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K-I-SS-I-N-G



──この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ──

 

 ダンテ・アリギエーリ「神曲 地獄篇第3歌」



「おーいお前ら! 入学初日から遅刻なんてのはこのX校においては特に大罪だぞ! おいこら! 警察に届け出ちゃうぞ! 急げ! じゃないと、閉めちゃうぞ? もう閉めちゃうぞ! もう8時だぞ? この分厚くてイカつい鉄の塊を、先生、全身全霊の力を込めて思いっ切り締め切っちゃうぞ!」


 遠く向こうの方で、電気信号の張り巡らされた校門が閃光を放ち始めた。

 煙を上げ始めたその巨大な鉄塊は、黒人の中年女教師がボタンを押した瞬間に、猛烈な勢いで閉じ切ってしまうのだろう。

 もしもあれに挟まれてしまえば、こんな身体はひとたまりもないだろうな、と私は思った。結局のところ人間は、肉の塊でしかない。魂の話などは知らない。

「時間厳守分刻みの行動−己の時間軸を大切に−細部にこそ神は宿る」をモットーに掲げるX高の、恐らく生徒指導部であろうその黒人の女教師は、次々と校門へと駆け足で集まってゆく女生徒たちを横目に、ジャケットの胸ポケットから取りだした目薬を片目に差した。

 私のやや前方で、武井ルカが走りながら笑っていた。


「ほら! もっと急がないと! 君! そういやさ、『クラス・オブ・1999』って映画観たことある?」


「……いや、観たことないです」


「あっそう! 『マーク・L・エスター』っていう、『コマンドー』とかで有名な……」


「あっ……あれか! あります。『処刑教室』の続編の……」


「おお! ある? あの校門にいる生活指導の先生、あれに出てくるサイボーグ教師のパム・グリアみたいじゃない?」


「すみません、息が、上がって……」


 よく見ると規則正しくカールしている、先程までからからに乾いた赤毛は瑞々しさを取り戻したまま風に揺れていた。私は肩で息をしながら彼女の後ろを走っていた。脇腹が痛い。日頃の運動不足が祟っていた。何故入学初日から、こんな目に合わなければならないのか分からなかった。前世の罪業(カルマ)が祟っているのだろうか?


「はーい10秒前! 10! 9! 8! 7! 6 ! 5! 4……」


 パム・グリアが校門を閉めようとしていた。

 X校で数ある禁忌(タブー)とされている遅刻を初日からやらかしてしまうとは。しかもこんなイカれ女の為に……私は齢十五にして、これからの人生、重い重い十字架を背負って生きていかなければならない。

 ごめんなさいお父さん、百々チアキはここまでのようです。最近ビタミンCが不足していたからでしょうか。潔くこの罪と、学園の課すであろう罰を受け容れようと思います……


「ほら、校門見えてきたよ! 急いで! 君1年でしょ? うちの学校じゃ、っていうかこの宇宙(バース)じゃ遅刻は大罪だよ!」


「……いやっ……そもそも、あなたを助けてたから遅れて……」


「え? 何? 聞こえない!」


「いや、なんでもないです……」


「もう、間に合わないなこりゃ……やるしかないか!」


「……なんですか?」


「こんな世界、やーめた!」


 突然、彼女はこちらを振り向きながら、涼しい顔で笑いかけた。


「君……今から神に選ばれた人間の、奇跡をひとつお見せしよう」


 そして左耳に嵌めていた機械に触れると、突然立ち止まった。

 私は彼女に激突し、盛大に尻もちを付いた。


「ちょっと! 何する……」


 唇に、何か当たっていた。 

 それは、彼女の唇だった。

 潤んだ目でこちらを見つめている。

 私はこめかみに鋭い衝撃と、両頬に燃え盛るほどの熱、喉の奥に泉が湧き出るほどの生唾と、脳髄に稲妻が走るのを感じた。

 一体何なんだ……?

 この女は……?

 その初めてのキスは何故だか、懐かしい感触がした。

 そして目の内側で火花が散り、様々な角度から色彩の爆発が起こり、周りの景色は高速で回転し始めた。

 私は虚空に精神と身体が浮遊するのを感じた。

 宇宙の始まりと終わり、天と地の裂け目を幻視する。

 光の渦と色彩が濁流する川の流れに巻き込まれてゆく。

 それは私の意識の流れだ。

 そして全宇宙の生命の流れでもある。生まれては死に、息絶えてはまた息を吹き返す。

 限りなく大きくて、限りなく小さい。とても尊いサイクル。この宇宙の無限大の可能性。

 私は私が私であることを学んだ。

 それはこの大きな宇宙を構成する、一欠片のピースであることだ。

 

 すると次の瞬間、私と彼女は教室にいた。

 周囲で生徒たちがわいわいと騒いでいる。

 時計の時刻は9時30分を指していた。

 そして彼女は私の前の席から、満面の笑顔で笑いかけた。その制服の校章は、2年生の黄色でなく私と同じ新入生の緑色に変わっていた。

 決して自分自身を憐れんだりはしない、どこまでも野生の女……


「あたし、武井ルカ! よろしくね!」


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