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悪郎の幸福論  作者: ま行
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とある事実

「ハハハハハッ!!ああいいぞ!!これはすごくいい!!アハハハハッ!!」


 血の雨に打たれながら魔王は絶叫していた。魔王はただ無意味に悪郎を殺したわけではなく、その手には光り輝くものが握られていた。


「手にしただけで力みなぎるこの魂!これを燃やせば、どれだけの力が手に入るだろうか!よくぞやってくれた佐久間進よ!まさか悪魔の魂を磨き上げる方法があったとは!この事実は我でさえ知らなかったことだっ!!」


 魔王の目的は悪郎が進の魂を育むことではなく、進を育むことによって悪郎の魂が洗練され、より純度の高いものになるのを待ち手に入れることだった。


 魔界の業火にとって悪魔の魂も燃料になる。本来悪魔を燃やしたところでは何の力にも変わることはないのだが、魔王はあることに目をつけていた。


 最初は戯れに進と悪郎の様子を眺めていただけであった。変わったことをする悪魔だと、それ以上も以下もない感想を抱くにとどまっていた。面白い見世物ではあったが価値はなかった。


 しかしある時妙なことに気が付いた。進の魂の変化は緩やかなものであったのに対し、悪郎の魂はめきめきと成長を遂げ純度が高まっていった。悪魔の魂の変容などこれまで一度も確認されておらず、悪郎が初の事例であった。


 進や周りの人間たちと交流を重ねるほどに悪郎の魂は磨き上げられその力は強さを増していった。その現象は悪郎が達成感や充足感を感じることで起こる。魔王はそのことを突き止めた。


 悪郎の勝手な行動に異を唱えるものは、邪魔をさせないよう魔王が文字通り握りつぶした。それを見て床のシミに変わりたくなりたくないと、異を唱えるものはいなくなった。


「もっと、もっともっと、もっと見せろ!悪魔の魂の変容を!その質の高まりを!」


 魔王は初めて見る現象に興奮を覚え、悪郎の行動に目を見張った。何が悪魔の魂を変えさせるのか、磨かれた魂の先はどうなるのか、悪郎の行動は一気に魔王にとって重要なものへと変わった。


 そして魔王は悪郎を見続けている内にあることに気が付く、それは悪郎が葛藤を抱えた時や感情が大きく揺らぐ時ほど、魂が大きく変容することであった。特に進に対して抱くものが大きければ大きいほど、魂は磨かれてより純度が増した。


 魔王はそこで一計を案じた。悪郎が抱える一番重要な葛藤は、交わした契約によって進が死亡することであった。そのことを進が受け入れていることも悪郎にとっては辛く苦しいもので、悩めば悩むほど感情が揺らいでいた。


 悪郎が契約を破棄したいと思っていることは明らかであり、それを思いとどまらせているのは悪魔としての本能であった。魔王は自ら悪郎に近づき、直々に悪郎の行動をすべて是とすると伝えた。


 これは悪郎の決意をより強固なものとした。何せ魔王が許可しているのだから、悪魔として踏みとどまる理由はなくなった。後は悪郎の自由にさせているだけで、どんどんと魂の純度が上がっていく。


 ついに手にした悪郎の魂は、今まで触れてきたものの中で何よりも輝いていて力を放っていた。自分の考えが正しかったことを確信し、これをわがものにせんと動いてきた魔王にとって、悲願が達成された瞬間であった。魔王は早速悪郎の魂を業火にくべるため魔界に持って帰ろうとした。


「お待ちなさい」


 しかしその時、魔王の頭上から燦然と輝きを放つ純白の羽を持ったものが降臨してきた。それを見て不快感をあらわにした魔王が苦々しい表情で口を開く。


「何の用だ天使」

「その魂について話があります」

「我にはない」

「いいえあります。聞かなければあなたは後悔することになりますよ」


 現れたのは天界の長、天使長だった。魔界と対をなす存在である天界、そこに住まう天使たちの代表である。


「後悔?それは今ここでのこのこと現れた貴様を排除すれば、そんなものを感じる余裕もないだろう。むしろ今の我にとってはチャンスでしかない」

「はあ…、本当に短絡的ですね。私はあなたと喧嘩しにきたわけではありません、むしろその逆です。そもそもこんなところでおっぱじめるわけないでしょう。そのためにわざわざ近衛兵たちは説得して置いてきたんですから」

