シナガワ鬼譚8
お待たせいたしました。シナガワ鬼譚8をお届け致します!
「俺は命令されただけだ。俺は、俺だけはあんな真似をするつもりはなかった。本当だ、けど仕方がねぇだろ、佐々木警視にヤれっていわれたらーーぐひゃ!!」
みしっと頭蓋が鳴って男の身体が痙攣し、口元から赤がまじった涎を垂らした醜態は不様だった。
青いシャーマンが男を宙吊りにしてこちらに見せつけた。
「だってさ。こいつ、性犯罪者で殺人犯だって自白したけど。鬼ぃさんはどうするのかな」
首に掛けられた身分証を見る。
表示はフレッド・マーカス。あれが第二機動部隊の隊長だ。
頭を鋭利な爪に鷲掴まれたフレッドが、眼球だけで僕を見る。
「助けてくれ。何でもする、何でもするから、・・・・・・た、頼む。頼むよ」
涙ながらに語られた救いを求める声に、僕は躊躇いをーー元々なかったけど、完全に捨て去った。
「分かった。ならーー」
腰のポーチから取り出した古めかしいデザインの攻撃兵器の安全ピンに振れる。
それを右手の小指で引き抜いて、
「迷わず死んでくれ」
腹に可燃ガスを詰め込まれた亡骸の足元へ転がした。
「おいおいおいおい!」
「すごいねぇ〜、先生だってここで殺されたっていうのに。本当に鬼ぃさんときたら・・・・・・」
呆れ声のシャーマンの足甲に手榴弾がぶつかった瞬間、鼓膜に突き刺さる激しい爆発音と、網膜を焼く真っ白な閃光が血塗れの室内を埋め尽くした。
「酷いなぁ、隊長さんの頭、完全に燃えちゃったじゃないか」
侮蔑の嗤いを引き連れ、網膜に残る閃光の名残を突き破って飛来したのは、焼け焦げて煙をあげるフレッドの焼死体だった。
「ユウダチ、夕立が見ている映像を脳に直接寄越せ」
指示はすぐに実行され、脳が顔も腕も足もない男性の異体を認識するも、その亡骸に拷問の跡は見えても焼け焦げた痕跡は少しも残されていなかった。
(やっぱりな)
僕が転がした手榴弾はふらっしゅぼむ、いわゆる閃光弾で光や音は出ても爆発はしない。
なのになぜフレッドの顔は吹き飛んだ?
この場合の答えは一つきり、初めからなかったのだ。
そう、ユウダチが断言したようにこの建物に一人の生存者もいない。
全員が突入したときには殺されていた。
だとしたら、僕がここまでに見てきた警官たちは何者だって事になる。
考えるもでもない。
あれは幻覚だ。
だが、魔術防御を施された夕立の装甲を越えて、長時間ーー少なくても警察署に突入してからずっと幻覚をみるなんてあり得るのだろうか。
答えは否だ。
なら、どうして僕は幻覚を見た?
「経皮毒ーー」
ミスリルの長剣を両手に構え、こちらに迫るフレッド・マーカスの残骸を両断した。
装甲を汚す返り血。
腕に伝わる肉を断つ手応え。
そのいずれもが間違いなく現実だった。
「ユウダチ、インガラッチの工房で指先から入った神経毒を洗い流せ」
「・・・・・・あの時か。隠し帳簿を見つけた時にやられておったのか」
すまぬ、と悄気た様子でユウダチが詫びる。
「気にするな、僕も気付かなかった」
僕もユウダチも、シナガワ署に入る前に微弱な毒に冒されていた。
その影響で死体が生きているかのように見えた。
くくくっと、呪術師が笑った。
「でもさぁ、ソレが分かったから、今さらどうにもならないよねぇ。鬼ぃさんのたつそこは、とっくにあたしの呪界の内なんだからさぁ!」
たん、と軽快な踏み切り音を立て、ずんぐり形状のシャーマンが消えた。
姿を隠す隠行だ。
姿はおろか足音も聞こえない。
が、僕は慌てなかった。
シャーマンの核に使われたアンドロマリウスの魔力反応はユウダチが記憶している。
もう二度と奴に遅れを取ることはない。
「だろ、ユウダチ」
「無論じゃ。ほれ、右から来るぞ」
夕立の魔力センサーに導かれ、真横に長剣をブン回す。
ガキン!!
