面を上げよ」

 穏やかながら、よく通る声だ。


 膝をついて頭を垂れたあと、顔を上げると、

 王の左右には見覚えのある文官や騎士たちが並んでいる。


「戻りました、陛下」

 俺は、一つ息を整えてから言った。


「ご命令の通り、ガルダ王国に渡り、グラナードが流した勇者の噂を利用した作戦を、失敗へと導いてきました」


 王はしばし俺たちを見つめ、ゆっくりとうなずいた。

「詳しく聞こう」


 そこから先は、ほとんど俺とエルナが話し、リオナが要所で補いを入れる形になった。


 ガルダでの勇者の噂の扱い。

 最初は、戦の切り札として使う空気もあったこと。

 エルステンたちの働きで、それが少しずつ噂から消え、今は酒場の笑い話になっていること。


 鉄工所の炉と鉄の街道の話。

 砦も工房も、“戦いではなく、にらみ合いを続けるための準備”を優先していること。


 そして――


「帝国から逃げ込んだ“誰か”については、ガルダでは名前こそ出しませんでしたが」

 エルナが一歩前に出る。


「噂の焚きつけ方、火がつかなければ別の場所へ移るやり方は、グラナードの行動とよく似ていました」


「実際に見たことがあるのは、俺たちですから」

 俺が引き継ぐ。


「噂で場を熱して、火がつきそうなら押し出す。火がつかねぇと見るや、さっさと別の国を探しに行く。あいつは、そういうやり口の男です」


 王は目を細めた。

「つまり、やつの狙いは特定の国ではなく、“どこかで戦を起こすこと”そのものか」


「そう見て間違いねぇと思います」

 俺はうなずく。


「ただ――少なくともガルダでは、勇者の噂を戦の切り札に使う筋書きは潰しました。あっちでは今、噂より鉄と道と倉庫の中身の方が大事になってます」


「こちらでも、それは調査票に表れております」

 王の横に控えた文官が、手元の紙を差し出した。


「ガルダ側からの最近の文面には、“勇者”の文字は一つもありません。あるのは、鉄の増産と食料の足りなさ、街道の手入れの話ばかりです」


「貿易の停止か」

 王は静かに言った。


「ガルダでは食糧が少なく、我が国では鉄が足りぬ。本来なら、互いの不足を埋めるために荷馬車が動くべきところだが……」

 そこで、俺たちを見る。


「勇者の噂が生きたままなら、貿易の話を机上に乗せることすら難しかっただろうな」


「……はい」

 エルナがうなずく。


「“祟り”や“勇者”で戦になってしまえば、食べ物や鉄の話に戻ることができなくなります」


「だが今、ガルダもリーベルも、抱えているのは鉄と食料の問題だ」


 王は、わずかに表情を和らげた。

「お前たちが“噂による戦”を潰したことで、“商いの話”をもう一度机上に戻せる」


 その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。


 俺たちがやったことは、荷を運んで、話を繋いだだけだ。

 それでも、こうして誰かが「道を戻せる」と言ってくれるなら――

 無駄じゃなかったと思える。


「エルステンとやらからの書状も確認した」

 王は文官から封書の束を受け取り、軽く視線を落とす。


「ガルダ側の食料不足、我が国の鉄の需要。それらは、商人と文官が顔を突き合わせれば、やがて話が通じる」

 顔を上げ、穏やかな視線を向けてくる。


「だが、噂の火を消すのは、机上ではできぬ。それをやってきたのは、お前たちだ」


 隣で、リオナが小さく息をのむのが分かった。


「報酬を用意した」

 王の合図で、騎士が一歩前に出て布袋を三つ運んでくる。


「三人ともよくやった、これは金銭の褒賞だ。当面の生活と、次の旅路の足しとせよ」


「も、もったいないお言葉です……!」

 エルナが慌てて頭を下げる。


「それから――」

 王は文官に目配せした。


「お前たち三人の名は、“ガルダとの開戦を未然に防ぎ、貿易再開の道を開いた功”として記録に残す」


 そこで国王は、はっきりと言い添える。


「ただし、公式な記録に“勇者”の文字は記さぬ。噂は噂のまま終わった方がよい」


 喉のどこかに刺さっていた小骨みたいなものが、そこで取れた気がした。


 勇者の肩書なんて、これ以上増やさなくていい。


「派手な勲章より、金銭の褒賞の方がありがてぇです」

 つい本音が口から出た。


「シゲル」

 横からリオナが、小声で肘でつついてくる。


「陛下の前なんだから、もう少し言い方ってものを……」


「よい」

 王がくすりと笑った。


「それでこそ、お前たちらしい」

 そう言って、玉座から少し身を乗り出す。


「戦は、剣を交えた瞬間だけで決まるものではない。起きなかった戦、起きずに済んだ争いにも、名誉は与えられるべきだ」


 その言葉は、思っていたよりずっと重みがあった。


