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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
シュバリエ
13/42

死地を共に歩むモノ

 突き当たりの扉を開くと、そこは簡素で機能的な集中治療室だった。

 呼吸と心拍数の測定器、遠隔で操作可能な点滴システム、AIにより常時滅菌状態に保たれた清潔な空気と塵一つない白い部屋の中で、ベッドの上に横たわり眠りながらなお存在感を放っていたのは、灰色の髪を持ち、大柄な身体の中心に一輪の薔薇を抱いた老人だ。

「この人が・・・・・・」

「ああ、今川元道。現任のトウキョウ市長だ」

 七十の坂をいくつか越えているはずだが、その体躯から老いは感じられない。

 だというのに、集中治療室は死の気配が充満している。

 気配の元凶は、ベッドの上で微かに喉を震わせた、それだけが生を証明するかのように眠り続ける今川市長だ。

 スカリーシェリが挑むように物言わぬ市長を睨み、やがて力なく吐息した。

「護衛騎士たちの衰弱原因が、このお爺さんにあるのは当初から分かっていたんだ。でもね、市長から一定の距離を離すと護衛の人たちの容態は極度に悪化した。苦悩する医師たちを嘲笑うかのように・・・・・・ね」

「『苦儀』か、たしか、典型的な呪いの方式だったと記憶しているけど、違ったかい?」

「ううん、あってるよ」

 呟くように答えて、銀色の髪を掻き上げたスカリーシェリの横顔にやるせない自嘲が浮かぶ。

「呪因であるアンドロマリウスを討滅したボクとユーリならって思ったけど。悔しいよ、ボクには彼が呪われているのかすら分からない。これじゃーー」

「解呪の方法が分からない、だから、諦めるのか」

 言葉尻に覆い被せて尋ねた。

 別にそれでもいいと思ったから平坦な口調で尋ねたつもりだった。でも、スカリーシェリはキッと声を尖らせ、

「よくもそんな簡単に言ってくれるものさ」

 僕を見上げるように睨んだ。

 その視線を受け止めた。

 しばらく、多分一分くらい無言で睨み合うと、スカリーシェリが探るように尋ねてきた。

「ね、まさかユーリには解決方法が分かっているの?」

「ああ」

 横たわる市長を眺め、「分かる」と断言した。


 今川市長の心臓の上に、赤黒い一輪の薔薇が咲いていた。

 大輪の、酷く血生臭い薔薇だ。

 念のために手を伸ばしてみたが掴めなかった。

 つまり、あれは僕にしか見えない呪いの薔薇だ。

 呪いの薔薇は市長の身体を球根に見立てて空間に根を張り、護衛隊員たちを養分にして咲き誇っている。

 あの薔薇は、人類の敵だ。

 必ず打倒する、そう決めた。

 横目にスカリーシェリを眺め、右手を差し出した。

「ここから先は諦めが死に直結するレギオンの世界だ。誰に感謝されることもなく、誰かに看取られることもない修羅の世界だ。それでも君は見知らぬ誰かを助けるために、血塗られた汚泥の道を歩けるのか」

 スカリーシェリは僕の手を取らなかった。

「馬鹿にしないで。そんな覚悟、エクソシストになるって決めた時にとっくに終えてる」

 今度はスカリーシェリの手が僕の前に差し出されていた。

「ボクの手を取れる、バディ?もし手を取れば狂気と不信の暗闇がキミを待っているーーって、ふぇぇぇぇぇぇぇ!!」

(バディか、そうだったな)

 躊躇わずに華奢な手を取った。

 バディとは死地を共に歩むモノ、一度でも死線を共にしたバディを試す必要なんてありはしない。

「ユ、ユーリ!?」

「どうしてそんなの驚くのさ」

「え、ぁ、だって。・・・・・・ほんとにいいの?」

 急にあたふたし始めたスカリーシェリに笑い掛けた。

「当然。さ、とっとと解決しちまおうぜ。君と僕なら、こんな程度障害にもなりはしないさ」

「ぁ・・・・・・、うん!」

 眩しい笑みを浮かべてスカリーシェリが力強く頷いた。


 呪いの薔薇を透過して今川市長の胸の上に左手を置いた。

 右手は痛いくらいに握るスカリーシェリの両手の中にある。

「ほんとに平気?」

「ああ、遠慮なくやってくれ」

 彼岸の薔薇は人類に仇なすモノ、あれは間違いなくLAWSだ。

 数日前は見抜けもしなかったのに、今なら自信をもって断言できる。ただし、断言は出来てもシュバリエの僕にあの薔薇を浄化する術はない。

 けれど、スカリーシェリは違う。

 エクソシストであるスカリーシェリがいれば破呪は叶うのだ。

 エクソシストが用いる『討滅の征光』のルールは知覚。

 厳密に定義するならば、浄化対象たる『魂核』の外殻を認知すること。

 エクソシストであるスカリーシェリに、今回のように隠蔽された外殻は見えない。ならば『討滅の征光』は届かない。それがルールである以上、市長も六人の護衛も助ける方法はない。

