シナガワ鬼譚2
ごめんなさい、四時間の遅刻ですがシナガワ編の第二幕をお届け致します。
驚いたことに、大司教が専用のBMWでオオイまで送ってくれた。
そればかりか、事務所の前にバトルドレスを出しておけば、こちらが指定した場所まで送り届けてくれるというのだ。
「親切なミュスカはミュスカじゃない」
「・・・・・・これは何かの謀でしょうか」
(気を付けよ、絶対に裏があるぞ)
せっかくの親切に言いたい放題の仲間たちである。
真面目に考察すれば、それだけ切羽詰まった非常事態に直面しているのだと分かる。
(手段を選んでいる場合じゃないか)
ほんの少しの躊躇いに言い訳をして、スマホの通話履歴をタップする。
通話相手は藤堂紅羽、『士団』諜報部長にして、ボクの師でもある諜報活動の達人だ。
人柄は時折(ここ重要)冷酷で取り付く島も無いが。師の名誉の為に記しておくと、常時の師は世の評判が嘘に感じられるくらい気さくで親切で、・・・・・・だらしなくって、部屋の片付けが全く出来ない等々、側でみていると本当にダメな大人だけど、基本的には多分、おそらくはギリギリのラインで善人なんだと思うことにしている。
コールは一秒。
「今忙しい。緊急なら要件のみを言え」
僕の好きな綺麗な声が無愛想に言った。
挨拶なしでいいから楽でいいと言えばそれまでだが、こういう時の師は取り扱いを間違えると死に直結するから要注意だ。
「オオイで呪術師が発生した模様です。地下工房に共生派のシンパが紛れているって聞きましたがーー」
リュキウスに聞いた六つの工房名を告げている途中で、呆れた様子の冷笑が僕を遮った。
「それは連中が用意したダミーだ。相変わらずマヌケだな。私を笑わせる為だけにつまらん手に引っ掛かる必要はないのだぞ?」
「うぐっ」
「第三層十六番通り、インガラッチ工房」
核心を告げて藤堂部長は通話を切った。
助かったことは事実だけど、少し釈然としなかった。
知っていても潰さない。そこから網を広げて掛かった獲物だけを一網打尽。網はまた使えばいい。これが藤堂部長のやり方だ。僕なんかはさっさと潰して未然にテロは根元ごと潰してしまえばいいと思ってしまう素人だから、きっと部長は以前から知っていた情報を僕に渡さなかったのだろうけど・・・・・・
「まぁ、いいけどね、別に」
(気にやむな、あのような堕落した気分屋で、嫌みばかりの魔女の思惑など気にしても疲れるだけじゃ)
ちなみに、ユウダチは藤堂部長が大嫌いだ。
(しっかし、人間とはまこと奇妙な生き物よな)
シナガワ駅から国道十五号線を放棄された川崎方面に向かって走ること数分。かつての街並みを再現しようという、誰が企画したのか不明だが確かに奇妙で迷惑な試みから、立会川から勝島にかけては背の低い建物と非常に細かく込み入った路地裏が連なっている。
「合理的じゃないとは思うけど、発想全てが合理的なヤツもいないだろ」
大型テレビを要求する自称妖精がいるくらいだ。
(ふむ。それは確かにのぅ)
ユウダチが声だけで笑った。
旧世界では競馬場があり、『パンドラの涙』直後は闇市が並んだという勝島運河に切り取られたオオイエリアは、今日ではツクダジマにならぶ甲冑工房地区で知られている。
工房街が成立した時間軸で比べるとツクダジマより歴史が古く、その成立に多数の原始ドワーフたちが関与した関係で、地下の開発が乱雑というか無秩序で、踏み入ってみると分かるが、雰囲気はハチャメチャ迷宮の様相を呈していた。
地下第一階層は地下墳墓をイメージしたのか、石で組まれた広く暗い空間(たしか二キロ四方)が広がっていて、そこに電飾煌びやかな電脳街が存在するイメージだ。
