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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
薔薇の名前

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40/51

シナガワ鬼譚9

 立ちなさい、そうほざいておきながら、急に口調を変えたシャーマンは僕が立ち上がるのを待ったりはしなかった。

 ノーモーションで繰り出された蹴りが、爪先の機影すら残さず振り抜かれる。

(ーーフェイント)

 床を強く押して高く、天井まで跳ね飛ぶ、

 半瞬遅れで床がメリッと盛り上がり、飛び出してきたのは三本の金属棘が絡み合って形成された極太の槍の穂先だ。

 が、こいつも見せ掛けだ。

「本命はーー」

 迷わず国俊を背後に向かって振り抜いた。鋭く唸った刀身が、先に開けられた天井の穴の中から飛び出してきた金属棘をまとめて切断する。

 しかし、仕組んだ攻撃の全てを躱されてなお、片腕のシャーマンは攻撃を止めなかった。すぐさま床を蹴って飛び上がり、一瞬だけ背後を見せていた僕の背中に巨大な爪を叩きつけた。だが、僕にとってこの攻撃は奇襲ではなかった。なんとなくだが、これがあるなと予測がついていたから。

 天井寸前の空中で爪を避けた。

 落下に合わせてシャーマンの懐に入り込み、隙を狙って国俊の斬撃を叩き込む。

 敵も然るモノ。

 近接する寸前を狙い済ませて前蹴りが繰り出され、勝ちを焦った僕の腹を穿った。

 咄嗟に右腕を盾にしてシャーマンの蹴りを防ぎ、押し退けるようにシャーマンの右足を弾き飛ばすと、離れ際に国俊を見舞った。

 が、アキレス腱を切断する一閃は僅かな火花を散らしただけで回避され、空中で身を捩ったシャーマンが夕立の肩鎧を踏み台にして跳躍し、こちらと距離をとって着地する。

 しかし、それすら僕は読みきっていた。

 着地の反動を溜めた足を解放し、一気にシャーマンへ肉薄し、逆手に構えた国俊を振りかぶる。

「なるほど、読まれていましたか」

 余裕の呟きを発したシャーマンの上方、天井から生え出した三本の金属棘が容赦なく降り注ぐ。

 右に、左に、そして左に。

 残像する速度で全ての攻撃を紙一重でいなすと、真っ直ぐに繰り出された右爪を潜り抜け、

「もらったぁ!!」

 必殺のタイミング。掬い上げで放たれた国俊の一閃が、シャーマンの胸部を深く切り裂く・・・・・・はずだった。

「なっ!?」

「ーー共感現象」

 先程の自分を見ているような完璧な体捌きで、鈍重なシルエットのシャーマンが僕の攻撃を躱し、轟ち空気を振動させる勢いで右肩へ大爪を振り下ろした。

(肩へはフリだ。本命は首筋!)

 ほとんど条件反射で身を屈めたその直後、軌道を変えた大爪が頭上をギリギリで通過しーー

「その先読みこそが、私たち共感種が有する共感現象。勝利のために異世界を己の内に招き入れた戦士が世界から託される守りの力です」

 気持ち悪い。

 咄嗟に覚えたのは反感だ。

 すぐさま機動を変え、今度は左肩を狙う大爪をしたから蹴り上げ、ぐらついたシャーマンの左胴へフェイントを放ち、モノアイへ国俊を横薙ぎして叫んでいた。

「私たちだと!? お前と一緒にするな!」

 吐きそうだった。

 泣きそうだった。

 僕はこいつらと同じ存在じゃない!

 心からそう叫びたかったけれどーー

「狙いは目ですね」

 スエーバックで刃を躱したシャーマンが、いいや、ミヒャエル・キーという名の変異種が鈴かに言い添えた。

「もう理解しているのではありませんか? いいえ、この世界で貴方にだけは分かる筈だ。私たちは同じ存在なのだと」

「絶対に違う!!」

 言下に否定し、刃を振るう。

 爪と刃が打ち合い、絡み合って鎬を削り、決して当たらないと知る攻撃を繰り出した僕らは超至近距離で攻防し、相手に届く言刃を振るう。

「同じなんて戯れ言をほざくな。僕はお前とは違う!」

「どう違うのです?」

「僕はテロリストじゃない。誰彼構わず殺して回ったお前と同じにするな!」

「私はテロリストではありませんーー」

「ふざけるな、お前が庇った誰かが爆弾を運ばなかったと誓えるのか、そんなこと言えないだろ!?」

 忌々しいが分かるのだ。

 間違いなくこいつらは非戦闘員を殺している。

 こいつらは生粋のテロリスト、無差別殺戮者だ。

「戦わなければ私たちが滅ぶしかなかった。ガブリエルのホルンを名乗る殺戮者から身を守り、同胞を救うためには戦うしかなかった。その闘争を貴方は正義ではないと断じるのですか」

