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ウォーク・オン・ザ・ワイルド・サイド



──この世から戦争が存在しなかった時代などないさ──

──平和な時代は、あくまでそいつが疫病(ペスト)によって中断されてるだけだ──

 

 ルイ=フェルディナン・セリーヌ



 冷徹な戦闘狂と化した藤田ユキは空を蹴り続け、猛スピードで前方の女陰型のゲートへと突進してゆく。ゲートからは次々と巨大な触手が飛び出し、下方の富士見町広域に向かって攻撃を仕掛けようとしている。

 藤田ユキはそれを両手で斬っていた。正しくは両手の手刀が巻き起こした風圧で。そんな事をすれば勿論、手どころか身体も一瞬で燃え尽きるはずだがそんなことはなかった。藤田ユキの身体は微かに光るオーラのようなものに覆われている。私はとある平行世界における彼女の戦闘技術に多大なる敬意(ナフ・リスペクト)を表したいと思った。破壊された屋上の瓦礫が崩れ落ちる音。ここから早く脱しなければならない。


「藤田さん!」


 ゲートからは次々と銀色の触手が飛び出してくる。ちょうど3丁目の大きな十字路が破壊されていた。人々は戸惑い、面喰らい、恐らく叫び声を上げて逃げ惑っている。阿鼻叫喚。雨あられの爆弾を落っことしたような轟音と、大袈裟な土煙と、散乱するガラスやコンクリート等の破片が遠くに視認出来る。

 勿論、詳しいことは分からない。しかしこの惨劇、やはり武井ルカの犯した禁忌によるものだとしたら……私はどうすればいいのだろう? 繰り返すが取り敢えずはここから逃げなければならない。辛うじて残存している屋上の階段を必死に降る。

 教室前、渡り廊下。

 喧々囂々、三年生たちが泣き叫びながら逃げ惑っている。

 幸い、触手が直撃したのはだだっ広い共同スペースで、授業中だったために被害は最小限に留まったのだと思われる。次にいつ、触手がこちら側へと伸びてくるかは分からない。私は軽症を負って倒れ込んでいる人を看病したり、中央階段へと案内したりした。窓際を除くと触手は更に町の中心部へと伸びているようだった。女陰型のゲートは空の遠方でじっと静止している。

 武井ルカ……許すまじ、あいつは悪魔だ。地上の安寧を乱す混沌の魔女。均衡(バランス)を乱す者……

 私は、たとえこの世界がろくでもない代物だったとしても、取り敢えずはその均衡(バランス)を保ちたい。それが傲慢だろうが関係ない。身の回りの人々を救いたいと思った。

 校庭へ避難すると、遠い空で更に触手の数が増えてきているのに気が付いた。富士見町駅北口の商店街を超えて、耳をつんざく程の地鳴りと共に大型ショッピングモールへと移動しつつあるその巨大な生き物は、徐々に女陰型のゲートからその全貌を表しつつあった。

 あまりに強大な地鳴りと共に、それは地上に姿を現した。


「タコだ……」


 生徒一同、周りは驚嘆の声を上げている。パム・グリア似の数字教師(この世界では数字教師だ)がまさに全身全霊で両腕を振りながら生徒たちを避難させているのを横目で見ながら、私は思わずその場に立ち尽くした。

 他の宇宙からやってきた巨大生物……ぎらついた銀色の表皮は妙にエロチックであり、一体どんな構成要素で成り立っているのか気になるところだ。いや、これはただの現実逃避でしかない。

 昨日から余りに色んなことが、色んな間違いが起こりすぎていた。

 私はただ、国内最高峰の頭脳が集まる高校で学問がしたかっただけなのに。混沌をもたらす魔女に見初められて、他の宇宙へと連れてこられてしまった。銀色の巨大怪獣が地上へと蹂躙するような世界へと……嗚呼神様、私が一体何をしたというのですか、どんな原罪を背負っているというのですか。そして贖罪は? それは一体、どのような方法で果たされるべきなのでしょうか……


「ごめんねー遅れたよ! 今から何とかすっから安心してね」


 振り返ると武井ルカがいた。

 私は思わず目を伏せた。何か熱いものが込み上げる。それ以外に選択肢がなかった。


「あれ? 何で泣いてるの? お腹痛いの? 君?」


 私は胸が張り裂けそうなほどの大声で叫んだ。


「あなたが! 全部悪いんだ! あなたが……昨日跳んでいった宇宙の化け物が! 『歪み』を通ってこっちの世界まで来たんだ!」


「……うーん、今回ばかりは反省してるよ。ごめん。あれが現れたのはあたしが他の宇宙(バース)を『半身で』旅して、干渉しすぎちゃったせいだと思うし」


 武井ルカはやや神妙そうな面持ちで返答した。そんな表情を見るのは意外だった。出会ってまだ2日しか経っていないというのに。


「……でも大丈夫! 後始末は全部自分で付ける! みんなを、この宇宙ごと蘇らして、何事もなかったところまで復元する! 約束するから!」


 武井ルカはそう言うと私の両肩に手を置いた。私を見上げる猫の目はまたしても以前の情熱に煌めいていた。


「……あなたは、こんなことをしでかして、自分自身が情なくなったりしないんですか? 同情しちゃったりとか」


 私が弱々しくそう呟いた。すると武井ルカは急に大声を張り上げた!


「君! 自分に同情してどうするんだよ? そうすることで、具体的に何か変わるの? 過ぎた行いを反省して次はこうしようって考えるのと、ただただ自分が情けなくて、同情しちゃうってのは全然別だよ? 後者は何も変わらない」


「じゃあ、あなたは『次』からどうするんですか? きっと死人もいっぱい出ちゃいますよ。てかもう、出てます。『次』からどう責任を取るんですか? そもそも、『次』なんてあるんですか?」


「ふふん、それはもう考えてある! いいから任せといて!」


 そして「倫理観が終わり切っている」女はこう叫んだのだった。


「だから泣かないで! 付いてきて!手伝ってよ! これから、なんとかするから!」



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