赤備え
「全身が赤いバトルドレスってマジかよ、こんな独特のカラーリング、『清和』の赤備えしかねぇじゃん」
車載カメラをチェック中だった航がうんざりと言った。
レギオン『清和』、都市国家群最大規模を誇るレギオンだ。
但し、最大ではあっても最強ではない。最強の呼び声は『士団』の旗の下にある。それを覆すべく集められた精鋭が、バトルドレスを赤色で統一した赤備えだ。
「待ってよ、赤備えがどうして私たちを襲うのよ?」
装甲車に背中を預けた凛音の疑問に、兜を外したリュキウスが静かに答えた。
「最近になって『清和』を追い出された人物がいたはずです」
「御子神猛か」
思い当たる名前はあった。
赤備えの中でも特に勇猛で知られた狙撃手で、多くのシュバリエにとって憧れの勇者であり、人類の守護者なんて呼ぶシュバリエもいるくらいだ。
だが、週刊紙に過去の殺人嫌疑をすっぱ抜かれて失脚し、『清和』から追放されたいわく付きの人物でもある。
リュキウスが頷いて補足した。
「護衛騎士隊の調査結果はクロでした。あれは生粋の浄化主義者です」
「たしか『ガブリエルのホルン』に所属していたって話だっけ。うへっ、もろに幽理の大ファンじゃんか」
「ちょっと、航!」
「いいんだ」
大声を上げた凛音を抑えると、航は気負いのない視線を寄越した。
「で、どうするよ、幽理。イカレたおじさんなんて放置して、迂回路使って逃げちまおうぜ。これがオレのおすすめかな」
それが一番簡単かなと航に頷いたその時、ユウダチが鋭く注意を促した。
(幽理、ヤツを捉えた。今から映像を送るぞ)
旋回中のドローン映像が送られ、僕のスマートフォンに赤いバトルドレスが写し出され、
「「「「!!!」」」」
そして、僕らは言葉を失った。
「よう、見えているか、鞍馬くん。はじめまして、俺が御子神だ」
兜を外した御子神は、長髪を襟足で束ねた細面の中年男だった。
目付きは鋭く、そして暗い。
濁っていると言った方が正しいのかもしれない。
それだけなら戦い続けたシュバリエ特有の様相でしかないし、僕らだって驚きはしなかっただろう。
「ん、こいつかい?」
「・・・・・・ぁ」
御子神に頭髪を鷲掴みにされていたのは、青く長い髪を持つとがり耳の若い女性だった。
「お前さんと同じマジリモノさ」
殴られて青く腫れた頬、切れた唇。
衣服は、下着だけだ。
僕を挑発するためだけに、彼女の衣服を裂いたのだ。
御子神の凶相を観察し、最悪を含めて考察を開始する。
「なあ、可笑しいと思わないか」
御子神が暗く嗤った。
「人類の守護者と称えられた俺はレギオンを追われ、屈辱に震えなきゃならないってぇのに、おめぇら人間もどきの化け物ばかりが甘やかされて保護されていやがる。マジリモノが調子に乗って聖騎士だとさ。ーーふざけんじゃねぇや!!」
御子神の怒声に震えた女性の目前に大型ナイフの刃が煌めき、彼女が怯えを見せるよりも早く刃が消えた。
「ーーがふっ」
赤色が女性の口から迸しり、胸元を真っ赤に染めた女性が苦悶の表情で崩れ落ちる。
その背中に、大型のナイフが突き立っていた。
リュキウスが怒気を発した。
「正気か!」
航と凛音が怒りを吐き捨てる。
「ふざけてんのはテメエだろ!」
「馬鹿じゃないの!」
「ふふん。この分だとおっちぬまでに二十分ってところかな。肺を貫いたから死ぬまで苦しむぜ。さあ、鞍馬くんはどうするのかな?逃げたっておじさんは嗤わないぜ、くく、あははは」
女性の顔を踏みにじった御子神の手元が翻り、ナイフの飛翔をカメラが捉えた直後に映像が消失した。
怒りを吐き出す時間すら惜しい。
そう感じたから手短に言った。
「凛音、大通りに平行した路地を走ってくれないか、駅舎北口から回り込めば狙撃対象にはならないから」
行動の大前提は女性の救出だ。選択肢として一番有効な手段はスナイプによる敵の排除だけど、生憎と本職のスナイパーはここにいない。
