デイドリーム・ビリーバー
──世界の重さは愛である──
──孤独の重さと、不満の重さ──
──それらの重さは──
──僕らが担うその重さは愛である──
アレン・ギンズバーグ「うた」
スーツ姿に眼鏡をかけた、若そうな新人教師が挨拶をしている。
「皆さん、X高へようこそ。私がこの1年B組を担当します、大原ミケでございます。我が校ではフューチャリスティックかつオーセンティックなテクノロジーの開発を目指し、フレキシブルかつサステイナブルな発展を目指して、日々ディシプリンを一緒に積んでいける生徒たちを求めています……」
周りはじっと大原ミケの話を聞き入っているが、私は勿論それどころではなかった。何事もなかったかのように前の席に座っている武井ルカに問いかける。
「すみません、本当に、あなたは本当に何者なんですか? 一体何が起こってるんですか?」
「……何が?」
「いや何がって……今朝から変な事ばっかり起きて……災難ばっかり……」
「例えば何よ?」
私は一呼吸置いて、一連の珍妙な出来事を冷静に、今一度俯瞰した視点で客観的に述べてみた。まさにあの80年代B級アクション映画の中の台詞のように。
「①一学年上の先輩が、朝っぱらから路上で『干乾びていた』」
「②それを助けたら危うくX高の大罪である遅刻をしそうになった」
「③すると先輩は急に口付けをしてきた(強制わいせつ罪)」
「④するとなぜか急に1時間ほど時間が進み、入学式後の教室にワープしていた」
「⑤おまけにその先輩は、なぜか自分と同学年の制服を着て、何事もなかったかのように自分の目の前の席に座っている」
武井ルカは、こちらを見つめたまま滔々と返答し始めた。
「①UNIミニの『半身ワープ機能』を使って『宇宙1552』の調査をしていた。そこの地球は3つの太陽のような恒星に囲まれた、とても過酷な環境だったの。探索なんて無理だった。数年に一度、その3つの光り輝く恒星が直列に繋がって、地上の生物が全て焼き尽くされるっていう凄惨なサイクルが繰り返される。そしてあいつら……熱に焼かれない肌を持つ巨大生物が蹂躙する。でも彼ら……原住知的生物は地底に独自の文明を築き上げることで、一部の知識階級層や富裕層は生き延びてるんだよ。それについてもっと調べたかったんだけど……ちょっと甘かったね。恒星が直列繋ぎになる前に脱出すればいいと思ってたけど、いざあの宇宙にある地球に半身ワープしたら身が持たなかった。一瞬で身体が蒸し上がっちゃって、UNIミニが作動しなくなっちゃったんだよ! マジで死ぬかと思ったわ。君がいてくれたおかけで生きて帰ってこれた。ありがとう!」
「②さっきまでいた基準となる宇宙、『宇宙37』のこの高校では、やたらと校則が厳しくて、それを破るのがいちいち大罪になったりしてクソめんどかったから、いっそのこと君と一緒に宇宙跳躍した。だから『ここ』ではもう大丈夫! 遅刻ぐらいで大層な前科や前歴が付いたり、社会生活を送る上で何かしらのペナルティーを負ったりしないから安心して! まあ少しは先生に怒られたりするけど」
「④この宇宙、『宇宙10052』に二人で移動したからだね。『跳んだ』時には少し時間が進むから。でも、安心してね。違いは校則破りの大罪が存在しない世界になったぐらいで、他は元いた世界と変わらないから! 多分」
「⑤ああごめん! もいっこ変わったとこあった! あたしと君が同学年なんだった。これからよろしくね!」
武井ルカは煌めく瞳をこちらに向けて、満面の笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
心臓がどくどくと高鳴ってゆく。私は目を反らした。そうする以外に、選択肢がなかった。
依然として彼女の言っていることは何一つ解読出来なかったが、そこには何か悠然たる不思議な説得力のようなものがあった。
「……あの、さっぱり分からないんですけど、③は? ③は何なんですか?」
「……君、そういや名前は? まだ聞いてなかったね」
「……百々チアキです」
武井ルカは神妙な面持ちでゆっくりと話し始めた。まるで時間が止まったみたいだった。
「私はね、別の宇宙に跳躍する時、その時の自分の一番の本能に従うと、一番のパフォーマンスを発揮出来るんだよ。元々機械がそういう設定なんだけど、それ以上に自分がそういう性質でもあるの。この能力はかつて自分がいた基準の世界で授かった。跳躍者の中にこんなにも精度の高いダイブを連続して実現出来るのはいない。だから私は、ある意味じゃ神に選ばれし存在なの」
周りの生徒たちは次々と着席し始めた。二限が始まろうとしている。私は生唾を飲んで、武井ルカの返答の続きを待った。
「だから、改めて謝っておくね……本当にごめんなさい。強制わいせつと捉えられても仕方ないと思う……でも初めて見た時から、なんかびびっときたの。この人を助けてあげたいって。あの宇宙では『遅刻は大罪』だからね! だから勝手かもしれないけど、こうしてまた、別の宇宙に飛んできたんだ! 君と一緒に! まあ一人でも跳べるんだけど、今回は君と一緒に! 特別に!」
「ほら! そこ! プライベート・トークは慎みなさい!」
武井ルカはしばしの間沈黙し、やがて私の方を振り向いてこう囁いた。
「③あたしは命の恩人である君に、なんというか、一目惚れしたからだよ! チアキちゃん」
私は呆然と武井ルカの顔を見つめていた。