「しばし休め」


 王は締めくくるように言った。

「ガルダとの商いの筋は、我らが詰めよう。グラナードが次にどこで火種を起こすか――それは、また別の話だ」


「「「はっ」」」


 三人で頭を垂れ、謁見の間をあとにした。



 その夜、王城近くの宿の食堂で、俺たちは久しぶりにまともな夕食を囲んでいた。


「……パンが柔らかいわね」

 リオナが、感心したようにパンをちぎる。


「ガルダの鉄匙亭も悪くなかったけど、あっちはどうしても“労働者の飯”って感じだったもの」


「ガルダの人たち、食べ物の心配してましたよね」

 エルナがスープをすくいながら言う。


「こっちはこっちで、鉄が足りないって話ばかりで……。どちらも困っているのに、荷が止まっているなんて、変な話です」


「だからこそだろ」

 俺は椅子にもたれ、天井を見上げる。


「戦で門を閉じるんじゃなくて、荷車と商人が門を行き来するようになりゃ、それが一番だ」


「そうね」

 リオナがふっと笑った。


「鉄と食べ物の話がちゃんとできれば、“あっちには勇者がいる”なんて話がなくて済むものね」


「はい」

 エルナがうなずく。


「……私、嬉しかったです。陛下が、“噂の戦より商いの話を机上に戻せる”って言ってくださって」


「こっちとしては、あとは文官と商人にがんばってもらうだけだな」

 俺は肩をすくめる。


「炉と道と倉庫の中身は、あっちの仕事だ。俺たちは、こっちでできることをやるだけだろ」


「そういうわりには、あんたまた巻き込まれそうよね」

 リオナがじとっとした目を向けてくる。


「光る人影とか、黒い風とか、今回みたいな仕事とか」


「願わくば、少しは休ませてほしいもんだけどな」

 スープを飲み干しながら答えると、

 エルナが苦笑した。


「でも、今回は一度も魔法の出番がなかったんですよね」


「そういえばそうだったわね」

 リオナがスプーンを止める。


「それはそれで信じられないわ。あんたが服を着たまま最後まで戻ってくるなんて」


「俺だって信じられんくらいだ」

 外套の裾をつまんで見せる。


「この間まで、“脱がなきゃどうにもならねぇ状況”ばっかだったからな。今回は、ギリギリその手前で済んだって話だ」


「でも、戦の話が商いの話に変わったのは、シゲルさんが脱がなくて済んだからかもしれません」

 エルナが真剣な顔をする。


「裸で神様みたいな力を見せてしまったら、きっとどこかでまた“勇者”って言葉が、戦の理由に使われてしまいますから」


「だから、脱がないで済んだのはいいことよ」

 リオナも同意する。


「……まあ、次はどうなるか分からないけど」


「フラグ立てんな」

 思わずツッコミが出た。


「そういうこと言うからだいたい脱ぐ羽目になるんだよ」


 三人で笑い合ってから、食事はお開きになった。


「今日はもう休みましょう」

 エルナが立ち上がる。


「明日は少しゆっくりできるんですよね?」


「ああ、さすがに明日すぐに新しい仕事ってことはねぇだろ」


 そう言うと、リオナが「その言葉が一番フラグっぽいんだけど」とぼやきながら、二人は自室へと戻っていった。



 部屋に戻ると、俺はベッドに倒れ込む。


 柔らかい寝具の感触に、全身から一気に力が抜けた。


「ここまで来て、一回も脱がなかったな……」

 天井をぼんやり眺めながら呟いた。


「なぁ、(ジジイ)

 つい口から漏れたその言葉に――


『呼んだか』

 耳の奥に、聞き慣れた声が返ってきた。


「……生きてたか」


『わしは死なんわ』

 (ジジイ)の声は、相変わらず呑気だ。


『お前が全裸にならんから、口を出す事もなかっただけじゃ。わしの主な仕事は“全裸モザイク勇者の観察”じゃからの』


「そんな担当でいいのかよ、(ジジイ)


『案外忙しいんじゃぞ』

 くくっと笑う気配がする。


『まあええ。脱がんかったくせに、一つ戦を減らして、一つ商いの道を戻したんじゃ。たまには、そういうのも悪くない』


「……珍しく素直に褒めたな」


『たまにはの』

 そこで、声が少しだけ遠のく。


『次がどうなるかは、わしにも読めん。じゃが、また見ておる』


「勝手に観察してろよ」


 そう返すと、(ジジイ)の気配はふっと消えた。


 部屋は静かになり、窓の外からはかすかな街のざわめきだけが聞こえてくる。


『戦が起きず、荷と商いだけが国境を行き来するなら――それで十分じゃねぇか』


 心の中でそうまとめて、俺は目を閉じた。


 こうして、長かった国境の一件は、

 服を着たまま静かに幕を下ろした。



(第5章完)

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