次に思い付くのが、バトルドレスに物をいわせた突撃だが、これは下策だ。万が一にも人質としての価値を疑われてしまえば、僕らが辿り着く前に女性は殺されてしまうだろう。
だから、次善の策は挟撃、突入による人質の確保と、僕らでも可能な中距離スナイプにによる敵の排除を同時に行えばいい。
一見すると危険の伴う人質確保の役割を、僕は凛音に願った。
「ん、まかせーー」
「幽理、てめぇ、凛音を囮に使うつもりか!?」
血相を変えて僕の肩を掴んだ航を押し退け、緊急医療キット『ソーマ』の入った予備のリュックを凛音に放る。
「ライフルは置いて行ってくれ、そうすれば御子神の最上は凛音を驚異と見なさない」
「おいっ!!」
肩を掴む力が強くなり、装甲がミシリと鳴る。
兜を外すと装甲車の中へ放り、航の前に白髪と深紅の瞳をさらした。
「勘違いするな、囮は僕だ」
御子神の狙いは亜人種、マジリモノである僕の排除だ。
だとしたら素顔をさらすことに勝る挑発はない。
ほら、撃ってみろよって状態だ。
「始末もこちらでやる」
装甲車に立て掛けてあったバレットM95を取り上げ、リュキウスに預けた。
「こいつが一番の理由だ。凛音は冷静で強いよ、救出作戦にこれ以上の適任者はいないと思っている」
凛音を疑うのかと目を逸らさずに言外に問い質すと、航は挑む目で早口に捲し立てた。
「抜け道の先導はどうするんだよ、駅舎内に仕掛けられたトラップへの対応は?」
刺だらけの指摘は航が本気で凛音を案じている証だ。だが、航が納得するまで懇切丁寧に説明している時間はない。
「対策済みだ。ユウダチ」
「む、むぅぅぅっ、仕方ないのう、これも大きなテレビのためじゃしの」
渋い顔で可視化したユウダチが、
「え?」
驚きでポカンとする凛音を一瞥すると、
「道案内はしてやる。じゃが気安くするでないぞ、小娘」
飛来した小型ドローンに跨がり、赤いLEDライトを点滅させて暗闇の中へ飛び出して行った。
「えっと、アレなにって聞きたいところだけど。あー行っちゃったね、・・・・・・よし、じゃ行ってくるね」
凛音は一瞬だけ笑みを見せ、ユウダチを追って走り出した。
その姿に航が地団駄を踏んだ。
「凛音、待て、待てって!・・・・・・だぁーくそ!」
と、航は暗い空を仰ぐときつい目で尋ねてきた。
「確かバトルドレスを着てなきゃ敵認定はされねぇんだよな?」
「ああ、正しくは脅威だな。連中からすると拳銃やナイフなんざ弱すぎて怖くないんだ」
御子神が纏う最上は夕立や天霧の上位クラスであるクラッシャーの位階を有している。その自惚れはデストロイヤークラスの比ではない。
「事実だろ」
「お陰で凛音は屋上まで無事に辿り着ける」
舌を打ち天霧の強制解除を始めた航に伝えようか迷う。
人類の守護者を自認する御子神は人間である凛音や航には手を出さない筈だ。
だが、目の前で亜人種を助けようとした時に御子神がどう動くかまでは確信がない。
逡巡している間に、航は黒色のインナー姿で夜の中へ駆け出していってしまった。
「いい人ですね、トミどのは」
僕の後悔を見透かしたのか、リュキウスが励ますように言った。
僕は得意顔で頷いた。
「でしょ」
答えたら不満そうな視線を感じた。
「・・・・・・やきもちを焼いては下されないのですか」
心底不満そうなリュキウスに僕は思わず吹き出していた。
「兄弟同然に育った男を褒められて、悪い気になるヤツなんていないよ。それにさ」
「?」
「航が名前を呼び捨てたら怒るでしょ?」
「ええ、今度は殴ってしまうかもしれません」
「そ、そうですか」
帰ったらきつく注意しようと心に決め、頬を叩いて気合いを入れ直した。
「さて、僕らも行きますか」
「お供いたします」
僕とリュキウスも夜の中に踏み出した。
次話は明日、8月4日21時掲載を予定しています。
楽しんで頂けたら嬉しいです




