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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
守護者
18/42

護衛騎士

「はひ〜、働いたぁ〜」

(くむぅ〜、埃っぽいのじゃ)

 掃除開始から三時間、おそらくは一生分の掃除時間を費やして正午を迎えた。

 埃散る屋内で休む気にもなれず、三人で玄関前の段差に腰を下ろしてホッと一息。

(お礼も兼ねてピザでも頼もうか)

 我ながら名案だと得意になっていると、

「簡単だけどお弁当作ってきたんだ。よかったら食べる?」

 凛音がトートバックからタッパーを取り出した。

 中身はシンプルな白米のおにぎりだ。

「そっちが鮭で、こっちは梅干し。この一列は塩だけね、で、こっちはおかずなんだけど」

 割り箸と共に登場した色付きタッパーたちを開けると、中身はやはりシンプルな卵焼き。他には牛蒡と人参のきんぴらに、ハムとキャベツとショートパスタにわさびマヨネーズを和えただけのサラダ。

 それを黙々と食った。

 ただひたすらに食べた。

 最近食べたなによりも、旨かった。

「お茶も用意してきたけど、いる?」

 航と一緒に無言で頷き、保温タイプの水筒から紙コップに緑茶を貰うと、僕たちは再びおにぎりとおかずを頬張った。

 欠食児童の勢いで完食し、「はふ〜っ」と息を吐いた僕と航を、凛音は柔らかな笑顔で眺めていた。


「私が料理するのって意外かな?」

 凛音がコンクリートの床を眺めながら言った。

 照れている様子はなく、純粋にそう思っていない?って雰囲気の問い掛けだ。

「いんや。全然そんなことないけどね、なぁ、航」

「ああ、訓練校時代にレモンのハチミツ漬け持って来てもらったこともあったし」

「あ〜、あれってクラス対抗の格闘戦の時だったっけ。懐かしいなぁ」

 そう言って全勝したチャンプが微笑む。

 自然な笑みが懐かしくて、僕はつい見入っていた。

「嫌だ、汗かいてるから、あんま見ないで」

 額に張り付いた黒髪を手櫛で払った凛音の姿に、ついつい時間が巻き戻されて昔話に花が咲いた。

 誰と誰が隠れて付き合っていた。今どうしている、あとは先生の悪口。過去を共有する者特有の取り留めのない会話が続く。

 でも、昔話をすれば。

「うちはさ、お母さんがいつも遅くまで働いていたから、私が家事をやるしかなかったんだ」

 不意の一言が今も赤い血を流し続ける癒えない傷跡を露にしてしまう。

 航の肩が微かに揺れた。

 凛音には家事をするべき家と家族がいるのに、僕と航は・・・・・・

 航の目が影を帯びた。

 僕は航ほど重傷じゃない。

 だけど、と思う。

 どうして、そうなった?

 誰がやった?

 僕が、航が、どれだけ叫んだか知っているのか?

 絶対に許さない、許すものかーーいいから、寝ていろ。

(凛音の前で出てくるな)

 奥歯を噛み締めるとドロッと猛る感情に蓋をして、軽口を叩いた。

「ふふん、僕だってカップ麺なら作れるぞ。さぁ思うがまま敬うがいい、航」

「お前はともかくレシピ動画の配信者にまず謝れ、幽理」

 僕たちはぎりぎりで笑い合った。


「失礼ですが」


 やや体温の低めな、綺麗というより格好がいい、そんな声音の呼び掛けがスマートなシルエットを伴って、僕らの危うい会話に滑り込んできた。

「「「???」」」

 逆光になったその人は、百七十六センチある僕とそう変わらない女性だった。

「クラマユウリさまはいらっしゃられますか」

「ゆうりさまぁ!?」

 素っ頓狂に驚く凛音を他所に、

(気を付けよ、こやつ、シュバリエじゃ)

