鬼退治の鬼ってだれのこと?
むかしむかしのあるところの、おじいさんは洗濯におばあさんは芝刈りに行く、変わったところのふしぎな不思議なお話。
ある日、川でおじいさんが洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと、それはそれはおおきな大きな桃が流れてきました。
おじいさんは一瞬あっけにとられましたが、はっと我にかえるや桃を川から引き上げ、急いで家に帰りました。
「ばあさんや、ばあさんや、これみてみい、すんげぇでけぇ桃じゃあ。」
「あんれま、こりゃすごい。こりゃあ食いでがあるなぁ。」
最近はあまりしっかりとした食事にありつけていなかったおじいさんとおばあさんでしたので、高級食材として知られる桃を、それも特大サイズのモノを目の前にして、
「んだなぁ、早速きってみるかな。んでも待てよ?」
しかし、おじいさんはあることに気づきました。
「なんだべじいさん。はようはよう。」
はやる気持ちを抑えきれないおばあさんを尻目になにやら考え込んだおじいさんでしたが、
「あのよう。この桃、もしかして領主様の畑のご禁制品なんじゃないかのぅ。じゃからこれ食ってまったら、わしら縛り首になるんじゃなかろうか?」
なんだかまずいことに気が付いたように、おずおずとおばあさんに食べるのはよそうと言いました。しかし、おばあさんは、
「そんなら、なおのこと食って無くしてしまわんと。わしらが食って誰にも話さなかったらばれんばれん。」
と、食べる気まんまん。むしろ食べることで証拠隠滅と共犯を誘いました。
「それもそうじゃ、食って誰にも言わんかったらそれでええ。そうしようそうしよう。」
そういうと、冷たい川を流れてキンキンによく冷えた、赤ん坊なら丸々入りそうな特大の高級食材のソレをもしゃもしゃと二人仲良くおいしく美味しく食べました。 え?中から赤ん坊が?何のことです?
久しぶりにおなか一杯食べた二人はそのままぐーぐー寝てしまいました。 するとその晩、二人は不思議な夢を見ました。
『これ、神聖な桃、神仙桃を食した二人よ。 その方らは神仙桃を食したことにより、知恵と勇気と強靭な肉体を手に入れたことであろう。 これよりその方らは都へと参りこの書状をこの国の殿様、この国の一番偉い人へ渡しなさい。 よいか、決して忘れるでないぞ。』
次の日、おじいさんは夜も明けきらぬ内に川へと向かいました。昨日の洗濯が途中だったことに気づいたのです。
「いやいや、洗濯物もそのままじゃったし、ばあさんに叱られる前に済ませとかんと。 …しかし昨日の桃は美味かったなぁ、ひょっとして今日も流れてこんかな。」
うまかったうまかったと、昨日の桃を思い出しながら川へと向かい、洗濯の続きをしようと川をのぞき込むと、自分ではない、しかしなにやら見覚えのある男がこちらをのぞき込んでおりました。
「ん? な、なんじゃ? わしか? こりゃあ若い頃のわしか? ん? どういうこった?」
驚いたおじいさんは自分の体をしげしげと見つめ、再び川に自分を映しましたが、やはり若い男が映っておりました。
おじいさんは慌てて取るものも取らず、一目散に家に帰りますと、ひえぇぇーっと驚く若い女の声が聞こえてきました。 急いで家に入ってみると、そこには美しくもよく見覚えのある若い娘が呆然と立ちすくんでおりました。
娘は突然家に人が入ってきてびっくりした様子でしたが、
「え? おまえさん? 田吾作さんかい? あれまなつかしいね、その顔。そうかい、あたしゃあ死んだんだね。 ま、最期にあんなうまいもん食えたし、あの世でもあんたと一緒ならいっか。」
なんだかとんでもない勘違いを始めました。
「何言ってるんじゃ、ばあさん。 いや、おトメちゃん、わしらちゃんと生きとるよ。それよりこりゃあどーいうこった?」
「わかんねー、どういうこったな、ひとまず水飲んで落ち着くべ。」
環境の変化に即時対応できるおばあさんとできないおじいさんは、水を飲んでようやく一息つけることができました。 ふと家の中を見回してみると、なにやら見慣れない封筒のようなものがありました。 封筒には『お殿様へ神様より』とありました。
「なぁ、おトメちゃん、実はワシ昨日の晩に変な夢を見たんじゃ。 神様が出てきての、ワシらで殿様に手紙を届けろってゆーてきての。ワシゃあ今の今まで忘れとったが、その手紙ってこれのことかの?」
