ホワッツ・アップ・デンジャー
──敷石の下にあるのは自由のビーチ!──
J・ブザンソン「壁は語る−学生はこう考える」
猛スピードで連れて来られた屋上。
雲ひとつない富士見町の青すぎる空の向こう側に、微かに白いもやのようなものが渦巻いていた。
「……あれは?」
「あの馬鹿が他の宇宙を何度も行き来している間に生まれた『歪み』よ。真空状態に空気が一気に雪崩れ込むの同じ。この世の理と因果律の均衡が崩れかけた瞬間に現れるの、恐らくね」
藤田ユキは左耳に装着したUNIミニを何度も繰り返しタップしていた。
その微細な指の振動ごとに、多次元の宇宙から他人格の意識をインストールしているとは末恐ろしい発明だ。ここまでくるとどんな原理なのか気にもならない。扱う科学技術のレベルが違い過ぎる……昨日ちらっと言及していた「多次元宇宙研究部」とは一体どのような集団なのだろうか?
「……私ワ『宇宙1552』カラ来タ、別次元ノユキヨ。チアキサン、此処ハ危ナイカラ離レテ!」
突然、藤田ユキは機械音声のような響きで喋り出した。私はその状況、言葉の意味を瞬時に察知すると……「宇宙1552」は昨日、武井ルカが路上で干からびていた……探索に出ていた惑星(地球)のことだ……恒星……3つの太陽と、巨大生物……瞬発的に後退りを始めた。
が、少しだけ遅かった。
青い空の遠く向こうから、微かな光の筋が四方八方に乱反射しているのが見えた。
次の瞬間、巨大な門のようなものが空一面に現れた。
……端的に言うが、それは「女陰」の形をしていた。
そしてその巨大な子宮から、銀色の触手が伸びてきた。
轟音。
空気の振動をここまで激烈に肌で感じたことはない。
一瞬で息が詰まる。
凄まじい振動と共にコンクリートが弾け飛ぶ。
気付けば目の前の屋上の約1/3は吹き飛んでいた。
私がこの光景を目の当たりにして最初に思ったことは、嗚呼、やはり武井ルカは地球人類の手には負えない禁忌を犯し、罪業をその手に負っていたのだとか、まさか自分がこんな映画みたいな体験をするなんてとか、ちょっとあの門の形はちょっとメタファーとしてベタ過ぎるのではないかとか、ていうか隣にいたキャラ変したばかりの藤田ユキはどうなった? 死んだか? あれ、空に飛んでいる……? あの化け物に向かって空を突進しているではないか! やった! ラッキー! 早くやっつけちゃって下さい先輩! ということなどではなく、今日まだお昼食べてないや、どうせならお昼食べてから死にたいな、ということだった。お父さんのお弁当、何だかんだで好きだったんだ、私……そんないじらしい年頃の娘のように脳内で走馬灯を流していると、目の前に現れた銀色の触手の化け物の先割れの先割れ部分から、盛大に血が吹き出していた。
血はすぐさま私の視界を塞いだ。咳き込みながらそれを何とか拭うと、青すぎる空と逆光の狭間に、学校指定のローファーを空中で何度も「蹴り上げて」、文字通りに「浮いている」藤田ユキの姿が見えた。
両手は手刀の型を取り、全身が返り血に塗れている。
「チアキサン……貴方ヲ必ズ守リマス。全テ、事ガ終ワッタラ……全テノパズルト、失ワレタピースハ元通リニナリマス……」