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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
シュバリエ
12/42

カワリモノ2

「知術の士、必ず遠くを見て明察す。明察せずんば闇照らすを能わず」

 バトルドレス『夕立』を起動する際の誓いの言葉である起動誓語を唱え、エレベーターの外に伸びた生け贄の祭壇の中へと足を踏み入れた。

 貪欲な吸収の呪いで産毛がちりちりと焦げていく。

 このまま二十分も歩けば皮膚が溶けるだろう。

 その痛みを黙殺した。

 冥呪核との接続が途切れてしまった今、シールドを展開するエネルギーは貴重品だ。

 貴重品だから使い所を間違えてはいけない。

 自分を包むエア・シールドを極小に絞り、僕の背中を掴むスカリーシェリの周囲に分厚く展開すると、常夜灯が仄かに照らす廊下を歩いた。

 窓の外は墨で塗り潰されたみたいに真っ暗で何も見えない。

 内側といえば、薄暗い白と赤紫が明滅を繰り返しているから、雰囲気とすればちょっとしたB級ホラー映画だ。

「ボクはさ」

 スカリーシェリがポツンと言った。

「本物の聖女様じゃないから、世界中の全てのヒトを救いたいなんて思えないんだ。ボクを嫌いで、ボクが嫌いなヒトは別にどうなったっていいって思ってる」

 はたして本当かな、とも思ったけど、僕はただ「そっか」と頷いた。

「うん、でもね」

 スカリーシェリが僕の好きな声音で言った。

「理不尽はもっと嫌いだ。訳の分からない呪いの贄にされて苦しまなきゃいけないなんて認められない」

 きっとこの心根が、スカリーシェリをエクソシストたらしめているのだろう。

「だから、戦う?」

 尋ねると、うん、と寂しそうな返事が帰ってきた。

「上から目線だってよく言われるけどね」

 気持ちは分かった。

 一生懸命頑張ってその結果、偉そうだと言われてしまうと立つ瀬がないし、少し切ない。

 そんなことはないよ、と言ってしまうのは簡単だけど、自らの意思で戦いに赴く人物と、特に考えもなく命令を遂行するだけの自分とでは立場が違いすぎて、あれこれ論じるのは失礼だろう。

「なぁ、スカリーシェリ」

「ん?」

「ホラー映画って実はモノトーンの方が怖いと思わないか?」

 軽い調子で尋ねた。

 急な問いに、スカリーシェリは困惑した様子で僕を見つめた。

「えっと、今のってどういう意味?」

「赤紫はいらなくない?って話し。さっきからエグく点滅しているだろ?」

「してない!・・・・・・っていうか、やめてよ。流石に不謹慎だよ」

 取り繕った返答に酷い違和感を覚えて眉をしかめる。

「な、なにさ。別にボクは恐くなんてないんだから・・・・・・」

 不死身の魔物をを討伐するエクソシストが何故かそんなふうに口篭り、ハッとした僕は一つの答えに辿り着いた。

「教えてくれ、本当にみえていないんだよな」

 確認のために尋ねる。

「む?」

「壁や床に蔓延る根っ子とかも見えていないよな」

「根っ子?」

 鸚鵡返しのスカリーシェリに確信し、「そういうことか」と完全に理解した。

 鞍馬幽理は斥候である。

 部隊に先立って強硬偵察を行うのが主な役割で、目が特殊じゃなければ早死にするポジションだ。

 何を言いたいのかと言うとーー


「他人に見えないモノを視ろ、それが出来なきゃ話しにならん」


 これが師匠の口癖だ。

 つまり、僕は今、他人に見えないモノを視ている。

 廊下に面したカーテンを開け、大部屋の中を覗いた。

 五つ並んだベッドの上に、腹、腕、下腹部、右胸、足、それぞれの部位から脈動する植物の根を生やした制服姿の護衛官たちが横たわっている。

 植物の根は壁を伝い、天井や床を抜けて、部屋の外へと飛び出していた。

 根の行方を追うと、そこは廊下の突き当たりで一番大きな個室が待ち受けている。

 けれど、僕の注意はそこにはなかった。

「ねえ、ユーリ、急にどうしたの?」

「ごめん、うまく説明ができないんだ」

 ただ導かれるように廊下を進み、そして、妙な気配を漂わせている突き当たりの一つ前の扉を開けた。


 つん、と鼻を突く異臭がした。

「!?」

 スカリーシェリが口許を押さえて悲鳴を押し殺した。

 銀色の騎士鎧を身に着けた一人のシュバリエが、清潔なベッドの上に横たわっていた。

 けれど、汚れ一つないバトルドレスとは対照的に、部屋の中は垢と汗の臭気で満ちている。

 ここに運ばれてから、一度たりともバトルドレスを脱がせていない、それが分かる強い臭気だった。

 浅く早い呼吸以外動きの見えないシュバリエを視た。

 原因不明の昏睡に対し、バトルドレスの生命維持機構を機能させ延命に努めている、これも間違いではないだろう。

 だが、事実はきっと違う。

 シュバリエの腹に映える成人男性の腕くらいの根を見据えた。

 このシュバリエは、いいや、このフロアにいる全ての生存者は全て、奥に眠る誰かのエサだ。

 作ったのが誰かは不明だけど、人為的に作られた『時の流れが緩やかに進む亜空間』で、ゆっくりと朽ちてくれた方が都合がいいから放置した。

 エサにされた側は肉体が溶けていく地獄の苦しみに、緩慢に、そして永遠と蝕まれる。

 それを承知で、病院はこのエリアを隔離し、そして保存した。

 奥に眠るのは、今川市長だ。

 市長に死なれては困る、それは街の危機だ。

「ふざけやがって」

 現状を正確に理解した上で、どうしようもなく腹が立った。

 誰かの犠牲を当然と見過ごしたくない。

 誰かの目的のために、無関係な他人の命を踏みにじってほしくない。

 それは許せない。

 違うだろって、他にも方法はあるよなって、考えるのを放棄してはいけないって思うのだ。

 脈動する根に手を伸ばし、空を切った手に理解が深まる。

 これは見えているだけだ。

 あれは、僕には触れる術のない彼岸の存在だ。

 触れる術がないから破壊は出来ない。でも、アレを取り除かないとシュバリエはやがて死ぬ。

 使いすぎて痛みを訴えはじめた右の目で、赤紫の根を追った。

 床を這い、壁を抜いた根は、やはり奥の病室から生え出している。

 全ての原因は突き当たりの部屋、今川市長の病室にある。

(頑張れ、貴方を必ずこの牢獄から解き放ってみせる。もう少しだけ待っていてくれ)

 誓いを込めてシュバリエの手甲に手を置くと、こちらを気遣わしげに見るスカリーシェリと病室を後にした。

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