「ああ、その夢ならあたしも見たねぇ、そうかいそうかい、それがアノ手紙だね。」
「しかし、お殿様にどうやってこれを届けりゃええんやろね。 神様もワシらじゃのうて、直接お殿様に渡しゃあえーのにのぅ。」
「ほんまそれよな。ほいじゃがしょうがない。こーなったらあたしらが届けるしかないのぅ。そーいや、こーいうのに詳しいのが隣村におったよな。」
「おー、おったおった。やたら人懐っこいやつで確か名前が…。」
「「犬太郎!」」
二人仲良くハモったところで、早速隣町の犬太郎のところへ行ってみることにしました、お殿様への手紙と、証拠の大きな桃の種と、道中で食べるお弁当のきびだんごを持って。
隣村に着いたので、早速犬太郎の家へ向かいましたが、残念ながら留守でした。 近所の人にどこへ行ったか知らないか聞いてみると、更に隣村の猿吉のところへ殴り込みへ行ったというので、穏やかではないなと二人は思いましたが、村人たちはいつものこといつものことと、なんだか慣れている様子でした。
更に細かく話を聞いてみると、どうやら二人は雉世という一人の女性を取り合っていつもケンカしているとのことですが、なぜか三人そろうとものすごく仲良くなるらしいのです。
(そりゃあさーくるくらっしゃーだべ)(くされげどうだべな)
二人はなんとなく三人の関係を理解し、更に隣村の犬太郎がカチコんでいるという、猿吉のところへと向かいました。
猿吉の村では既に犬太郎と猿吉が殴り合いのけんかをしており、その脇には一人の女性が泣きながら、
「二人ともケンカをやめて。うちのせいで争わないで。」
と、訴えかけていましたが、口元はなんだかにやにやしているのが分かりました。
(こりゃほんまもんのさーくるくらっしゃーだべ)(ほんまもんのくされげどうだべな)
二人は犬太郎と猿吉のケンカをやめさせると、横からチッっという舌打ちが聞こえましたが聞こえないふりをして、二人に分かり切っているケンカの理由を聞きました。
やはり予想通り、二人ともそれぞれ雉世と付き合っていると思っていたらしく、ふとしたきっかけで雉世はオレのいやオレのと取り合いになり、ついには殴り合いにまで発展したそうな。もう少し遅かったら刃傷沙汰になっていたことでしょう。
二人をなだめましたが、それでも納得いかない様子でしたので、
「では、お殿様に裁いていただきましょう。それなら双方問題ないでしょう。」
おじいさん、田吾作が提案しました。
「「なるほど、そうだ、そうしよう。 やい!お殿様に裁かれて泣くんじゃねーぞ!」」
やっぱり息がぴったりな二人をよそに、雉世は上目遣いで田吾作に、
「こちらのカレ、とてもすてきね。頭も良さそうだし、体も締まっててすてき。」
と、迫ろうとしておりましたが、背後のおトメの殺気を感じ、
「うふふ、いやーね、冗談よ、じょーだん。」
はぐらかして、慌てて犬太郎と猿吉のもとへとかけていきました。
「しかし、あんた誰だ? なんでオレの事知ってるんだ?」
おじいさんとは面識がありましたが、若い頃の姿、ましてや若返ったことなど知る由もないので当然の質問でした。 桃を食べて若返ったなんて言っても信じてもらえるどころか変な疑いをかけられても面倒でしたので、おじいさんの遠い親戚で、自分たちもお殿様に手紙を届ける用事を言付かったと説明しました。 三人は、ふーん?とこれまた息ぴったりに納得しておりました。
「そんなら早速お殿様のところに行ってみるだ。 けんど、腹減ったな。」
「ここにワシらの弁当があるけぇ、それをみんなでつまもう。」
「「おー、こりゃあ、きびだんごやないか、オレこれ大好物なんよ。うまーっ。」」
「うちもうちも。うまーっ。」
三人はきびだんごでお腹をみたし、仲も満たしたようで、機嫌よくお殿様のもとへとついてきました。
五人がお殿様のお城についたのは出発して三日後のことでした。 その頃には、犬太郎、猿吉、雉世の三人はケンカのことなど忘れたかのように、息ぴったりの仲良し三人組になっておりましたので、もはやお殿様に裁いてもらう必要もありませんでした。
「田吾作さん、ここがお殿様のお城じゃ。 オレらはもうお殿様に用事がないけぇ、ここまでじゃ。」
「ああ、ありがとう。ほいじゃあみんな元気での。」
「「そっちもの、用事が終わったらまた遊びにきんさいの。待っとるけぇ。」」
三人と別れて、お城の門番にお殿様への目通りを申し込み、いよいよお目通りがかないます。
