マザリモノ
崩壊した街の中心部にある交差点で部隊に合流した。
「おつ〜」
「あ、鞍馬くん」
折れた電柱に腰掛けていた深青のバトルドレス、イシカワ工房製特二型シリーズ『天霧』を装着したシュバリエの富航と、襟足で黒髪を切り揃えたブレスト・メイル姿の少女が手を振って迎えてくれた。
「単騎戦闘したって聞いたけど大丈夫だった?どこも怪我はない?」
小走りで駆け寄り、強気な若葉色の瞳に心配を浮かべてくれたのは、掃討歩兵士曹の嵯島凛音だ。
航と凛音はレギオン『士団』の同僚で、同い年の十七歳。二人とも訓練校時代から付き合いの続く友人だ。
「ありがとう、でも、戦闘って言ってもゴブリンだけだったから・・・・・・」
「あー、やっぱそっちもかよ。LAWSはおろか上級魔も出てこねーとなると・・・・・・ねぇ」
航の言葉尻が苦笑で揺れる。
「おいこら、ふざけてんじゃねーぞ!!」
少し離れた場所から性質の悪い怒鳴り声が聞こえた。
途端に肩を強張らせ、表情を消した凛音が視線を伏せる。
「副長は負傷休暇中だからマヒロンの介護者がいねーのよ」
やれやれって感じの航の視線を追うと、円形の前立てが特徴的な黄土色のバトルドレスを身に着けた大柄なシュバリエが、聖教会から派遣された小柄なエクソシストの襟元を捻り上げ、口汚い怒声を放っていた。
声を荒げているのは嵯島真尋。
六騎のシュバリエと十四人の掃討歩兵班を預かる士隊長で、嵯島姓で分かるように凛音の兄だ。
「こっちは臆病もんのテメエらと違って命張ってんだ。つまんねぇガセ流して無駄足踏ませてんじゃねーよ、このマザリモノがぁ!」
「ーーっ、くぅぅ」
襟元を掴まれたエクソシストの足が浮く。
だが、誰も士隊長の蛮行を止めなかった。
真尋は出鱈目に強い。
面倒なことに一度キレると手がつけられないバーサーカーだ。
一度ああなると、敵だけでなく部下だって平気で殴るし蹴り飛ばす。
士隊長を遠巻きに眺める団員たちは、薄笑いを浮かべるか、呆れ顔で肩を竦めるか、いずれにせよ巻き添えを嫌って素知らぬ顔を通すしかなかった。
「お兄ちゃん・・・・・・、どうして」
凛音が辛そうに俯いた。
僕は何も言わず、俯いた凛音に背中を向けて歩き出した。
「幽理、おい、やめとけって」
航が面倒に関わるなって調子で僕を止めた。
でも、僕は止まらなかった。
哀しそうな凛音を見ていたくないっていうのもあるけれど、
(命張っているのはエクソシストも一緒だろ)
常に最前線にある彼らを臆病とは思えなかったし、なによりも純粋な人間じゃないって意味で吐かれた『マザリモノ』って台詞が気に入らなかった。
「やれやれ、ほっときゃいいのに。怪獣マヒロンだって別に殺しはしねーべ」
付き合いのいい航が諦め気味に笑う。
「鞍馬くん」
俯いた凛音が僕の名前を呟いていた。
囚われたエクソシストの救出は、それ自体は特別難しいミッションではない。
狙うはエクソシストの喉を掴んだ手甲の一点。三指と四指の間にある骨の隙間を正確に押し抜くだけだ。
「!!」
無痛の痺れから襟を掴んだ手が離れた。
がはっ、げほっと咳き込んだエクソシストを背中に隠すように真尋の正面に滑り込み、白々しく敬礼をして見せれば作戦成功。
「鞍馬幽理です。偵察任務より帰還いたしました」
「鞍馬だぁ?おう、誰がテメェに戻れと命じたよ、あぁぁん!?」
身長二メーターに近い真尋が兜首を近づけて見下ろすように凄んだ。
その凶悪さと殺意濃度はゴブリンのざっと十倍。しかも真尋の場合は手足が飛んでくるから、命の危険度は四対一だった先の戦闘を軽く凌駕する。
(さて、どうしようか)
どんなふうに返事をしたら丸く収まるのか、無駄を承知で考えようとした矢先、航が気軽な合いの手を入れた。
「あ、オレっす。今日のオペレーターってオレだったし。・・・・・・あれ、ダメでした?」
「なに勝手やってんだよ。部隊行動は隊長の指示を仰げや、常識だろうがぁ!!」
(仕方ないか、航を巻き込む訳にもいかないし)
丸く収める、その方針の放棄を決定。
そうしてしまえば、実は解決は簡単だったりする。
四歳年上の真尋は、どういうわけか僕を目の敵にしている。僕のやること、言うことの全てが癪に障るらしい。
それを逆手にとってやればいい。
姿勢を正し、殊更誠実そうな口ぶりで報告した。
「偵察任務中に四体のゴブリン撃破に成功しました。士隊長の判断のお陰です」
「ドアホウ、シュバリエがクソ雑魚狩ったくらいで、わざわざ報告に戻ってんじゃねぇよ!」
「はっ、申し訳ありません!」
「ケっ。・・・・・・おい鞍馬ァ、斥候ってのは部隊の目だ。そんくらいはわかんよな?」
「はい」
「うーし。んじゃ撤収すっから、テメエは車列から十キロ距離を取って殿に就け」
事実上の置き去り宣言である。
真尋の声に勝ち誇った嗤いがまじった。
「おい、待てよ!」
見かねた様子で声を荒げた航を「いいから」と腕で制した。
(目論みどおり、悪いね、真尋さん)
兜の陰で意地悪く笑う。
僕らが拠点にしているトウキョウ市までおよそ百キロ。バトルドレス着用なら単身でも走れない距離ではない。
それに真尋の標的が僕へと完全に擦り変わった今なら、エクソシストもこれ以上難癖をつけられる恐れもない。そう思ったのだが・・・・・・
「ふざけるな」
背中に感じたのは、小声でも剣呑な怒りの波動だった。
ここは黙っておこうぜ、と後ろ手を軽く振る。
「いや、しかしそれではキミが」
おやっと思った。
背後のエクソシストは、自分の危難に腹を立てていたのではなく、僕の災難に義憤を覚えているらしい。
(だとしたら、なおのこと巻き込んじゃいけないよな)
怒りを隠そうともしないエクソシストに二の句を継がせず、僕は真尋の命令を承諾した。
「承知しました、これより哨戒任務に向かいます」
答えたその時、妙な気配を感じた。
だが、周囲には味方がいて、敵の姿なんて存在しない。
だから、空を見上げて叫んだ。
「敵襲!!」