アカイキオク4
メモを読んでも子供の記載はない。被害者は一人きりだ。
どうして?
答えは、隠したから。
報復よりも生き残った子供の生存を優先したからだ。
市ノ瀬さんは元警察官で、それも公安出身者だ。
あの人なら職権を乱用して戸籍の書き換えくらいの無茶はやる。
(問題があるとすればーー)
その子供をどこに隠すのかってことだ。
千里眼よろしくここにいるなんて断定はできないけれど、人類の居住域は限られている。
極一部の例外を除き、ヒトは街で暮らすより生きる術がない。
隠された誰かはトウキョウに暮らしているのだ。
そして、母を殺した犯人たちもまたこの街に生きている。
フェンスの網目を指先で払い除けると、大粒の雨垂れが下界に降り注ぐ雨水に混じって落ちていった。
「最初に殺されたこの片桐って人、当日は何をしていたのか分かりますか?」
「そいつなら二十四日は市長の視察に同行しているが・・・・・・」
要点だけを答えて藤堂部長は口を噤んだ。
疑問を覚えてもこちらが思索中は無駄な問い掛けをしない、藤堂部長の唯一の美点だ。
(二十四日って市長が例の呪いで倒れた日か)
想像する。
もし、片桐なる人物が十二年前の事件の犯行グループの一員だったら?
もし、生き残った子供が彼の顔に気付いたとしたら?
目の前で母を殺された人物が、脈絡もなく仇に出会ったらどうなる?
僕なら確実に取り乱す。
大声で騒いで錯乱し、狂態をさらすだろう。
それを見た市長の護衛たちはどう振る舞うだろうか。
落ち着けようと声を掛け、やむを得なければ拘束する。
その時に必要となる物は?
「部長、市長が倒れた時間帯に、中央区で市長と随行員以外に緊急搬送されたヒトはいませんでしたか」
「・・・・・・ふむ、少し待て」
一瞬、怪訝な目付きをした藤堂部長だったが、僕の意図を察したのか、切れ長の目を閉ざしてまるで瞑想しているかのような気配をまとった。
(『金剛』を起動したな)
藤堂部長のバトルドレス『金剛』はこの手の処理に滅法強い。
案の定、消防局の情報セキュリティを軽々と突破したのか、僕が欲した情報がすぐに上がってきた。
「氷見菊理、十九歳、女性。心因性による意識障害及び霊障による衰弱ーー、チィ!」
舌打ちの瞬間、藤堂部長の細い身体が青白いスパークに包まれる。
「紅羽さん!」
「心配は不要だ」
髪を揺らし放電する右手を払った藤堂部長の目が怖い。
訂正しよう、ヤバイだ。
(うわっ、ありゃ絶対に仕返しされるよ、かわいそうに・・・・・・)
僕が心配しなければならないのは、生真面目に仕事をし、その結果として藤堂部長の邪魔をしたファイアウォールをプラグラムしたエンジニアの社会的立場みたい。
「ドラゴンフライだ。忌々しいが全て焼かれた}
「え?」
攻勢型障壁ドラゴンフライ。
トンボのように飛来して、近寄る全てを竜の火炎で燃やし尽くすインセプターで、生体直結型のハッカーに対する凶悪極まりないトラップの一種である。
が、間違ってもお役所や公共機関が用いる真っ当なシロモノではない。
それを用いたとなればーー
(氷見菊理には秘密がある)
それも、安易に覗かれたくない類いの秘密だ。
藤堂部長が唇を愉しそうに歪めた。
本日はここまで。
続きは20日の深夜を予定しています。