「その方らが神様から書状を預かった者たちか。かまわぬ、近う寄れ。書状をこれへ。」
「ははっ、ならば失礼して。こちらが書状です。」
「ふむ、なになに? なんと、桃を食して若返ったとな? して、その桃は?」
「お恥ずかしながら、ひもじさに負けてすべて二人で食べてしまいました。残ったのはこの種だけです。」
そういうと、おトメがずずずいっと種をお殿様へ差し出しました。
お殿様が種を手にした瞬間、カッと種が光り、お殿様を包み込む。すると、お殿様からどす黒い影のようなものが悲鳴を上げながら出てくると、そのまま霞のように消え、お殿様もその場に崩れるように倒れてしまいました。
これを見て驚いたのは田吾作達や周囲に控えていた側近たちです。
「と、殿っー。で、であえ出会えっ!殿のお命を狙わんとする賊である!捉えよーっ!」
「ひいいー、な、何でこんなことにっ。こんなことなら手紙なんかほっとけばよかったー。」
二人は抵抗するでもなく、目の前の光景に腰を抜かし、お互い抱き合って震えていると、
「いや、よい、よい。下がれ、皆、下がれ。」
気が付いたお殿様が今にも二人をしょっ引こうとする側近たちを止めました。 まだ頭がふらつくのかよろよろとした様子で、しかし、よく見ると先程とはなにやら雰囲気の明るい顔をしておりました。
「二人には感謝をせねばならぬ。どうやら余はここ何年か悪しきものに体を支配されていたようなのじゃ。 いつも頭と心がどす黒いものに覆われておったが、先程の桃の種に触れたところ、それらがすべて消え去るのを感じた。 なるほど、書状にあった通りその桃は神聖なものであったのであるな。 あれほどの悪しきものを一瞬にして消し去ってみせるとは。 いや、あっぱれ天晴れ。」
どうやら、これまでのお殿様はなにやら良からぬものに身も心も支配されて、悪政を強いていた様子でしたが、桃の種に触ることでそれらを退治してしまったようでした。
「ふむ、二人には追って褒美を取らす。これから忙しくなるでな。操られながらでも意識は多少あったでの。早速悪いモノが取り決めた悪法をことごとく撤廃し、元に、いや、それ以上にせねばならぬ。 二人とも、此度は大義であった、城下に留まり控えておれ。」
それからお城は大変な騒ぎとなりました。 正しい心を取り戻したお殿様によってどんどん改革が進んでいき、やがて、名君として後の世にその名を残すほどでした。
おじいさん、田吾作はというと、その後、褒美として家臣に加えてもらえました。そして、桃を食して得た、知恵と勇気と強靭な肉体を遺憾なく発揮し、とうとう一国一城の主、お殿様になり、おトメと末永く幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
「ちー、そろそろ、起きなさーい。幼稚園に遅れるわよー。」
ちーちゃんのいつもの朝がやってきました。しかし、今日はいつにもましておねむのよう。
「はーい。うーん、なんだかへんなゆめみちゃって、なんだかまだねむーい。」
可愛いおめめをこすりながら、ちーちゃんは起きてきました。
「あらあら。どんな夢だったの?」
お母さんは忙しそうに朝の準備をしながら、それでも娘がどんな夢を見たのか興味がある様子でした。
「うーんとね。ももたろうとおにがででこないももたろう。」
ちょっと何言ってるかよくわかんないって顔をお母さんは一瞬しましたが、ふと思い当たることがありました。
「あー、昨日の夜、お父さんに『ももたろう』を読んでもらったからかな?」
「えー?そうなの? きのうはごほんをよんでもらうまえに、ちーちゃんねちゃったよー?」
これにもお母さんは思い当たる節がありました。
お父さんは日頃からありきたりなお話を聴かせるだけじゃだめだ、もっと色んな話をしてやらないと、自由な発想の子にはならない、と息巻いており、昨晩も寝ているちーちゃんの枕元でなにやら聞いたこともないようなお話をしているのを見掛けていたからです。
そんなことは顔にも出さず、あらそうなのね、へんねー。とお母さんは返事をすると、
「ほらほら、それより早くご飯食べなさい。 幼稚園、遅れるわよ?」
「はっ、そーだった。たいへんたいへん。」
ちーちゃんとお母さんはバタバタと用意をして、
「いってきまーす。」
今日も元気に出かけていきましたとさ。
今度こそおしまい。