聖女生還(?)
「酷いよ、ユーリ。そんな面白い事をしていたのに、ボクを除け者にするなんてさ」
関係者が口を噤んだ幻のチキンドライブから数日後。予定よりも数日延びたスカリーシェリの謹慎が無事に解かれた、とある麗らかな午前の物語。
倉庫改め事務所スペースとなった元拷問部屋で、なげやりに設置された間に合せのスチール製のテーブルセットに肘を突き、相も変わらない僧服姿のスカリーシェリが形のよい唇を尖らせていたが、実を言うと僕はそれどころではなかったというのが実情だったりする。
(羽虫型偵察機への斬撃破損に対する保証請求?)
何じゃこりゃ、と請求者を見てみると富航の名が。
一応『士団』からの正式な請求書だから無視するわけにも行かなくて首を傾げていたら、横顔に突き刺さってきたのは非友好的視線でありましたとさ。
「誓って言うが、全く、これっぽっちも楽しくなかった」
指先をぴったりと合わせ、今もって愉しくもない諸経費の請求書を手に持ち、渋く、二時間は煮出した煎茶を飲んだ気分で言うと。
「ぶーぶー。何だよ、ボクとユーリのレギオンなのにさ。ユーリってば勝手すぎ!」
「ぶーぶー言わない。でさ、僕らのレギオン何だけど、市から正式な名前を登録してくれって催促が来ているんだ。スカリーシェリに何か良い案はない?」
誤魔化したつもりはないけれど、それっぽくなった話題転換。
「アークナイツ」
即答されて肩を竦めた。
「間違っちゃいないけど、それだと教会からしかお仕事こないでしょ」
「お留守番スカリーシェリの大冒険(仮)」
どんよりと暗黒淡藤色の瞳が死んだ目で僕を見詰める。
(くっ、なんて目をしていやがる)
思わず後ずさりした僕を、スカリーシェリは虚無を宿した表情で笑った。
「だめか〜、そっか。じゃあさ、『正座して聖句詠唱八時間会』なんてどうだろ、タフな感じがするよね、精神的に!」
「は、八時間!?」
「五日間で四十時間でーす。ふふ〜ん、今日もいいお天気ですよね〜♪」
スカリーシェリの視線は換気用の窓に釘付けだ。が、スカリーシェリが見ているのは磨りガラスで、そもそも外は見ない。窓を開けても隣のビルの壁しか見えないから、スカリーシェリが見ているのは禁断症状下にみる幻だと判断するべきだろう。
「ボクはね、お日様って素敵だと思うんだ」
薄く微笑んだ横顔は綺麗なのに、うそ寒いというか、素直に痛々しかった。
「はぁ〜、分かったよ。少し外に出よう、けどーー」
「やったぁ!任せてよ、今日はユーリの側を離れてあげないんだから」
(うーん、自由に外に出られる方法を考えた方がいいのかもしれないな)
愉しそうに玄関へと駆け出したスカリーシェリを追いながら、午後から出勤予定のリュキウスにメールを送り、僕は事務所の鍵を閉めた。
シンカワとハッチョウボリをつなぐ高橋の検問所を過ぎ、鍛治屋橋通りの人混みを避けて細い路地裏をスカリーシェリと歩いた。
十分も歩くと味気ない雑居ビルはなりを潜め、そこかしこに個人ショップが軒を連ねるシントミチョウの町並みが現れる。
もちろん高層ビルの下層階利用しただけだが、それだけでも普段着で暮らす下町という風情は伝わってくる。
そんな町並みの中でスカリーシェリがぼやいた。
「だいたいさ、聖女なんて呼び方が偉そうなんだよ」
「この間の話しかい?」
「うん」
自分の行動が上から目線だって他人に言われたり思われたりするって悩みだ。
だが、不死者を滅ぼす能力者が自発的に行動すれば、ある程度他人よりも視座が高くなるのは仕方がない。
そもそも、それを武装特権者のアークナイトに言うのかいって話しにもなるが、数日前と違って僕にも自分なりの考えがあった。
「結局はさ、スカリーシェリがどうしたいのか、じゃないかな」
「どういうこと?」
見上げるタイミングでスカリーシェリが疑問を返した。
「誰かを助けることが目的なのか、それとも皆に好かれることを目的にするのか、その違いかなって思うんだ」
助けられる立場からすれば、どうしたって聖女の立場は上から目線や上位者として感じられてしまうのは仕方がない。萎縮するか、反発するか、或いはただ敬うか。いずれにせよ、それは相手の都合や感情にすぎない。
「相手がどんなふうに感じるのかを重要視するのかーー」
別の言い方をすればイメージ戦略を優先するのか、
「それともスカリーシェリが自分のやりたいこと優先するのか。こればっかりは結局君次第だし、どんな選択をしたって間違いじゃないって僕は思う」
「・・・・・・そっか、うん、そうだね」
と、呟いたスカリーシェリが慌てた様子でキョロキョロと周囲を見回し、やがておずおずという感じて尋ねてきた。
「・・・・・・えっと。ひょっとしてボク目立ってる?」
スカリーシェリがこうなったのも無理はない。
道行く人(かなり人通りはある)がすべからくスカリーシェリに視線を送っているのだ。
少し事情を解説すれば、そもそもエクソシストが街中を出歩いていることがそもそも異常事態で、通行人からすれば何事か事件でも起こっているのかと不安になるのが当然だったりする。
では何故スカリーシェリがエクソシストだと分かってしまうのかだが、これは極めて分かりやすい理由がある。
特徴的なボイスチェンジとフードを目深に被った僧服姿だ。
この構図を分かりやすく展開すると、エクソシスト=フード姿の僧服である。
「大丈夫、僕に考えがある」
なら、人々の認識を逆手に取ればいい。
「着替えよう、スカリーシェリ。今日はフードもボイスチェンジもなしで行こう」
そう、僧服を脱いでしまえばいいのだ。
そもそも、教会が徹底した情報統制のお陰でスカリーシェリが聖女だなんて誰も知らない。基本的に誰も知らないのだから、スカリーシェリが顔を隠し声を変える必要もなく日常を遅れるという寸法だ。
「名付けて、木を隠すなら森の中作戦!」
「長いよ」
言下に片付けたスカリーシェリが、フードの下で小さく笑い声をあげた。
「えへへ、ボクのこと、ちゃんと考えていてくれたんだね。うん、ちょっと嬉しいかな」
「うむ、もっと感謝してくれたまえへ」
「もう。で、どこに行けばいいの? ボクはこの辺りのお店なんて知らないよ」
「あ」
自慢じゃないが、服なんて着られれば文句はない性質だ。
放っておくと季節感ゼロ、年がら年中同じ服を着ているので、見かねた航や凛音が僕を引き連れて買い物に出るという体たらく。
それだって量販店で済ませてしまうから、スカリーシェリを案内出来るお店なんて知るはずもなかった。
(ユウダチ!)
(はぁっ、やれやれじゃ)
次は8月10日14時掲載を予定しています。




