焰
灰は灰に帰り、塵は塵に帰る。
黒い爪が崩れ、そして細やかな灰に変わった。
床に転がる金属棘が形をなくし灰色の粉に転じると、頭部装甲が灰砂に解け、色白の肌とピンク色の頭髪が覗いたのはほんの一瞬。LAWSと一体化した亜人種の亡骸が、旧世界の神に拒否された魔物同然に灰に変わった。
名残雪ーー
どうしてそんな感想を抱いてしまったのか。
自分を恥じる暇もなく青白い炎がメラッと立ち上がり、全ての灰を燃やし尽くすと静かに消えた。
残されたは、多分正確ではない。
灰の中から生まれたのは、拳大の青い玉。脈動していると錯覚させる微弱な明滅を繰り返す、青に輝く球体だった。
あれは、おそらくシャーマンの魂核。
そして、きっとミヒャエル・キーの記憶の塊なのだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
注意深く眺めるまでもない。定命世界の否定すら乗り越えた呪物である。持ち帰って解析すれば相当量の情報を得ることが出来る。
だから、この珠には意義がある。
持ち帰らなければならない重要な証拠だ。
それを承知で。
ミシッ、バキッ。
輝く珠を踏み潰した。
粉々になった青が足装甲の裏で無熱の炎に包まれて昇華する。
そのさまを小さく笑った。
「何も流れちゃこないぜ、ミヒャエル?」
「当たり前じゃ、上位者はただ吸収するのみじゃからの」
ユウダチが得意に言った。
「吸収?」
聞き流すには不穏な響きだった。
或いはミヒャエル・キーが言ったとおり僕らは同じモノで、あれの記憶を継承したということになるのだろうか?
漠然とした不快感をユウダチが笑い飛ばした。
「誤解するでない。お主が内に取り込んだアンドロマリウスの異界因子が、下級種族を献上品として吸収しただけのことよ。主様が不要と感じておる部分が情報として伝達されるなど万が一にもあるまいさ」
「だから吸収か、・・・・・・なるほどね、けどそれはそれでなんだかなぁ」
無意識下の吸収行為と情報の選別伝達。もうほとんど人間の部分が存在していなくて、気味の悪い話しである。
そんな感想を覚えていると、ユウダチが悪戯めいた笑い声をあげた。
「ふふん、弱肉強食というヤツよ。始まりの戦士とやらから今日まで。最後は素人であったがそれでも七代に渡って研鑽された戦士の戦闘技術を食らえたのじゃ。簡単な概算ではあるが、およそ二十パーセントの速度向上が見られる。悪い話しではなかろう?」
データーを得ただけで戦闘力が向上しました。普通はそれが不気味だと思うのだけど、この現状を本人より違和感なく受け入れているユウダチに言っても伝わらない。早々に説得を諦め「そっか」と生返事をした僕は、床に転がるフレッドを無感動に一別すると、戦闘の跡が色濃く残る第二機動部隊のオフィスを後にした。
下層階への道は閉ざされているから、選ぶべき帰還方法はいたってシンプルだった。
もちろん火炎渦巻く廊下を踏破するなんて無駄は選ばず、窓を開けて外に身を乗り出すと、
「ユーリ!」
通信が回復したのか、スカリーシェリの嬉しそうな声が耳に飛び込んできて、僕をホッとさせた。
「全部終わったよ」
「うん、すっごく頑張ったっていうの、ここから見ても分かるよ。でもね、ユーリはそこで何をしているの?」
何故だろう、語尾に行くに従ってスカリーシェリの口調が尖ってゆくのだ。
(ん?)
何かがおかしい。絶対にどこかがおかしいのだが、考えることすら億劫になっていた僕は素直に答えた。
「何って、ショートカットして帰るつもりだけど」
「帰るって、そこから?」
「ああーー」
「ダメです!お行儀悪いし、ドロボウさんじゃないんだからちゃんと玄関から帰ってきてください!」
駄目を出されてハッとした。
ゴゴクジにいるはずのスカリーシェリに、何故か僕の行動が見えているのだ。
咄嗟に周囲を見回し偵察用ドローンを探していると、
「おーい、こっち。ボクならここだよ!」
「うげっ」
視界の端っこ、シナガワ署を取り囲んだ警官たちの外側で、遠目にも分かる純白の僧服を身に着けた小柄な人物が、大司教専用のBMWの隣でぴょんぴょん跳び跳ねて存在を誇示していやがるじゃありませんか。
(・・・・・・何しとんねん、コイツ)
眩暈に襲われ痛みだした頭を抱えつつも声を絞り出す。
「スカリーシェリさん、かなりまずい状況だから大聖堂で待っているようにって言いませんでしたっけ」
「ふっふ〜ん、大丈夫なんだな、これが。ねっ、リュキウスさん」
「ええ、まぁ・・・・・・」
語尾を濁したリュキウスが取り成すように言い添えた。
「ユウリさま、一度車を、後部座席を望遠でご覧いただけますか」
「・・・・・・了解」
理性的なリュキウスがそう言うのだ。僕は一切の疑問や不平不満を飲み込むと、指示どおりBMWの後部座席を望遠視した。
そして、僕が後部座席で見たものはーー
『大聖堂特別分室』
達筆な筆使いで墨書きされた金属プレートが一枚、堂々と鎮座していました。
「・・・・・・・・・・・・オイ」
「実はこれ、大司教どのの手書きでして・・・・・・」
「は?」
目が点になる。
リュキウスが努めて平坦に説明した。
「ですのでこの車内は現在、特例としてではありますが正式に大聖堂の一部となっております」
「その証拠に聖堂護衛隊が出張っているのです!」
じゃーんと聞こえてきそうなスカリーシェリの断言が示すように、彼女の車を護衛する三騎のバトルドレスや、警官隊の近接を認めないとばかりに車を取り囲む白と灰色の隊服を着た歩兵士たちの胸元には、聖堂護衛隊の所属を示す盾と十字架のシンボルが描かれていた。
(なんちゅう屁理屈っていうか、本物じゃん、あれ)
トウキョウ屈指の戦闘部隊を躊躇いなく動かしたミュスカルナ大司教は、相当の親バカかバカ親だ。
「・・・・・・大変だなぁ。あの人たちも」
「ええ、そこは本当にそう思います」
リュキウスが苦笑した。
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