アカイキオク2
苦い思いを呑み込んだ僕の返事に、藤堂部長は小さく笑ってこう指摘した。
「お前の言い分を借りるなら、証拠がない」
言うまでもないが、御子神の検死結果は証拠にならない。つまり、御子神もまた被害者であると証明できないのだ。藤堂部長と僕の推察はその一点において容易く否定されてしまうのだが・・・・・・。
重い気分のままで言った。
「市ノ瀬さんから譲り受けた国俊の柄巻に微量ながら血痕が残っているはずです」
ユウダチはあの短刀を血生臭いと言った。
揶揄ではなく現実に臭かったのだとすれば、その原因は一連の事件を逆算してやれば簡単に解明可能だ。
武装シュバリエの背後を取るためには、脅威認定されてしまう大太刀は邪魔でしかない。
だから、国俊は短刀に化けた。
戦闘中に折れたわけじゃない。
国俊は市ノ瀬さんが自ら磨り上げたのだ。
そして、軽装で背後から近づいて、ぶすり、ぶすり。
シュバリエの生命維持を優先し、戦闘能力を放棄したバトルドレスを屠る事など、市ノ瀬さんにとっては児戯に等しい。
狡猾なのは、いや、この場合は老練と言うべきか、証拠物件の処理に僕を選んだことだ。
「鞍馬が持っている?・・・・・・なるほど、アークナイトの武装特権か」
「・・・・・・ええ」
人類の切り札ともいえるエクソシストの護衛は何事にも優先される。
護衛に付随する特権を認められたアークナイトがいかなる武装を用いようとも、市政府も聖教会も警察も関与が出来ない。つまり、僕に国俊を預けてしまえば警官殺しの証拠品は永遠に闇に消えるし、万が一発覚したとしても特権に守られた僕になら迷惑も掛からない。
藤堂部長が無表情に目を細めた。
「小賢しい。古狸のやりそうなことだ」
「ですが、動機がありませんよ」
僕の解明はあくまでも証拠品からの逆算だ。最も高い可能性を提示したに過ぎない。それに僕が知る市ノ瀬さんは公平で偏見がない人で、いたずらに他人を殺すような人物ではない。
だいいち、国俊は間違いなく市ノ瀬さんの愛用品で切り札だった。それを僕の門出に贈ってくれた。思惑がどこにあるにせよ、使い慣れた愛用品は二物と代用が利く物ではないのに。
「松長には妻がいた」
唐突に藤堂部長が言った。
「は?」
どうして百人長の名前が出てくる?
いや、そもそも松長さんが結婚していたなんて聞いたこともなくて、僕は目に見えて混乱した。もっとも藤堂部長は混乱者に回復の慈悲を与える聖人じゃない。
「松長と市ノ瀬は同じ孤児院の育ちだ。松長の妻となるエミリアという女性もな」
畳み掛けられた言葉と共に新しい茶封筒が胸を押さえていた。
その封筒に恐怖に近しい圧力を感じた。
が、見ないわけにもいかない。手元の資料を藤堂部長に返し、それが彼女の手中で灰と燃え尽きる様を横目に、新しい封筒を開けた。
「!!」
そして、後悔した。
元の髪色が何色だったのか、それすらも分からない赤い写真。分かるのは、背中から右肺に達した深い刺し傷と、酷く損傷した女性の遺体があるってことだけ。
手書きされたメモの日付はAP五十一年十二月二十五日、被害者の名前は松長エミリア、年齢は二十七歳。トウキョウで生まれ育った亜人種の第二世代だ。
暴行の様態からこの事件は複数人によるものだと推測されていたらしいが、結局事件は未解決のまま。いわゆるコールドケースだ。
藤堂部長はこの一件が根元だと睨んでいる。
(思い付く動機は復讐ーー)
確かに、この事件が『ガブリエルのホルン』の犯行だと目されていたのは、添付された警察の捜査資料を見ても明らかだ。
しかし、御子神がこの一件に関わっていたという確証がない。
これじゃ市ノ瀬さんは動かない。そういう人だ。
だが、もし動いたとするなら、何かしらの確証を掴んでいたって事になる。
(ユウダチ、週刊紙のログを漁ってくれないか)
(幽理の読みどおりじゃな。御子神の失脚した理由は亜人種、こと女性に対する複数の殺人嫌疑じゃ)
その情報をマスコミにリークしたのはきっと松長さんと市ノ瀬さんだ。
ならば、彼らはどのようにしてこの情報を手にしたのだろうか?
十二年前にお蔵入りした事件が、なんだって今になって動き出した?
(呼び水はどこから流れてきた?)
雨水に濡れるフェンスを掴み、小雨の下を流れる車のテールランプを追いながら、僕はユウダチに十二年前の事件のデーターを探らせた。
次回は11日を予定しています。