続いて第二階層、天井こそ剥き出しの鋼鉄で作られているけど、どういう仕組みか、柔らかな自然光が降り注ぐ農村が構成され、呆れたことに昼夜がきちんと表現される。
その中でポツンポツンと鍛冶屋が店を構えており、このエリアは甲冑よりも刃物や銃火器の作成で有名だ。
更に降って第三階層。雰囲気は再び一変して岩石をくり貫いた地下世界が広がり、通りを照らす明かりも電気の他に魔術要素の光源も多数という非効率的でカオスなエリアだが、このあたりからが知る人ぞという腕の良い職人たちが店を構えるエリアとなる。
「あ、そういえば、聖教会がパーティとかで使っている銀食器って、そこで作ってもらった物なんだよね」
イヤホンの中でスカリーシェリが言った。
聖教会御用達ともなれば地上で店を構えた方が良さそうなものだが、そうしないことにドワーフ職人の矜持を感じてしまう僕は、ユウダチが指摘する奇妙な生き物なのかもしれない。
と、前置きが長くなった。
部長が教えてくれた十六番通りは、込み入った路地裏の更に奥にあり、それでいながら行き交う人影はかなりの人数という、まさしく知る人ぞという気配が漂っていた。
「ここかーー」
特級鎧師インガラッチ、無愛想の極致に思える墨書きの縦看板が一枚きり。
(念のために言うておくが、・・・・・・殺すなよ、幽理。お嬢さん方が聞いておるのを忘れるでないぞ)
(失礼だな、僕は今までもこれからも、無抵抗のヒトを撃つつもりはないぜ)
牙を剥くようにわらうと、グロッグを引き抜き、良く表現すれば武骨な雰囲気の看板が掛けられた一枚扉をぐぐっと押し込んだ。
看板が呼び鈴の役割を果たす仕組みなのだろう。
からんと、大きな音が響いて、真っ暗な玄関口に明かりが点り、微かな異臭が鼻先をくすぐる。
(血のニオイか。ユウダチ、中の様子は分かるか)
(すまぬ、結界の中におるようでセンサー類が機能せぬ)
「了解、なら直接確認するさ」
内観で気配を探る。
生きた人の気配はない。
(・・・・・・鬼がでるか、仏がでるか。ビクビクしても始まらないか)
用心深く周囲を探り、トラップの類いが存在しないことを確認すると、狭い玄関から扉を押して店の中に踏み入った。
店内が暗かったのはほんの数秒。すぐに人感センサーが機能して抑制の利いた照明が来客用のカウンターを照らし出しーー
「・・・・・・消されたか、こりゃ口封じだな」
(おそらくの)
壁一面が鮮血に濡れ、ご丁寧に『天誅!』と簡単府までつけた血文字が残されている。筆は床に転がる、多分ドワーフだった肉塊だ。
足は片方だけ残っちゃいるが、腕は擂り潰されて壁にこびりついているのだろう。
明らかに鼻唄まじりに娯楽として殺した跡だ。
が、そんなことより腹立たしいのは、ドワーフの頭部がどこにも転がっていないことだった。
握り潰したと見るのが妥当か。
思わず舌打ちが零れる。
「ちっ、やってくれたな」
おそらく、脳内の情報を調べる非合法のブレインスキャンを恐れての仕業だろう。
「ね、ねぇ、ユーリ。ヒトが殺されているなら、警察を呼ばないと」
「冗談だろ、共生派のダニが何匹潰されたってーー」
「ーーユウリさま、わたくしどもで通報致します。構いませんね?」
アークナイトといえども無差別殺戮は許可されていない。無論犯人は僕じゃないが、後日の揉め事を減らす意味でも、そして倫理面でもリュキウスやスカリーシェリが正しい。
理性では正しいと分かっているが、
「・・・・・・好きにしてくれ」
貴重な情報源から何一つも得る所がなかった僕は、敗北感とコントロールが利かない感情を合わせて苦い気分で答えるのが、精一杯の妥協点だった。
次話は8月16日の16時ごろの掲載を予定しています。可能な限り間に合わせる(お盆の来客等々で予定が狂いつつありますが)つもりですので、気長にお付き合いくださいませ。




