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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
シュバリエ
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定命世界のシュバリエ

定命(じょうみょう)』という考え方がある。

 ひとつの世界が内包可能な命には限界数が定められている、学者ではないのだからこの程度の理解でも十分だ。

 定命論者が説くところによれば、限界数(ボーダーライン)を越えてしまうと、それ以降はどんな生命も生まれなくなるという。

 それはなにも赤子が生まれなくだけ、とは限らない。

 水も風もこの星に育まれた生命だ。

 その全てが誕生と運行を止めてしまったとしたら?

 グラスを溢れた水が元に戻れないのと同じで、もう二度と取り返しがつかない。

 小難しい理屈を抜きに、世界の終わりだ。

「ほんとかよ?」

 そこそこ分かる話だが、規模が大きすぎて共感ができない。

 胃の底がひりつき、喉が焼けるようなリアルを感じられないのだ。

 だから、『世界』なる壮大すぎる単語を、より身近な『日常』に置換してみた。

「終わる日常・・・・・・か」

 非日常が待ち受ける冒険の日々、そんなふうに錯覚しそうで微苦笑が零れた。

 目の前に広がる世界をまじまじと眺める。

 視界を埋める光景は、コンクリート色に崩れた廃墟の街。

 大勢の人々が暮らしていたであろう街に、生きた人の姿は存在しない。

 これが活きた世界だというのなら、AP(アフター・パンドラ)の日常はとっくに終わっている。

『幽理、そっちに何体か行ったぜ』

 微かなノイズを伴って、富航(とみわたる)の注意喚起が兜下のイヤホンに流れる。

 崩れたビルの陰に膝をつき、主兵装備にしているマグプル・PDRのデジタルスコープを覗き込むと、遠視スコープの中で、六十余年前の『パンドラの涙』で崩壊した街の瓦礫路を、緑色の人外が少数の群れをつくって闊歩していた。

 兜内部のモニターに映し出された人外の移動速度は、時速換算にして四十キロ。

 二足歩行種にしては非常識な速度で移動していたのは、身長百八十センチのずんぐりとした肥満体に腰布一枚を巻いた禿頭単眼、人を襲い人肉を好んで食らう低級魔のゴブリンだった。

「ゴブリン四体を確認した。これより排除を開始する」

『了解、無茶すんなよ』

 軽い別れに返事をせず、音もなく立ち上がると地面を蹴った。

 足元で小石が爆ぜ、中世の南蛮鎧をずっと絞った漆黒のシルエットが、ひび割れたアスファルトの上を疾駆する。

 ぐん、と周囲の景色が流れ、小粒のサイズだったゴブリンの群れがあっという間に大きく見えてきた。

 ミスリルと特殊カーボン、強化人工筋肉で編まれた強化甲冑(バトルドレス)を装備した僕の加速は、瞬間時速換算で百キロを越える。

 その加速で襤褸を纏ったゴブリンに追い縋り、前傾姿勢のままで横に並ぶと、

「ギッ!?」

 驚愕したゴブリンが一つしかない目玉を丸く見開き、咄嗟に握っていた斧を振りかぶった。

「ーー遅い」

 原始的なバトルアクスを振り上げたゴブリンの眼球へ銃口を突っ込み、無造作にトリガーを引く。

「ガガガらららららぁぁぶヒャぁ!!」

 秒差もなくゴブリンが痙攣し、すぐに弾けて赤色がしぶき飛ぶ。

 ピピピピピ!

 左目の端でアラームが点灯し、奇襲に気付いた敵の近接を知らせる。

「邪魔だ。それよりも接敵予測を寄越せ」

 アラームが消えた。

 バトルドレス搭載のAIが即座に解析を完了し、ゴブリンたちの攻撃動作予測が兜内部のインナーモニターに表示される。

(前の二匹が先で、左後ろの一匹が最後か)

 繰り出されるであろう敵の攻撃パターンは把握完了、次に必要なのは状況に適応した殲滅方法だ。

 バトルドレス『夕立』の補佐で思考速度を加速させ、ゼロ・コンマの世界で戦闘をシミュレート。

 情景が高速で脳裏に流れ、算出された撃破パターンは全部で九つ、どれを選んでも殲滅まで三分を要さない。

(こいつだな)

 こちらの選択と同時、ゴブリンが包囲を狭めるように攻撃を開始した。

 その動きを目視しながら空弾倉を捨ててリロードを完了したその時、正面のバトルアクスを振り上げたゴブリンが跳躍した。

「シギャ!」

「ふん」

 マグプルのトリガーを引き、ゴブリンの胴体へ全弾を叩き込む。

 銃撃で四散するゴブリンを横目にーー

「キケー!」

 右の真横から振り下ろされたバトルアクスを半歩下がったスゥエーバックでかわすと、弾倉を再交換して全力射撃。

 即座に短い銃撃音が鳴り響き、バトルアクスを振り下ろしたゴブリンの頭部が水風船同然に弾け飛んだ、と同時に兜の内部でピピピピピっとアラームが鳴り響く。

 頭部を失いゆっくりと倒れて行くゴブリンの向こうから、「グルラァ!」と残存の一体が戦斧を携えて襲いかかってきたのだ。

 マグプルを構えた。

 銃身がカチッと鳴った。

 弾倉に装填された残弾はゼロ、弾切れだ。

 斧を手に跳び上がったゴブリンの顔半分が大きく横に割けた。

「キキキキキキキキキ!!」

 ゴブリンが嗤っていた。無理もない。この距離ではリロードよりも斧の一撃が確実に早い。その事実を把握したゴブリンが復讐に歓喜していた。


「お馬鹿さん」


 兜の底で暗く嗤う。

 予測演算を完成させたのは鞍馬幽理(ぼく)だ。

 三度の攻撃であえて弾を撃ち尽くして見せたのは、伏兵と集団戦闘を得意とするゴブリンの逃走を防止するための布石だ。

 伏兵(アンブッシュ)の恐れがある廃墟の街で、ゴブリンと追い駆けっこを楽しむ趣味など僕にはないのだから。

 インナーモニターの表示がリロードを要求する。

「弾がないって?いらないだろ、そんなの」

 無造作に踏み出した。

 先に撃破され、ゆっくりと倒れていくゴブリンの腕を掴む。斧を握ったままの腕を乱暴に引き千切り、奪った腕を振り上げればーー

 ドン!!

 鮮血が飛散し、太鼓腹に斧を突き立てたゴブリンが赤い尾を引いて落下する。

 銃弾の再装填を完了し、水からの血溜まりで痙攣するゴブリンに銃口を向けた。

「・・・・・・ぴ」

 慈悲を求めて伸ばされた震える手を無表情に眺め、躊躇いなくトリガーを引いた。

「クリア」

 満ちてしまった水をグラスの縁からこぼさない方法があるとしたら、それはグラスの水を減らす以外にありはしない。

 だから、殺す。

『こっちも終わったぜ、本隊に合流してくれ』

「了解」

 ご覧のとおり、鞍馬幽理(ぼく)は血塗れの掃除屋(シュバリエ)だ。

 資格上騎士を名乗ってはいるけど、この時代の何処にでもいるありきたりな傭兵にすぎない。

 ありきたりな傭兵だから、僕以外にもシュバリエは大勢いる。

 群れて、集って、今日も世界を壊した侵略者たちと殺しあっている。

 侵略者と殺し合う道を選んだ凶者の群れを、この時代の人々は畏怖と嫌悪を込めてレギオンと呼んだ。

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