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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
薔薇の名前

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31/51

カワリユクモノ

 評判の行列店を検索し、男女問わない入店待ちの列にならんだ。

 スカリーシェリは並ぶことにすらご機嫌で、彼女に集まる周囲の視線に居心地悪そうにしながらも、やはり楽しそうだ。

(誘ってよかったな)

 小さな店を出入りする人の流れは引き切りもない。自動ドアが開いて、活気溢れる店内からピンク色に髪を染めた女性店員さんが出てくると、次のお客さんを呼び込んで席へと案内する。ほとんど練達の流れ作業状態なそれと入れ替わりで出てきた厳つい雰囲気の中年男性ーースーツ姿の市ノ瀬さんが、僕を認めると軽く手を上げて近づいてきた。

「よ、鞍馬。お前さんもここで飯か」

「ええ。親父さんもここでお昼でしたか」

「おう。姪っ子に評判を聞いて食いに来てみたんだけどよ、どーにも味噌の味が濃すぎらぁ。これなら通り向こうの『鍾馗』の方が好み・・・・・・ぉ、おおぅ?」

 僕の隣で行列待ちのスカリーシェリを見止めた親父さんの顔に、曲解とタイトルがつきそうなニヤニヤ笑いが広がった。

「デート中だったか。こりゃすまねぇ、気が利かなかったな」

「べつにそういうんじゃないですよ」

「隠すなよ、俺は嬉しいんだぜ」

 暖かい笑顔でこう言われてしまえば言い返せるものではないし、聖女の立場はともかく、スカリーシェリを隠すつもりは僕にはない。

「親父さん、彼女はスカリーシェリといいます。レギオンに参加することになった僕のバディです」

「ほう」

 笑いを収め、まじまじと僕らを見詰めた親父さん。

 スカリーシェリはタイミングを見計らって丁寧に会釈をした。

「はじめまして。よろしくお願いします、ユーリのお父さん」

 育ちの良さを感じさせる物腰の挨拶に、一瞬(え?)とも思ったが、

「こちらこそ。気分屋で色々危なっかしい息子ですが、呆れずに仲良くしてやってください。スカリーシェリさん」

 当然のように答えた親父さんの態度も極自然で、出遅れた僕は一人蚊帳の外だった。

(まあ、いいけどさ)

「ん、じゃぁな」

 僕の肩を軽く叩いた市ノ瀬さんが、後ろ手を振ってシントミチョウの雑踏に紛れて行った。

「あんまり似ていないんだね、お父さんと」

「そりゃそうだろ」

 スカリーシェリに答えて、まだ三十分は並ぶ必要がありそうな行列に見きりをつけた。

 整理券をピンク髪の店員さんに返しに行くと、

「あらら、またいらしてくださいね〜」

 猫を思わせる特殊な瞳を和ませて苦笑いされてしまった。

 ちなみに。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜美味しい!」

 ジャズの流れる込み合った、それでいてとても静謐な店内で叫んだ顛末は隣に置いておくとして。

 髭店主渾身の一杯は、スカリーシェリのお気に入りになりましたとさ。


「ほう」

 提出されたばかりの意見書に目を通し、ミュスカルナ大司教が怜俐な横顔に苦笑を浮かべた。

「教会からの出入り時を除き、日常においては顔を隠す特務僧服ではなく、平服を着用した方が危険は少ないものと思われます。

 聖教会の秘密主義が徹底された今日、一体何者がエクソシストであるのか、それを誰も知り得ないのですから、平常時に顔をさらしていてもテロの標的にはなり得ないのではないか、左様愚行致します」

 たしかに、理の通った進言だ。

「しかし、今を護る者が変化を要求するとはな」

 その矛盾が可笑しかった。

 ウォルナットの執務机に指を組み尖り気味の顎先を乗せて、ミュスカルナは記憶に目を細める。

「・・・・・・娘と同じ、カワリモノ。他者の盾となって人からヒトへ転じた変異亜人(きせき)・・・・・・。ふふ」

 惨たらしい死の気配を前にしてなお、たった一人で盾になった少年の物語を嬉しそうに語る娘の姿を思い出し、ミュスカルナは頬を緩めた。

「世の変革を謳い続ける阿呆どもに、爪の垢でも煎じてくれようか」

 口に変革を唱え、自身は一向に変われぬ愚者がいる。

 正義と復讐を求め、破壊と殺戮に酔いしれて立ち止まれなくなった人々がいた。

 それを哀しいと思う境地も、虚しいと感じる心も遥か彼方に過ぎ去ってしまい、もはやどんな愚行にも眉一つ動かない日々が続く。

 心の凪。

 いかな清流であれ、止まれば腐るは自明だというのに。

 他者を愚者と蔑む口が、自らの腐敗を表象していた。

 眉根の皺に気付いたミュスカルナの表情が険しく曇る。ペン先が走りだし、内規変更を命じる大司教令にサインを記す音が流れた。

「変わり続ける者たち・・・・・・か」

 ペンを離したミュスカルナは、柔らかな微笑を浮かべていた。

次話は8月11日の19時更新を予定しています。


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