ヒーロー3
そこで止めてしまえば良かったのだ。だというのに、吐き出されてしまった暗い激情は、コップの縁を回り零れた水みたいに止るを知らず溢れ続けた。
「誓ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「世の中が間違っている。そんな思い込みで、誰を犠牲にしても、どんな真似をしても、自分だけの正義を成し遂げようってヤツラに吠え面をかかせてやるって。卑怯にも顔も姿も隠して父さんや母さんを殺したクズ共の思い通りになんて絶対にさせないって!」
いつのまにか溜まっていた鬱積が怒りとなり言葉尻が強く震える。爆発した感情はコントロールを失い、臭気がするヘドロのような怨念の塊を、僕は言刃として吐きちらして行く。
「僕は・・・・・・僕は今を守るって行為で、ヤツラに、侵略者どもに復讐しているだけだ」
鞍馬幽理は復讐者。
社会が尊ぶ価値観で示すのなら、その本性は絶対悪だって知っている。
にもかかわらず、リュキウスやスカリーシェリが誤解する善人のような表情を見せていたのだとすれば、この男はどれほど厚かましい恥知らずなのだろう。
(邪悪なモノほど聖者のフリをする・・・・・・)
自嘲が薄笑いに化けた。
「ユウリさまーー」
気遣わしげなリュキウスの視線が痛かった。
だって、僕の薄笑いをリュキウスは自分の心遣いが嗤われていると感じているはずだから。
彼女を傷付ける薄笑いをやめられないって事実が、僕を酷く苛立たせた。
「・・・・・・分かったろ。全ては君の思い違いだ。僕に正義はない」
これで、おしまい。
美しい助言者は、きっと僕に背中を向ける。
解き放たれたリュキウスは、きっと彼女に相応しい光溢れる道を進めるはずだって、そう思ったのに。
「それでも。わたくしの事実は変わりません」
リュキウスは僕の目を見詰め、そして静かに微笑んだ。
微笑みの意味を量りかね、僕は混乱する。
「君の事実?」
「ええ。澱んだ時に風を運んでくれたあなたは、誰が何を言おうとも、絶対にわたくしのヒーローです」
「僕がヒーローだって? 違うーー」
「ヒーローとは内実ではなく、結果のみにおいて判断される存在ですよ」
物静かに遮られ、返すべき言葉に詰まってしまう。
ヒーローとは完善の具現者だ。
誰しもが幼き日々に憧れ、歳を経るにつれてそうはなれないと知る、それでもそうありたいと密かに願う正しき超越者。憎悪の湖でもがき溺れ続ける鞍馬幽理の対極の存在だ。
「世の完善ならざるを知り、正の不確かさに怯えながら、なお勧善を欲する心を有し続ける。それでいて他者の気持ちを思いやらずにもいられない。・・・・・・ああ、あなたというヒトは呆れるほど気が多い」
追撃は謎めいた口調と思いもよらない行動。
目の前に、小さくて繊細な右手が差し出されていた。
「リュキウス?」
「わたくしのバディになってください、ユウリさま」
「・・・・・・僕は君に相応しい人物じゃない」
「なら、相応しくなればいい。ユウリさまがどのような道を行くのであれ、わたくしがあなたを必ず支えてみせる」
「何故そこまでする。君だって僕が真人間じゃないって分かっているはずだ」
悲鳴同然の疑問に、くすっ、とリュキウスが笑う。そして、悪戯めいたーー瞳の奥に意思を秘めた強い目が僕を見詰めた。
「わたくしはユウリさまが真人間だなんて一言も申し上げておりません」
「・・・・・・あ、うん、それはそうだね」
「ユウリさまは考えすぎなのです。いざという時は考えたフリをして飛び込んで行くのですから、迷ったら理屈なしの直感に身を任せてもよいのではありませんか?」
ナゼソレヲ?
怯んだーーその隙に、ふうわりと距離を詰めたリュキウスの顔が目の前に。
「いいですか。この話は、ユウリさまが、このリュキウスを、欲しいか、欲しくないのか、の判断です。いったい誰に言い訳が必要なのですか?」
とても綺麗で真剣な表情をしたリュキウスは、とても熱い目をしていた。
その熱が、かたくなだった何かを溶かした。
「ーーぷっ、あはははは」
つい笑っていた。
こんなに綺麗なヒトにここまで言わせ待たせておくのは、男としてどうなんだって。復讐者以前の問題じゃないのと思ってしまったのだ、この追い詰めれた状態で。
そんなふうに思えた自分が、本当に可笑しかった。
自身の右手を眺める。
殺すしか能のない、現実にそれだけをしてきた手。
他人に誇れる功績など一つもない、侵略者と敵対者の血にまみれた手だ。
(リュキウスが誇るにたる人物になれるのか、この僕が)
「あなたが望むなら、きっと」
リュキウスが極近くで囁く。
不思議なほど心に染みた。
(もし、この心のままに進むことが出来るならーー)
戸惑いのベールの先に待つ景色なんて知りはしない。けれど、僕はきっと変われる。
「よろしく、バディ」
「はい、ユウリさま」
手を伸ばし触れ合う、それは変化の前触れだ。僕らが関係を欲してしまうのは、多分、誰かのために今より少しだけマシな自分になる糧なんだって、今ならそう思えた。
「ひゅ〜」
「見せつけてんじゃねーよ」
「かー、羨ましい!」
耳に届いたのは、誰かの口笛と笑い混じりの恨み言。
拍手と冷やかしの歓声が、僕らを熱烈(?)に包んでいた。
「こ、これは。場所を考えないといけませんでした、・・・・・・・・・・・・ね?」
真っ赤になって俯いてしまったリュキウスはとても可憐で、彼女のこの表情を誰にも見せたくないって、僕の独占欲を疼かせた。
「・・・・・・だね、次は気を付けよう」
はにかむように笑い合う。
そして、歓声の中で僕は初めて体感したんだ。
僕はこの街とこの街に住まうヒトが、わりと好きなんだって。
次話は17日の23時頃になります。




