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悪郎の幸福論  作者: ま行
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転生

 誰に言われるまでもないが申し訳なさから正座をする天使長。自分が進の兄だったと聞かされた悪郎は、いまだに事実を上手く呑み込めていなかった。


「詳しい説明をしてください。最初から」

「勿論です。事の始まりは―」


 それから天使長は悪郎の始まりについて話始めた。




 悪郎と進は双子の兄弟として生まれるはずの命であった。しかしその成長過程において健やかであった兄の悪郎と違い、弟の進の方は貧弱であった。このままでは大きくなれない、お腹の中で死んでしまうかもしれない、そんな儚い命であった。


 弱り続ける進に悪郎は自分の命を与えることで命を繋いだ。力を与えたことで自分が死んでしまうことを受け入れて、弟を外の世界へと送り出したのだ。


 それは奇跡か本能か、どちらにせよ悪郎は命をとして進のことを守った。それはまだお腹の中にいる小さな魂が成し遂げた偉業であった。


 自分の体と力を進に与えた悪郎の魂は、居場所を失いはじき出されふらふらとさまよう。未成熟どころかまだまだ無に近しい悪郎の魂は、そのままでは消滅してしまう定めであった。しかし悪郎の気高い魂に目をつけた天使長は、それを回収し天使にすることを決めた。


 だがここで予想外の出来事が起こった。偶然にも悪郎の魂の近くにいた悪魔が先に魂を保護していた。弱り切った魂に魔法をかけて力を与えて癒し延命させた。何にも染まらぬ無垢な魂は悪魔化させるのにちょうどいいものであり、悪魔は魔界に戻って魂を悪魔に変え、自分の手駒として使おうとした。


 そこでちょうど悪郎の魂を回収するように差し向けられた天使と、先に魂を保護した悪魔が鉢合わせる事態が引き起った。壮絶な奪い合いのすえ、悪郎の魂を手に入れたのは天使の方だった。他の悪魔に見つかる前にと天使は急いで天界へ引き返した。


 こうして無事回収された悪郎の魂は、天界にて天使に変えられて天使としての生を受けた。順調に成長を遂げ天使の加護を授かった悪郎であったが、またしても予想外のことが起きる。


 一度悪魔から魔法をかけられていた悪郎の魂は、少ないながらも悪魔の力が混ざり合っていた。その証拠に悪郎の白い翼には黒い羽根が混ざっていた。


 実は悪魔に保護された時点で悪郎の魂は消えかかっており、魔法で延命されていなければ天使が回収する前に消滅してしまう運命だった。偶然ではあるが、悪郎と天使は悪魔に助けられていたことになる。


 だが折角救われた命であるというのに、悪魔の施しを穢れと嫌う天使たちは悪郎の処遇について紛糾した。穢れを極端に嫌う天使は即座に天界から追放するようにと主張し、例え穢れていても立派な行いをした優秀な悪郎を、このまま天使として育成し導くべきだと主張する天使で意見が二分した。


 天使長は悪郎を一度自分の手元に置くことで保護しようと試みたが、過激化した追放派が悪郎を奪取し、そのまま魔界へと突き落してしまった。天使長は何としてでも悪郎を救いたかったが、魔界へ堕とされてしまった以上、取り返すには直接乗り込む以外に方法はなかった。


 悪郎一人の命と大勢の天使たちの命を天秤にかけた時、天使長は悪魔との戦争で巻き起こる影響も鑑みて悪郎を諦めることを選んだ。罪深いことをしたと大いに悔いた天使長であったが、追放派の行動でさらに激化した天使たちを治めることに手一杯になってしまった。


 魔界へ堕とされた後の悪郎は、魔界の瘴気に晒されることで悪魔の影響が顕在化し悪魔化して、翼は黒混じりの白から完全に漆黒に染まった。


 天使の加護を受けている悪魔というイレギュラーな存在は魔界に悪影響を与えるため、本来すぐさま殺処分される対象であった。しかしそのころ魔界では、ひたすらに成果を求めるという魔王の方針が徹底され始めたため、それらのチェックを行う部門が人員も予算も減らされ半ば形骸化してしまっていた。


 こうして天使とも悪魔ともいえる中途半端な存在になった悪郎は、割とすんなり悪魔として魔界で受け入れられることになった。天使から悪魔に生が変わった悪郎は、持ち前の優秀性と天使の加護、そして悪魔の力と魔法がすべて混ざり合いとてつもない力を持つことになった。


 しかしあちらこちらへとたらい回しされ、魂の在り様としては何もかも中途半端になってしまった悪郎には、天使としての目的も悪魔としての目的も持ち合わせてしまう。何をやってもしっくりくることがないので何にも本気になれず、やる気もない目標もない落ちこぼれ悪魔になってしまった。




