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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
薔薇の名前

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44/51

ヒーロー2

 スカリーシェリを大聖堂へ送り、僕とリュキウスがシンカワに帰り着いたのは、じきに夜を迎えようかという黄昏の時間帯だった。

 湿りを帯びた川風が流れ、隣を行くリュキウスの爽やかな香りを鼻先へ運んだ拍子、僕はふと思い付きを口にした。

「車、あった方がいいかな?」

「聖教会のBMWは特別製です。我々が保持するには負担が大きすぎて現実的ではありません」

「そうじゃなくてさ、リュキウスが運転する僕らの車があってもいいかなって。ほら、ゴゴクジからここまで歩いて帰ってこなくてもいいだろ」

 大聖堂から地下鉄と徒歩で所要時間はおよそ一時間、直線で八キロ程度のお散歩だ。実際に車が必要かって聞かれると、うーんと唸ってしまう。だから、口にしたのは本当にただの思い付きだった。

 僕の思考パターンを把握しているのかなと感じるほど的確に答えるリュキウスが、珍しく即答を避けて答え探り、ゆっくりと言った。

「我が儘を言えば・・・・・・うん。このままがいいです。どうやら、わたくしはユウリさま隣を歩くこの時間が好きなようですので」

 リュキウスの態度は極真面目で冗談を言っている気配はない。一緒にいる時間が好きと言ってもらえて顔が熱くなったけど、それを否定したり隠したりする気にはならなかった。

「僕も。リュキウスと歩るいているこの時間が好きだよ」

「!・・・・・・こ、これは危険です」

 帰宅を急ぐ獣人の男性を大急ぎで避けたリュキウスが、これまた珍しく頬を赤らめ小さく笑った。

(綺麗だな)

 どのくらいかって?

 道行く周囲の野郎どもが足を止めて振り返るくらいに、である。

「護衛騎士であった頃のわたくしを、あのように振り返る者などおりませんでした」

「そんなことはないと思うけどなぁ。リュキウスって物凄い美人だし・・・・・・」

 よくある本人だけが気付いていないだけのパターンだと思った。けれど、リュキウスの横顔に差した影が、僕と彼女の思いの違いを物語った。

「病院の護衛者たちに気が疲れませんでしたか」

「えっと、一応尋ねておくけど、駄洒落?」

 残念ながら、とリュキウスが顔を横に振った弾みに、一房だけ伸ばした後ろ髪が静かに揺れる。

「わたくしも彼らと同じ顔をしていました。個を消し、与えられた基準から零れたモノを全て排除する。それだけが護衛騎士の任務でしたから」

 俊才ぞろいのトウキョウ市警備隊の中でも特に精鋭として名高い護衛騎士隊は、テロが頻発した時代に諜報部長だったリー・フェイン大佐が、共生派との暗戦経験を活かして鍛え上げたディフェンスのスペシャリストだ。

 所属シュバリエは文武両道。思想人格、生まれや家族構成まで精査された本物のエリートで構成され、僕みたいな孤児院出から見ると完全に高嶺の花だった。

「息が詰まる世界でした。ただ延々と今を続けるためだけにあらゆる変化を拒絶した牢獄の日々ーー」

 回顧するかのように呟いたリュキウスが、真摯な瞳に僕を捉えて言った。

「貴方は正義という泥沼に囚われていたわたくしを、風の中に解き放ってくれた」

「買いかぶりだよ、君は自分の意思と足で歩き出しただけだもの」

「切っ掛けをくだされたのはユウリさまです。貴方が否定しても、わたくしの事実は何一つ変わりません」

 まっすぐにそう言ってもらえて嬉しかった。

 出会えて良かったって思えた。

 でも、リュキウスの真摯さに触れれば触れるほど、僕は自身の内側に巣くっている薄汚いヘドロを直視せざるを得なくなっていた。

「・・・・・・ふぅ」

 気持ちが追い詰められた。

 気付かぬうちに口の端が醜く歪んでいた。

「ユウリさま?」

(ーーああ)

 酷く暗い笑いが抑えられなくなってゆく。

 シュバリエ徽章に触れて周囲を遮音し、そして低く言った。

「勘違いはやめてくれ。僕は復讐をしているだけだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 返事はなかった。


またして短くなってしまいました。

続きは13日を予定していますが、気長にお待ちいただきますようお願いします。

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