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カワリモノ  作者: 老木 勝秋
シュバリエ
11/42

カワリモノ1

 スカリーシェリの言った『高天ヶ原』とは衛星軌道上を周回する人工衛星で、オーパーツとも言える前世界の量子コンピューターを搭載している。

 気象予測はもちろん、位置情報管理システムを統括する街の目の役目を果たし、必要があれば未来予測を行い、神住まう高天ヶ原の名において託宣を下す。

『パンドラの涙』を予測できなかった以外、『高天ヶ原』の予測演算は正確だ。

 旧日本国から起こった都市国家連合が、世界に先駆けていち早く復興を歩めたのは件のオーパーツのご利益が大きく、こうした実体験に基づいて、『高天ヶ原』の予測演算を疑うものはトウキョウ市にはほぼいない。

「結城は広いからね。市上層部はボクの他にも三人のエクソシストと複数のレギオンを投入し、文字通り血眼になってアンドロマリウスを探し求めた」

(そうか。だからあの時、真尋さんはあんなに怒ったんだ)

 数打てば当たる方式の神経衰弱に、自分が預かる団員の命をカードゲームのチップよろしくレイズされれば腹を立てても仕方がない、人情としては分かる話だ。

 スカリーシェリがフードの下から僕を見上げた。

「そして、ボクとユーリはアンドロマリウスを討伐した」

 フードに隠れて淡藤の瞳は見えないけれど、どこか試すような視線だ。

 視線を合わせ、一瞬だけ思考して答えた。

「でも、市長は目覚めなかった」

 こう考えないとスカリーシェリが病院で解決する事件はない。

「うん。ミュスカが言っていたよ。市長よりも護衛の人たちの衰弱が激しいって。ボクは彼らを助けたい」

 あの日と同じ、覚悟を秘めた声音だった。

 僕はどうにもこの声に弱い。

 どうやって、そんな無駄な問いは不要だ。

 僕が成すべきは、三日前と同じく彼女の前を突き進み、道を切り開くことだから。

「力になろう」

「ーーぁ」

 試すような視線が途切れて、スカリーシェリが俯いた。

「・・・・・・・・・・・・嬉しいよ。あ、どうしよう。ぅぅう〜すごく、本当に嬉しい!」

 深く感動されて、かえって照れ臭さを覚えた僕が、さてなんと答えようか迷ったその瞬間、

(く、しもうた。この魔術波動は、来るぞ、強制転移じゃ!)

「え、なにこれ、ぅぅ・・・・・・ぁ!」

 ほんの一瞬身体が浮遊する感覚に囚われ、半瞬後に酷い耳鳴りが僕らを襲う。

 目眩を伴った吐き気を奥歯で噛み潰し、ぐらついたスカリーシェリを抱き止めた。

(ユウダチ、状況を教えろ。・・・・・・ユウダチ?)

 ユウダチの定位置と化している左肩を探るも、返事はおろかユウダチの感触がない。

(実体化が阻害されたのか?)

 とすれば、何らかの要因でバトルドレスの動力源である冥呪核との接続が途切れたと見るのが自然だ。

 そして、ユウダチのラストボイスは強制転移。

(なるほど、異世界に飛ばされたな)

 エレベーターに張られていた結界は強制転移の衝撃を和らげる緩和対策、その説明で納得がゆくのだが、そうなるとこの強制転移を仕掛けたのは病院ということになってしまう。

 これが意味するところは何なのか。

(まだ分からない、情報が足りなすぎるんだ)

 思考の迷い路に嵌まりかけ、自分の愚かさに気付いた。

(優先順位を間違えるなよ、幽理)

 僕はスカリーシェリの護衛だ。護衛役に必要なのは探偵みたいに怪異の原因を解明して見せることじゃない。しゃがみこんでしまった彼女の安全を第一に考えて行動することだ。

 ベルトのメタルバックルを強く押した。

 軽い射出音と共にエア・シールドが展開され、二人を包み込んだ薄い空気の幕が急激な気圧変化を緩和し、徐々に耳鳴りが治まっていく。

 感覚を回復させている間にもエレベーターは上昇を続け、やがて停止した衝撃も軋みもなくエレベーターの扉が開いた。

「まだ外には出るな」

「うん、でもどうするの?」

「これから少し調べてみる、判断はそれからにしよう」

「そっか、分かった」

 スカリーシェリの返事を利きながら、左手の人差し指を飾る獅子が刻印された青銀の指輪(シュバリエ・リング)を扉の外へ放り投げ、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出してアプリを起こすと、画面を埋め尽くした武装ゴブリンの小隊が廊下を占拠していた、なんて事はなく、カメラは医師も看護士もいない無人の廊下と各種のパラメーターを映し出していた。

「酸素濃度や構成要素に問題はなし・・・・・・」

 しかし、異常はあった。

 まず、本来表示されるべき電波時計が機能せず無表記になっていた。

 次に、時折映像が乱れるのだ。通常の廊下と入れ替わり、天井や壁、床に至るまで目に映る全てが気味悪い赤紫で覆われ、壁をボコボコと押し上げて走る太い樹木の根を思わせる異物が脈動して見えている。

(異なる時間軸世界への強制転移か、或いは極小世界の創造か。どっちにしろ結構な魔術じゃないのか、これって)

 強制転移でも極小世界の創造でも構わないが、いずれもそのエリアを維持するためには膨大なエネルギーが必要となるのは明白だ。

 けれど、肝心のソレはどこから持ってくるのだろう?

(・・・・・・まさかな)

 咄嗟に覚えた嫌な閃きに導かれ、右腕に抱き止めたスカリーシェリを抱き寄せると、左腕をエレベーターの外に出した。

 ジュ、と左腕が煙を上げた。

「溶解と吸収。・・・・・・なるほど、胃袋の中に放り込まれたって訳か」

 大雑把に把握すると、僕らが世界を維持するためのエネルギー源なのだ。

「ユーリ!」

 スカリーシェリが腕から煙を上げる僕を咎めるように慌てた。

「大丈夫、エア・シールドが機能しているから。それよりどうする?」

「?」

「退くか?エレベーターは活きているから下に帰るだけなら問題ない・・・・・・って、睨むなよ」

 無駄を聞いたな、と後悔した。

 フードを深く下ろしたスカリーシェリは、すぐ近くで僕を睨むと短く聞いてきた。

「生きているヒトはいるの?」

 澄んだ声で発せられた、耳に心地よい迷いのない問いだ。

 頷いて、言葉にした。

「いる。探知できたのは全部で七人だ」

 六人は生きているだけ、そういう状態だが、そんな説明こそ不要だろう。

 何故って、足をふらつかせながら立ち上がったスカリーシェリは、誰が何と止めようとも、彼らを助けに向かうと悟ってしまったから。

 見も知らぬ誰かのために、感謝すらされぬのに、決死の戦いを選ぶ人がいる。

 自分は絶対にそう振る舞えないから、奇跡のような彼女の決断に共感を越えて尊敬を覚えてた。

 だから、言うべきは簡単だった。

「絶対に側を離れるな」

 必ず君を護る、照れ臭い残りの台詞は視線に込めた。

「うん!」

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