アカイキオク5
「紐付けされていたカルテも、支払いのログも一切合切を綺麗に焼かれた。・・・・・・ふふん、どうやらこの女に関する情報を覗かれたくはないらしい」
「ちょっと待ってください、部長。カルテって、その女性ーー氷見ってヒトも大学病院に搬入されていたのですか?」
「周辺で一番大きな医療施設だ。誰が搬入されたとしても不思議はないが、ふむ、恐らく市長の霊障に巻き込まれたとの判断だろう」
藤堂部長の推測に頷いて同意を示す。だが、データーをクラックされてしまった以上彼女の情報に触れるのは難しい。本来ならここで行き止まりのゲームオーバーだ。
藤堂部長が僕を薄笑いに眺める。
クズクズするなって目だ。
瞬間、きっと嫌な顔をした僕は、スマホを操作して音声通話した。
前世界から続いているであろう短い呼び出し音の後で、
「リュキウスです。こんばんわですね、ユウリさま」
耳に心地よい涼やかな声が僕を迎えてくれた。
「遅くにすまないーー」
「いえ、お気になされないでください。それよりも何かありましたか?」
「・・・・・・えっと、その」
口ごもった。
すぐ目の前で、藤堂紅羽が薄笑いの三白眼で僕を見ている。
(ほんとに嫌な人だな)
これ見よがしに溜め息を吐いた。
もっともそれで何が変わるでもないし、目の前のご仁は皮肉や嫌みが通じる性格をしていない。
諦めて切り出した。
「なぁ、リュキウス。あの日、市長が倒れた日、君と一緒に大学病院へ運ばれた人たちの名前が知りたいんだ。でも、それって僕に話しても平気なものかな?」
「・・・・・・そうですね、あまり褒められた行為ではないかもしれませんが、護衛騎士隊のメンバーが公表されている以上、守秘義務に違反する恐れはないと考えます」
そう穏やかに答えたリュキウスが挙げた名前は五人分。警備責任者のリー・フェイン参事官を筆頭に人名が続くも、肝心の氷見の名前はなかった。
切り口を変えた。
「巻き込まれた女性の話しは聞いていないかな、一人いたって聞いたんだけど」
「その方でしたら、すぐに意識を取り戻されたので一般病棟に移されたと聞いています。確か、氷見菊理さんとおっしゃられたかと・・・・・・」
言葉尻に極僅かだが悔しさが滲んでいた。
(・・・・・・はぁ。当たり前じゃん)
僕の問いは彼女の敗北の記憶を抉ったのだ。
「ごめんーー」
平気ですよと、スマホ向こうで断ったリュキウスが、
「その方が沿道でいきなり意識を失われたので急ぎ介抱に向かいにました。わたくしの意識はそこで途切れてしまいましたので、あまり詳しい情報に触れておりませんが、『士団』の市ノ瀬どのが身元引受けをなされたとだけ伺っております」
推測の裏付けを与えてくれた。
(つながったな)
氷見菊理が隠された子だ。
市ノ瀬さんはその晩に氷見を見舞い、そして事情を知った。
名前と所属が分かるのだ。難しいことはない、後は片桐当人に聞けばいい。
質問方法はとてもシンプル。
懇切丁寧に指を折り、右肺を差し貫いて、目の前に再生薬『ソーマ』を置いてやる。
片桐氏は綺麗さっぱり白状し、情報提供の見返りに頭部を弾かれて贖罪に旅立った。
物思いに瞳を閉ざしていた藤堂部長が薄目に僕を見据える。
「鞍馬、松長と市ノ瀬が動く可能性はあると思うか?」
「はい。氷見菊理を連れて姿を眩ましていない以上、二人の計画は未だ完遂されていないものと考えます」
危ない橋を渡ったのは、氷見菊理を護るため。
言い換えれば、氷見菊理を護る事が二人にとっての至上命題だ。
だから、もし誰かが彼女の存在に感づいたと察知したなら、戦慣れしたあのバトルモンスターたちは氷見を連れて姿を消す。今もきっと進行中の計画を未練なく放棄していなくなるだろう。そして、そうなってしまえば、僕らにあの二人を追う術は多分ない。
(もしそうなれば、・・・・・・バカな)
毒々しい惰弱を噛み殺し、二人の戦士が次に狙う人物を推測しようと頭を振ったその時ーー
「ご苦労だった、ゆっくり休め」
僕の返事を待たずに、藤堂部長が背中を向けて歩きだしていた。
立ち去る細い姿に毒気を抜かれる。
藤堂紅羽の行動指針はカウンターテロ。あらゆるテロ行為未然に防止し、社会の安寧を保つことに心血を注いでいる。但し、目的のためなら手段の善悪なんて問いはしない。
そんな藤堂部長の嗜好と、僕の薄暗い性状は完全に合致していた。
だから、今日までやってこられた。
『士団』を解雇されても共闘は可能だと勝手に思い込んでいた。
けれど、師の背中はここから先は『士団』の内部問題だと、これ以上の関与は許さないと断固たる拒絶を示している。
(・・・・・・く)
冷静に判断すれば、関与しないのも、させないのも正しいのに。
部長を見送る僕には、やりきれない悔しさが残った。
続きは土曜日?
がんばります!