「正義じゃないだろ、どう考えたってーー!!」

 コイツがいたから、こいつらがいたから父さんと母さんは殺された。航の両親も、凛音のお父さんも、みんなみんな死なずにいい人たちが無意味に死んだ、殺された。

「絶対に許すものかーー」

「葬列に紫の薔薇と鎮魂を」

 途端、目の前に炎が広がった。

 集落が燃えていた。

 松明を握り、火炎放射器を振り回し、廃墟を利用した小さな集落が人間を名乗る怪物たちの手で壊されていく。

 方々で悲鳴が聞こえた。

 女性のナキゴエだ。

 斧が頭部に突き立った男性が身動きもせずに横たわっている。

 短く尖った耳を持ち、猫を思わせる縦光彩の目は既に生の輝きを失っていた。

 ひび割れた廃ビルの壁に、幾つものズタ袋が打ち付けられている。

 ズタ袋は赤く濡れ、まるで熟した果実が雫をこぼすかのように赤い雫を点々と滴らせていた。

「アカイカジツ。あれは抵抗した男たちの亡骸を詰め込んだ袋です。彼らは家族を護るために戦い、捕らえられてあの袋に詰め込まれ、無慈悲に叩き殺された」

 それがどうしたとは言えなかった。

「若い女は辱しめられた。見目の良い男も同じです。彼らは母の目の前で子供を引き裂き、老いた者たちを娯楽同然に炎の中に放り込みました」

「・・・・・・・・・・・・」

「虐殺だった。本物の地獄だった。戦わなければならなかった。何をしても、どんな手段を用いても、私たちの同胞に手を出すなら報復すると、やつらに痛みを教えなければならなかった」

 何故ですか、どうしてこんな暴虐が許されるのですか? と鼻先でミヒャエルが言った。

「・・・・・・それは、それはあんたたちが侵略者と結んでこの世界を壊したからーー」

「それは嘘だと、ねつ造されたプロパガンダだと貴方は既に知っている」

 刹那の幻影は消え去り、黒い大爪と短刀がギギッと拮抗して押し合いを演じていた。

 不本意ながら理解した。

 ミヒャエル・キーとは個人の名前ではない。共生派或いは共感派とでも呼ぶべき始まりの悲劇を生き抜いた戦士が見たあの光景を継承し、亜人種族のために戦う意義を魂に刻んだ共感種の名称だ。

 だから、ミヒャエル・キーは死なないし、滅びない。

「そして六年前、私はまたしても地獄を見せつけられた」

 フレッド・マーカスに率いられた赤備えの一部が暴走し、罪のない亜人種を虐殺した。

 おそらく何人目かのミヒャエル・キーは人質を盾にされて殺され、瀕死のミヒャエルの前で見せつけるように暴虐が繰り返された。

 それは間違いなく地獄の光景で、僕だって許せそうもない。

「貴方が感じている怒りは私の怒りと同じだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 ミヒャエルの亡霊が言った。

「悪を滅する、この戦いは絶対正義だ」

「・・・・・・そうか、これではっきりした」

 兜の下で悪意に満ちた笑みが零れた。

 鞍馬幽理は善による全のための正義の戦いを許容しない。

 鞍馬幽理は復習者。

 その本質は絶対悪だ。

 刃を押した。

 メキッ!

 絶対硬度をうたわれるオリハルコンの爪に前世界のオーパーツが切れ目を入れた。

「なっ、何故ですか!? 私と貴方は共感している、これ以上戦う理由はない筈です!」

「戦う理由しかない。僕とお前は完全に別の存在だからな」

 戦って闘って戦い抜いて、嫌いな相手を徹底的に否定する。

 これが僕の選んだ生き方だ。

「違う、私たちはーー」

「同じじゃない。僕は今日この場で行われた殺戮を許せない。これが必要な犠牲だなんて口を割かれても言えない。ここで散華した二百三十三人の家族が抱える痛みと悲しみを考えることも出来ない怪物と同じだなんて絶対に言わせない!!」

 断言し、力一杯前蹴りを放った。

「がはっ!」

 身体をくの次に折り曲げてシャーマンが吹き飛んだその時だ。

「待たせたの、幽理。解析と神経毒の解除を完了したのじゃ」

 頼りになる相棒が耳元で笑った。

「早速だけど、解析結果を知らせてくれ」

「神経毒さえ解除してしまえば、機体スペックも奏者の実力も段違いじゃ。真正面から蹂躙せい!」

「了解!」

 足を溜め、そして解き放った。

 ぐんと景色が流れ、鈍重なシルエットの片腕シャーマンが大きくなる。

 それに追い縋り、

「どうして、どうしてここまで共感して理解しない!何故だ!!」

 じだを打つ怒声。

 胸に差し込むほんの僅かな憐憫。

 このヒトは、あの日フレッドに犯された誰かだ。

 けれど僕はこのヒトを許さない。

 迎撃に大振りされた黒い爪を掻い潜り、シャーマンを追い越す瞬間に言った。

「復讐するなら相手を選べ。誰彼構わず巻き込むな」

 それが復讐者の流儀だ。

 無関係な他者を巻き込むヤツはただの殺人鬼(テロリスト)ーーすなわち、鞍馬幽理の敵だ。

 追い抜き際、真っ直ぐに国俊を振り抜いた。

 ザン!!

 装甲を切り裂いた刃が奏者の首筋を切断し、床に叩きつけられたシャーマンのボディを、吹き出した赤い飛沫が汚して行く。

「生け贄はあたしだったってことか。・・・・・・ふふ、みん・・・・・・ナ、ごめん、ね」

 呟きを残し、床に倒れたシャーマンは活動を停止した。

次は9月14日の23時頃を予定しています。また一週間開いてしまいますが、気長にお付き合いくださいませ。

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