 同様の警告を受けたのだろう。航がひりつくような戦意を放って立ち上がった。

 僕はというと、眩しさに目を細めつつ常識的な受け答えをするに留めた。

「どちらさまですか?」

 自分の主人以外のシュバリエは全て敵。

 これがガイド・コンソールたる妖精の基本発想で、したがって常時警戒体制を敷いている臨戦態勢だと言っても過言ではない。

 だが、針ネズミみたいに臆病な妖精の警戒網を潜り抜けるのは、あまり知られてはいないが実はそうむずかしくはない。

 重武装しない、バトルドレスとの接続を一時的に解除する。この二点をクリアすれば、武装した主の戦闘能力を絶対視する妖精は、練達のシュバリエさえも一般人扱いで脅威とみなさない。

 つまり、ここまで辿り着いたこの人は丸腰だ。

 それが勇気からか、或いは企みあってのことなのかは分からないが、自ら僕を尋ねてくれた彼女が襲撃者だとは思えなかった。

 立ち位置の拙さに気付いた女性が、「ぁ」とビルの影に入って微笑む。

(はぁ〜、すごいな)

 改めて見ると、本当に格好のいい人だった。

 紺色の騎士服と同色のスラックスが磨き上げられた長靴と相俟って、モデルも真っ青なスレンダーなスタイルを露にする。

 顔貌も並外れていた。

 まず注意を惹いたのはその髪だ。

 鮮やかな躑躅色をした前髪を編み込んで左前を覆い隠し、見えない向こう側へ興味を惹かれて視線を送れば、反対側に現れた大きな瞳が濃淡のあるグラデーションを帯びて輝いている。

 それだけでも異性を惑わせるに十分な魅力を持っているのに、淡くルージュが引かれた薄目の唇が温かな笑みをかたどって、近寄りがたさを打ち消していた。

 年齢は僕らよりちょい上か同じ辺りなのに、彼女を形容するとしたら美少女ではなく美女が相応しい、そんな落ち着いた感じがする女性だ。

「観察はお済みになりましたか、ユウリさま」

 問いは悪戯めいているのに、口調は真剣そのものだ。それが嫌味に聞こえないのだから、得な話術の持ち主だと羨ましくなると同時に、(あぁ、この人好きだな)って思ってしまった。

「貴女が誰なのか、まだ聞いてはいませんよ」

 立ち上がり、警戒心を全て取っ払って笑い掛けた。

「あ、これはとんだ失礼を致しました」

 深々とお辞儀をしたその人は、顔を上げると緊張した面持ちで名乗りを上げた。

「わたくしの名はリュキウス・ルグ・バロルファ。昨日まで護衛騎士隊で副隊長の任を拝命しておりました」

「はじめまして、リュキウスさん。僕が鞍馬幽理です」

 握手を求めて右手を差し出した。

 嬉しそうな表情で握り返してくれた彼女は、

「・・・・・・はて、どれから申し上げればよいと思われますか?」

 と、意味不明な呟きで僕の判断を求めてきた。

「一番伝えたい事柄からお願いします」

「なるほど、ユウリさまは賢者です」

 この発言も嫌味に聞こえないあたり、この小顔の美女は天然が入っている。

 凛音も航も普段の毒気を抜かれて、大人しく推移を見守っていた。

「では、わたくしのことはリュキウスとだけお呼びください」

(えー、そこが一番大事なの!?)

(おいおい、相当の不思議ちゃんだぜ)

 同級生ズの失礼なヒソヒソ声が聞こえてくるも、リュキウスは真剣な目で僕を見つめてきた。

「ユウリさま、本当は「はじめまして」ではないのです」

 僕を見る目に浮かぶは感謝。

 身に覚えのない僕はアホ面を晒すのが関の山。

 それでも構うものかとリュキウスの言葉を待つと。

「解き放ってくだされる。頑張れとあなたが語り掛けてくれたから、わたくしは苦痛だけの無間地獄でも踏み止まれた。狂うことなく待つことが出来た。・・・・・・あなたはわたくしの救いだ」

 ベッドに寝かされていた銀鎧のシュバリエの姿が脳裏に浮かび、

「・・・・・・男じゃなかった?」

「はい、残念ながら」

「またか、またなのか、く〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 頭を抱え込んだ頼りない観察眼の持ち主に、リュキウスは困ったような表情で控えめに微笑み掛けた。

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