「あなたはこうして人間、天使、悪魔、それぞれの素養を持つことになった。そしてその性質のせいであなたを苦しめることになってしまった。私たちの勝手な事情に巻き込んでしまい本当に申し訳ありません」


 天使長はそう言うとまた額を地につけた。


「あなたの魂が人間との交流、とりわけ魂の兄弟である佐久間進との関わり合いで磨かれていった理由は、あなたの持つ人間としての素養の影響です。悪魔の力の源は人の感情に依るものですから影響力は抜群にあります。ですが魔王にはあなたの魂を取り込むことも業火にくべることもできません、あなたには天使の素養も含まれていますから」


 魔王が天使長に言われて確認したのは悪郎の魂に混ざっていた天使の力であった。折角手に入れたというのに天使の力が混ざっていては何の意味もない、魔王のやる気が一気に削がれて興味を失った理由はこのためであった。


「ええと、その。正直どう言ったらいいのか分かりませんが、とにかく俺は魔界と天界の、あなたたちの諍いに巻き込まれたってことですよね?」

「はい。その認識で正しいです」

「…文句の言葉はたくさんあるけれど、すべて言い切る気力はありません。ぶっちゃけ呆れてものが言えません」

「まったくもってその通りでございます」


 綺麗な土下座を決める天使長を前にして悪郎は言った。


「まあもういいですよ、しょせん終わったことですから。そう何度も頭を下げられても困ります。それよりそろそろ解放してくれませんか?いい加減すっきりと逝きたいのですが」

「それがですね…、実はそうもいかない事情がありまして…」

「まだ何かあるんですか!?」


 叫ぶ悪郎に天使長は体をびくっと震わせた。いい加減かわいそうに思えてきた悪郎は、手短にお願いしますと言って話を促した。


「あなたの存在は何もかもが中途半端なもので終わってしまいました。それぞれの思惑を実行し歪めてしまったのが私と魔王です。私たち二人の干渉を強く受けているあなたは、ただ死ぬこともできないのです」

「え!?ちょっ、さ、流石にそれは酷いですよ!!俺ものすごく満足して逝こうと思ってたのに!進と別れる時ものすっごく葛藤したんですよ!?」

「確かに私たちは酷いし最低です。はい!認めますよそりゃ!やってること全然天使じゃないもん!認めるけど、もう方法はもう一つしかないんだってば!」


 逆切れする天使長に呆れた悪郎は少々間を置いてから聞いた。


「で、その方法って?」

「あなたには人間に転生してもらいます」

「転生?」

「赤ちゃんからやり直せって言ってるわけじゃないですよ?年齢は現在の佐久間進と同じに、容姿はまあ今とそれほど変わりません、年相応に幼くはなりますが」

「人間に…、俺が人間になれるんですか?」

「むしろなってもらわないと困ります。人間として生き、天寿を全うしてください。ただ…」

「何ですか?」

「あなたの持つ記憶は残念ながら消さなければなりません。佐久間進の兄は死産だった。その事実は変えることができませんので、繋がりを持ったままだと色々と不都合なのです」


 天使長はその事実を非常に申し訳なく思い悪郎に伝えた。しかし悪郎の方は、そんなことなど気にしないと言った。


「記憶なんて必要ありませんよ。進とは悪郎としてちゃんと別れを告げてきた。もうかける言葉も何もない。俺は、いや悪郎は最後に幸福に生きて幸福に死んだ。その事実があれば十分です」

「…そうですか。分かりましたでは色々と調整を進めます。強引な手段で様々なことをねじ込まなければならないのでちょっと時間はかかりますがお待ちください」

「ええお願いします。ああでも、一ついいですか?」

「はい。一つと言わずいくつでも」

「別に要望ではありませんよ、ただの宣言です。俺はたとえ記憶を消されようとも、必ずまた進たちと繋がりを持ちますよ。そっちの不都合なんて知ったことじゃない、俺は俺の大切な人たちに必ず会いに行きます」


 天使長は一瞬だけ目を見開いて驚いたが、すぐに柔和な笑顔を浮かべて言った。


「勿論好きにしてください。そのために人へ転生するのですから」

「今度はしくじらないでくださいよ?」

「失敬な!ちゃんとやりますよ!」


 悪郎は天使長のことをからかうと笑い声をあげた。様々な事情に巻き込まれたことはそれですべて許した。そんなことよりも、今はまた進たちに会えることが嬉しくて仕方がなかった。


「では悪郎さん。今からあなたのことを完全に消去します。一度空っぽにしておかないと転生はできませんので」

「お願いします」


 天使長が悪郎の魂をきゅっと優しく手で包み込む、そうしてからふっと息を吹きかけると、ろうそくの火が消えるように悪郎の命もパッと消えたのだった。

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