聖女と聖騎士
「顔、マフィアだったけど、いい人だったね、市長さん」
「意外なくらいな、顔はヤクザだったけど」
事実だったので苦笑して同意した。
「一人たりとも絶対に死なせるな」
それが意識を取り戻した市長の厳命だった。
大学病院にしてみればとばっちりもいいところだ。けれど、六台のストレッチャーが運び込まれた救急救命室の活気を見れば、医師や看護士たちの助けるんだって熱意が伝わってくる。
心が熱を帯びて、つい「頑張れ」と呟いていた。
淡藤色の瞳が僕を見上げて得意気に笑う。
「どう、ボクと組んで良かったでしょ」
「ああ」
「ならさ、こ、これからもーー」
と、緊張した様子のスカリーシェリの前に右手を差し出した。
「よろしくな、バディ」
「うん!」
笑みが広がって、白い手袋に包まれた華奢な右手が、僕の手を取った。
これで終わればハッピーエンド。鞍馬幽理とスカリーシェリの出会いと結成の物語は綺麗に幕を下ろしたはずだ。もっとも、何事も順風満帆とはいかないところが、ヒトの世の面白さなのかもしれない。
「みぃ〜つぅ〜けぇ〜たぁ〜ぞぉ〜!!」
「うっ、・・・・・あれは、まずっ」
スカリーシェリの横顔に絶望混じりの怯えが走り、怨嗟にまみれたハスキーボイスが近寄ってきたと思ったら、
「くぉのぉ〜、お転婆がぁ!!」
雷光一閃、地を穿つ稲光の迫力で振り落とされた拳骨が、一ミリの手加減もなく人類最弱の脳天を殴り付けていた。
「おぶふぁ!」
飛び散る涙滴を共に、「うぅぅぅぅぅ」と半泣きのスカリーシェリがしゃがみ込む。
「お、おい、大丈夫か・・・・・・って、ひぃぃ」
嵐は止まず。
性質の悪いことに、標的を代えてなお荒れ狂う。
拳骨をみまった麗人が僕を氷塊同然の目で睨み据えていた。
「貴様か、私の娘を誑かしたユーリとかいうゴロツキは?」
黒いスーツがよく似合う豊かな金髪の麗人を、ボアの付いた緋色のマントを肩にかけたこの人物を、僕はテレビや新聞でみてよーく知っている。
周囲を十人の武装シュバリエに護らせたこの四十歳手前のご婦人、名をミュスカルナ・ディ・フーラという。
トウキョウカトデラルの大司教であり、今川市長と街の支配を二分する凶悪な権門だ。
つまり、この街で敵に回してはいけない人物の最上位に君臨するお人様である。
その超危険人物、権謀術策の鬼で知られるミュスカルナ大司教が、僕を問答無用とばかりに睨んでいた。
その恐さといったらトランス状態の真尋さんのざっと二十倍以上、それはもうLAWSすら凌駕していた。
冗談じゃなく、
(こ、恐すぎる)
足が震えた。
「私が尋ねたら即座に返答せよ」
「え、あ・・・・・・いや、えーと」
「愚鈍め、おい」
「ハッ。かの愚か者がお嬢様を誑かした鞍馬幽理に相違ありません、聖下」
なんということでしょう、大司教の隣に直立不動していたのは、ついさっきまで友人だと思っていた富航ではありませんか!
さらにーー
「我々の護衛対象であらせられました聖女様を言葉巧みに拐かし、昆虫型の追跡装置を破壊したのも、この大逆人でございます、聖下」
つい数時間前まで気の良い兄貴分だった嵯島真尋が、とんでもない濡れ衣を着せてくる始末・・・・・・だったのだけどーー
(っていうか、聖女様ぁ!?)
僕の理解が正しければ、薬物投与なしに覚醒した本物の環境適応変種で、プロトタイプ・セイントと呼ばれる滅茶苦茶強力な浄化能力者である。
言い換えると、エクソシスト能力云々を抜きにして、もう絶対に護衛を付けて歩かなければならない超・超重要人物だ。
(なんで護衛もなしに自由に歩き回ってんの、こいつ!?)
うにゃぁぁぁぁ〜と頭を抱えて踞る銀髪聖女を眺めるも、事態は一呼吸毎に悪化していく。
「跪け」
短く命じて、どことなくスカリーシェリに似た薄藤色の冷たい眼光が僕を射貫いた次の瞬間、瞬きする間もなく長靴に包まれた長い足がブレたと感じた半舜後、
「!!!!!!!」
悪寒を伴った極悪な衝撃が股間を貫いた。
「・・・・・・あ、ぬ、ぐぁぅぅぁぁぃぃぃぃぃぃぉぉ〜〜〜!!」
脂汗を浮かべた僕は呼吸を忘れて踞り、奇声とも悲鳴ともつかない唸り声を歯間から吐き出して悶絶した。が、大司教はのたうち回る僕の様子など見てもいなかった。彼女の目的は対象者を跪かせることオンリー、僕がどう振る舞うかなんて端から問題視してもいなかったのだ。
「父と子と精霊の御名において、鞍馬幽理を聖騎士に任じる。そなたにはエクソシスト護衛者の権利として市中武装特権が認められる」
「・・・・・・じょ、冗談じゃない。絶対に、心からお断り・・・・・・だ」
僕にだって譲れない生き方がある。
頭を下げてお願いされれば否はないけど、暴力に屈するのだけは絶対に御免だった。
大司教が口の端を歪めて邪悪に笑った。
「ほう、まだ喋れるとは見上げたモノだ。いいだろう、月の経費は貴様の要求通り無制限で支払おう、これでどうだね?」
「え、無制限!?・・・・・・はっ、やります、やらせてください!」
うぅぅ、ぐすん。
武士は食わねど高楊枝、はっきり言って脳死者の発想だと思う。
平時ならいざ知らず今は戦時だ。
武器弾薬の補給にバトルドレスの保守点検と戦闘準備にはひたすら金が掛かるのが現実で、補給したつもりじゃ必ず死ぬのは目に見えているのだから、後方支援を軽んじる阿呆にはなれない。
付け加えておくと、アークナイトとはエクソシストの護衛を委託された十二名の外部シュバリエの名誉称号で、僕がこの暴力中年女の部下になるわけではない。
と、まぁ何を言っても、オゼゼの魔力を前に魂を売ってしまった訳だけど、スカリーシェリは僕のバディだ。
彼女を護る役割に不満なんてありはしない。
(きっと、何とかなるさ)
「はにゃ〜」と踞る相棒と目があった。
「ぷっ、くす」
涙目でスカリーシェリが笑う。
「く、くくく」
股間を押さえたままじゃ様にならないけど、僕も笑った。
この痛み笑いが、僕とスカリーシェリの出会いの物語を締めくくった。
ここで第一章終了となります。すぐに第二章を始めますが、よろしければ感想等を聞かせ・・・・・・読ませて頂ければ幸いです