「…チッ、興が削がれた。聞いてやるからさっさと話せ」


 どこまでも上から目線である魔王にピキピキと青筋を立てる天使長だったが、この場を平穏に収めるために何とか怒りを鎮めた。魔王も天使長も、自分たちが本気で戦った場合の損害を考えられないほど愚かではなかった。


 魔王も天使長が誰も伴わず現れた時点で何か別の目的があることは察していた。ただ黙って話を聞くことが気に食わなかったので噛みついていただけであった。それに今は目的のものを手に入れて上機嫌であり、提案を受け入れてもいいと思えた。


「じゃあ言いますが、その魂はあなたにはどうやっても使えませんよ。彼は私たち天界と魔界、お互いにとっての大失態です。いいですか彼は―」


 最初は怪訝な表情で聞いていた魔王も、話を聞いていくうちに顔色がみるみると変わった。聞かされたことが事実かどうかを自分でも確かめると、しなびた表情をして悪郎の魂を天使長に投げて渡した。


「はあ…馬鹿馬鹿しい、本当にお前の言う通りではないか。腹立たしいが確かに我にこの魂の使い道はない。後はお前がどうにかしろ」

「そうさせていただきます。ほら帰った帰った。しっしっ!」


 すっかりやる気を失った魔王は言い返す気力もなく去っていった。天使長はそれを見送った後、悪郎の魂を優しく手で包みこみ息を吹きかけた。




 悪郎が意識を取り戻すと、そこは自分の夢の中でも魔界でもない別のどこかであった。意識を取り戻したといっても実体はなく、ただ意識があると認識できるだけであった。


「目を覚ましましたか?」

「あなたは?」

「私は天界と天使たちの長、悪魔であったあなたにとっては敵と呼べる存在です」

「へえ…、あなたがそうなんですね。こうして姿を見るのは初めてです」

「おや、魔界では私のことは教わらないのですか?」

「教わりはしますが、もっとこう…」

「こう?」

「…ハッキリ言って化け物のように描かれていました。そんなわけないだろってくらい角が生えていて、数多の腕には生首が握られていて、口からは常に…」

「もう結構です!それ以上聞くと今すぐ魔界滅ぼしたくなってしまいそうなので!」


 天使長は悪郎から見ても分かるほど激怒していた。顔を真っ赤にして髪を逆立て、鼻息をを荒くして拳を強く握りしめている。気を落ち着かせるために何度か深呼吸をすると、にこやかな笑顔を取り戻して話始めた。


「さて、あなたは今自分が置かれている状況は理解できていますか?」

「ええと魔王様に殺された。ですよね?」

「あんな奴に様などつけなくて結構です!おっと、また熱くなりかけた。危ない危ない。こほん、確かにそうです。あなたはあれに殺されて悪魔としての生を終えました。あれが本気で魂を手に入れようとしたから当然と言えば当然ですが」


 殺されたことをもう一度確認しても悪郎は特に何も感じ入ることはなかった。そもそもすでに自分は受け入れた死を待つだけであった。そこに魔王が余計なことをしてきただけという印象しかなかった。


「しかしなぜまだ意識があるのですか?俺は死んだんですよね?」

「それは死して魂だけの存在となったあなたを、私の力で一時的に呼び戻しているからです」

「はあ、悪魔の俺をわざわざ。そりゃまたどうしてですか?」


 悪郎がそう聞くと、天使長の体にぐっと力が入って固まった。天を仰ぎ見てふるふると体を震わせると、唐突に土下座をして声を上げた。


「申し訳ありません!実はあなたの魂は手違いで悪魔になってしまいました!本当はもっと別の道があったのに、これは天界と魔界、どちらの担当者も見落としていたのです!」

「み、見落とし!?」

「…あなたには真実をお伝えしなければなりません。実はあなたは生まれることのできなかった双子の兄、佐久間進の兄の魂なのです」


 とんでもない真実を聞かされた悪郎はただただ言葉もなく呆然としていた。自分が何を聞かされているのか理解できず、気まずそうに顔を上げる天使長の次の言葉を待つほかなかった。

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