「くっ!?」
辛うじて爪が長剣を塞き止めていた。
それを力押した。
鼻先で爪と長剣が押し合い、鎬を削り赤と紫に剣華を散らす。
兜の下で、犬歯を剥き出して笑った。
「劣化コピーが思い上がるなよ。本体を倒した僕と夕立に中途半端な隠行が通用するわけねぇだろ!」
前蹴りを繰り出し、鎧の上から腹を穿った。
「ごふっ!!」
蛇腹状に重ねられた装甲が歪み、くの字に曲がったシャーマンを袈裟切りで肩口から切り捨てる。
歪む装甲と、何かが壊れた鈍い音。
「うらぁああああああああああああああああ!!」
振り抜いた長剣を切り返し、掬い上げの一振をシャーマンのモノアイに叩きつけた。
「あぎゃ!」
天井目掛けて吹き飛んだシャーマンだったが、あれも魔物だ。
激突の寸前でくるりと回転すると、天井に着地し赤いモノアイで僕を射貫いた。
「殺す、絶対に許さないから!!」
宣言と同時、天井に無数の金属棘が生え出し、
「死ねぇ!!」
「シャーマンの絶叫を合図に降り注いだ。
走り出して矢次にかわし、そして覚えた奇妙な違和感。
アンドロマリウスの棘は僕を背後から襲った。
奴の棘は本来直進する物じゃない。
あの棘は包む物だ。
だとすればーー
「ユウダチ!」
「分かっておる、下から来るぞ!」
地震でもあったのかってくらい盛大に足元がぐらつき、めきめきめきっと床が割れて五本の金属棘が槍同然に突き出してくる。
床を蹴り上げ棘をかわすと、壁を蹴り返して一直線で天井に起立するシャーマンに近接。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
咆哮し、長剣を振り上げた僕に。
「きゃは、飛び上がっちゃったらもう避けられないぞ?」
侮蔑の嗤い声を上げたシャーマンの周囲に四本の金属棘が這い出し、それぞれが槍の穂先に転じて僕に迫った。
時間差も抑揚もない単純な攻撃だ。
長剣を溜めて一振ででまとめて叩き落とした。
ここまでは順調だったのに。
メキッ!!
まるで乱暴な使い手に抗議するみたいに長剣が悲鳴を上げた。
「くっ!?」
「うふふ。こ・れ・でぇ・お・し・ま・い」
ムカつく言い方でシャーマンが必殺の爪を繰り出した。
右手に携えた長剣で迎撃する。
刃と爪が激突し、再び火花が散って、長剣の刀身が根本から砕けた。
はらはらとミスリル片が降り注ぎ、
「きゃは、きゃははははっははっははぁああああああああ!!」
狂い調子でシャーマンが嘲笑する中、僕は左手を振り抜いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
魂消る絶叫。
ゴトンと落下した三本爪の太い右腕。
そして目の前に。欠損した右腕を押さえてうろたえる無様なシャーマンがいた。
目が合った。
互いに射放ったのは、決して分かり合えない憎悪の塊。
「殺してやる!」
「はん、他人様に迷惑かけずに一生地獄でオナってろ、クソテロリスト」
侮蔑を吐き捨て、僕は逆手に握った国俊をシャーマンの頭部に突き立てた。
唸りを上げた国俊がモノアイを突き破る瞬間ーー
「・・・・・・嫌だ。巻けたくない。助けて先生。みんなの仇を討って」
「葬送を飾る白薔薇は罪を吸って黒く染まり、罪過の黒薔薇は埋もれし屍を糧として赤紫に咲き誇る」
「!?」
天井から生え出した三本の金属棘が鞭のようにしなって僕の左腕に絡み付き、刺突を完全に押し止められ僕はそのまま振り回されて、
「ガハッ!」
肋骨が砕ける勢いで床に叩きつけられていた。
軽い足音が敵の着地を告げる。
「立ちなさい。ここからは真の当事者足り得なかった私と貴方、道化同士の血戦です」
次話は明日、31日の23時ごろを予定しています。なるべく書き上げたいとは思っているのですが、どうにも時間がなくひょっとしたら遅れるかもしれません。
言い訳が多くなりましたが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです。