 そう、いままでは。

 今は、僕がいる。

 体内に異世界の細胞を取り込んだ、ハイブリット種たる鞍馬幽理がいる。

 今の鞍馬幽理はスカリーシェリの目であり、腕であり、同時に薔薇の呪物の枝葉でもあるのだ。

 僕がいれば、僕を通じればこの目が捉えた、隠蔽された外殻に『討滅の征光』を届けることなど容易い。

「本当にいいのかなって思うんだけど。あのね、本当に危険はないの?」

 血の気が引いて真っ青な顔をしている僕を気遣って、スカリーシェリが躊躇いがちに尋ねてきた。

 やってみないと分からない、なんて答える訳にもいかないから、僕はきっと不器用に笑った。

「やってくれ、みんなを助けるんだろ」

「でも!」

 声を強めたスカリーシェリの躊躇いが嬉しかった。

 でも、それに溺れるのは違うと思った。

 だから、スカリーシェリの瞳を見詰めて伝えた。

「やろう、大丈夫だ。みんなを助けること、そしてあのシュバリエを助けることは、もう君だけの願いじゃない。僕の誓いでもあるんだ」

「ボクの願いとユーリの誓い・・・・・・、うん。分かった」

 迷いが除かれ澄み渡った淡藤色の瞳に炎が宿って見えたのは、きっと錯覚なんかじゃない。

 スカリーシェリの両手が黄金色に輝き、即座にバチィ、バチィと稲妻を帯び始めた。

 あれを食らったら命に関わる、頭の中で警報が鳴り響いたが、僕はそれを無視した。

「いくよ、ユーリ」

「ああ、ぶちかませ!」

 すぅーっと息を吸ったスカリーシェリが短く叫んだ。


「奔れ、討滅の征光!!」


 黄金の奔流が右腕を伝い、肩を抜き、心の臓を穿って左腕へ伝う。

 七階建てのビルから蹴り落とされた痛み、それに匹敵する衝撃に耐えながら、僕は、そしてスカリーシェリも吼えた。


「「滅びろ!!」」


 この亜空間に閉じ込められた全ての人々を助けるんだって、願いの限りに吼えた。

 黄金の光波は左手を伝い流れ、市長の身体を貫いて赤紫の茎を昇った。それも一瞬のこと、瞬く間に赤黒い花弁にひび割れが生じてーー

 パキーン!

 澄んだ破裂音が病室に響いた。

 黄金に輝く薔薇の花弁が病室に舞い躍り、ぼぅ、ぼぅと光を発して消え去っていく光景は、ちょっとした奇跡の名残火に思えた。


「ふぅ〜」

 奇跡の足元は間一髪の綱渡り、薄氷の勝利というやつだ。

 どうにかやりとげられたという安堵感が大きくて、それが不意の吐息に化けるも、実際は疲労困憊で今すぐにも眠ってしまいたい気分だった。

 だというのに、隣から感じたのは拗ねた感満載の視線である。

「むぅぅ、もっと喜ぶとか、ううん、それよりボクを褒めてくれるとかないんだ・・・・・・」

「褒める?」

「うん、すっごく褒めて。とっても褒めて、う〜〜〜と褒めてよ」

 尻尾があれば振っている、そんな勢いの注文である。

 言うもでもなく、スカリーシェリは功労者だ。褒めること自体に異存はない。ないのだけれど・・・・・・

(どうやってさ?)

 褒め方なんて知らない、そう怖じ気づいていると、細くキラキラする銀色の頭髪が何かを期待するかのように、僕の目の前で左右に揺れていた。

(ま、まさか)

 大昔に製作され、著作権フリーでウェブ配信中のドラマみたいに、女子の頭を撫でろとでも言うつもりなのだろうか。

 僕はたじろいだ。

 僕はアレが苦手だ。

 あんふうに女の子に触れて嫌われたりしないのか、とか、もっと純粋に。

(恥ずかしすぎるわ!)

 チキンハートここに爆誕。

「えへへへ〜、わくわく」

 こちらの葛藤などいざ知らず、スカリーシェリの笑顔は確実に頭ぽんぽんを期待している。

(ぬ、ぐぅ、くぉかぁっ、仕方ない!!)

 鞍馬幽理も男である。

 いざ、覚悟を決めてーーぽんぽん。

「すごい、あーすごいなー、さすがはすかりーしぇりだ!」

 棒読みで真っ赤になりながら、スカリーシェリの肩をぽんぽん。

 僕には、これが限界でした。

「ええ〜、なんだよ、それ。ぶぅ〜〜、ユーリのケチ〜〜〜〜〜!」

「勘弁してくれよ」

「けち〜〜〜〜っ!」

「ほう、わしの枕元で騒ぐ命知らずがおるとはな。だが、ふふっ、これも悪くはない目覚めだ」

 賑やかに騒ぐ僕とスカリーシェリに、薄目を開けた老人が薄く笑った。

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