藤堂紅羽
リュキウスとバディになれた。
もう一人に相棒スカリーシェリとの関係も、人付き合いのへたくそな僕にしてはまずまず良好だ。
実を言うと、明日が来るのが待ちどおしい。
今夜はきっといい気分で眠れる、そう思っていた。
シャワーを浴びて私室に戻ると、巨大テレビの真ん前で寛ぐユウダチの隣で、スマートフォンがシベリウスの交響曲第4番を奏でていた。
液晶画面に浮かんでいる名前は藤堂紅羽。
ため息を吐いて通話を繋げる。
「鞍馬です」
「話があるーー」
部長の背後に聞こえる雨音が、やけにリアルだった。
今日が昨日に変わろうとする時刻ーー
「来たか」
小雨振るオカチマチの安いビジネスホテルの屋上に、赤いショートヘアの若い女性がエア・シールドに身を包み、車道を流れる光の波を眺めていた。
「お待たせして申し訳ありませんでした、藤堂部長」
「かまわん、それよりもそこから何が見える?」
職務中の彼女の声は常に緊張感を孕み、聴く者は皆一様に背筋を伸ばす。
僕は好きだが、藤堂部長のそれはいささか偏凶が過ぎると言われている。
分かりやすく言うと、返答を誤れば死ぬ、その恐怖から皆が姿勢を正すのだ。
「ん。どうした、鞍馬ーー」
「いえ。・・・・・・ここからだとヘリポートが見えますね。位置的にみて大学病院の屋上ヘリポートです」
赤い点滅が高い位置に見えた。
鉛色の夜空に赤灯が一際目立って見えるが、そうと見上げなければトウキョウが放つ、旧世界を彷彿とさせる輝きにのまれて特に意識にのぼるものではないし、昼間ならなおさら知覚される存在ではない。
「直線で千二百メートル、遮蔽物が多すぎて狙撃には不向き。低速で降下するヘリくらいなら撃ち落とすことも可能だが、しかし奴の腕では現実的とは言えない。・・・・・・とすれば、ドレスの目で何を見ていた? いや、誰をか・・・・・・」
断片的な呟きが好奇心を誘う。
しかし、彼女が自孝に沈むこの時間こそ、藤堂紅羽初心者にとって魔の時間だ。死にたくなかったら、絶対に部長の思索を遮ってはならない。
(迂闊に近づいて蹴落とされるでないぞ)
(ああ、分かってる)
従者よろしく距離を取り、部長の立ち姿を眺めていると、落下防止用の背の高いフェンス越しに下界を一瞥した藤堂部長が、僕の胸元をA4サイズの茶封筒で押さえた。
なんともアナログな所作だが、これが彼女の流儀だ。
封筒を受け取り中を確かめる。
滑り出た五枚の写真を左目に収め、クリップ留めされていた手書きのメモを右目で流し読んだ。
「警官が狙撃される前に、三人が同じ方法で殺されていた・・・・・・」
メモによれば、市の職員、小さなレギオンに所属しているシュバリエ、清和所属の掃討歩兵士。彼らのいずれもが同一手段ーー右肺を抜かれ顔面を穿たれて殺害されていた。
最初の犠牲者、市職片桐勤は四月二十四日に殺害され、次いで二十五日と二十九日。そして警官殺しの五月七日の順だ。
藤堂部長が言った。
「肺を潰して苦しむ様を嘲笑し、顔を抉って死者を冒涜する。『ガブリエルのホルン』が好んだ亜人種の処刑方法だ」
「一連の事件の犯人とされた御子神は『ガブリエルのホルン』の構成員と目されていました。それを週刊紙に報道されて『清和』を解雇されたのは半月ほど前でしたよね」
事実をなぞっただけなのに、言葉にした途端強い違和を覚えた。
守護者を自認する御子神は主語対象たる人間を殺せない。
殺さないのではなく、殺せないのだ。
狂人は狂人なりの矜持を持っている。
御子神に共感する部分は一つもないが、御子神猛はそういう人物だった。
犠牲者の名簿をもう一度見返した。
(・・・・・・そういことか)
片桐勤をはじめとし狙撃された見られている二人の警察官まで、犠牲者全員の種族欄は人間と記されていた。
「御子神は連続殺人犯じゃない」
「私も同意見だ」
どうやってそれを召喚したのか、藤堂部長が一枚のスナップ写真で僕の胸を押さえた。
見れば、それは簡易データー付きの検死写真だった。
「待ってください、部長は御子神を検死したんですか」
反逆者の烙印を押された者の死因なんて誰も必要としない。
死亡診断書にサインがされるや死体は速やかに滅却処分され、地上には骨すらも残さない。邪悪の滅びに理由は不要、それはある種の見せしめだからだ。
藤堂部長が澄ました顔で聞いてきた。
「問題があるかね?」
「証拠にはなりませんよ」
「それがどうした、我々は検察じゃない」
裁判用の、世間様が納得する、適正な法運用に基づいた証拠など不要だと、藤堂部長が断定する。
我が道だけを行くその声音は頑なで、僕はただ押し黙るよりなかった。
次は26日の23時頃を予定しています。




