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スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ



──イエスは彼女に言われた──

──あなたの信仰があなたを救ったのです──

──だから安心して行きなさい──


「ルカの福音書7章50節」



 加速器、それは地球人類の所持する現時点での最高峰の科学技術兵器。それはこの宇宙(バース)でも変わらないのだろう。まるで森林の中でじっと息を潜める鳥たちのように、それは静かに今日も作動していた。静謐さと同時に、波打つ生命の脈動を確かに感じる。ほんの微かなモーター音が壁に反響していた。今日も巨大な装置は体育館の中で黙々と稼働し、新たな宇宙を創造し続けていた。


「こんなリアル避難訓練時でも通常営業! やっぱ頼もしいねえ、こいつは!」


 武井ルカは何時ものようにはしゃいでいた。その様子は、昨日が初対面だったのが信じられないぐらい馴染み深いものに感じられた。私は遠くから鳴り響く衝撃にびくつきながら小走りになって彼女の後を追った。加速器の波打つ胎動が足元へとそっと伝わる。


「……使ったことあるんですか?」


「勿論! 私は成績優秀者よ! 君! まあ内申ヤバすぎて3年まで中々認定されなかったけど」


 私はそれを聞いて思わず立ち止まった。そしてそれまで口にすることのなかった、頭の片隅に可能性としてしまっていた、禁断の質問を投げかけた。


「……武井さん、あなたは、これまで過去への遡行はしたことがないと仰っていましたが、それはあくまで相対的にみた『外界の時の流れ』の話であって、あなた自身は現に3年生から2年生、そして2年生から新入生へと、過去を遡ってますよね? 肉体と精神の話に限れば、あなた自身は若返って過去を遡行してますよね?」


 すると武井ルカは歩みを止めて振り返った。それは初めて見せた困惑の表情だった。私は、きっとパンドラの匣を開けてしまったのだ。


「うーん……そうだね。まあ見方によっては、そう捉えられるかもしれない」


 私は何故この大きな矛盾点を今まで見逃していたのか、途端に自分自身が恥ずかしくなってきた。


「っていうかそれはもう過去への時間遡行(タイム・リープ)とほぼ同義ですよ! 何で今まで気付かなかったのか……確かに世界の時間の流れ自体は負から正へと変わってないけど! てかそんなん詐欺ですよ!」


「……何が『詐欺』なの! よく分かんないんだけど!」


「何で気付かなかったの私! 嗚呼、もう!」


「……分かった! ごめんね、取り敢えず……落ち着いてね! 君……チーちゃん」


「チーちゃんて呼ばないで!」


 ふと伸びた武井ルカの手が私の前髪を撫でる。私はそれを何故だか自然に受け入れてしまう……思考は末恐ろしいひとつの解に至る。

 この今までの、全て違和感の正体は、既視感(デジャヴ)だ。

 私は泣き叫ばずにはいられなかった。


「多分、私と出会ったのは昨日が初めてじゃないですよね! 多分! 中学か、それより前からあなたは私のことを知ってたんだ! それで毎回、自分だけ他の宇宙(バース)へと跳んで、出会いをやり直して……今回は何故か『私を他所へ連れ出した』!」


 すると私は、武井ルカに突然抱きしめられた。そうすることで安心してしまう自分が悔しかった。私は彼女の腕の中で、どうしようもなく無力だった。


「ごめんね。いつかきっと、全部すっきり話すから……今は我慢してて、お願い」


 何層にも積み上げられた加速器の筒の頂上にて、武井ルカは仰向けになったままUNIミニを起動させた。「半身ワープ機能」だ。これで武井ルカは他所の宇宙(バース)を「覗き見」出来るらしい。

 外では相変わらず巨大タコの暴れる音。私は彼女が今からやろうとしていることに賭けるしかなかった。


「じゃあ、私が先に『宇宙(バース)1552』に半身跳ぶから! その後に合図で左手を2回タップする! そしたら私にチューしてね!」


 嗚呼、きっといつも『これ』を繰り返していたのだ。私たちの間では! だがもう野となれ山となれだった。気付くと私は素直に頷いていた。


「……もう、いいですよ何でも。本当にこの状況を、何とかしてくれるんだったら!」


「オーケー! じゃあ行ってくる!」


 そう言うと武井ルカは「宇宙(バース)1552」へと半身で跳んだ。

 膝上丈のやや短めのスカートから覗く白い脚……よく引き締まった胴回りと、やや小ぶりな両胸。深くて長い呼吸音が体育館の中に小さく響く。遠く向こうでは巨大生物の足音と振動。武井ルカは安らかな眠りに就いているように見える。まるで何も変わらない、いつも通りの昼下がりのように。

 仰向けになって気を失っている彼女を見て、私は一瞬でも変な気を起こしかけた自分を咎めた。胸の鼓動がまたあの時のように激しくなる。いっそのこと一刻でも早く、この状況から立ち去りたかった。

 しばらくすると武井ルカの寝顔に苦悶の表情が浮かび上がった。彼女はまるで癲癇を起こしたかのように両手で地面をタップしまくった。両手? 全く、「いつだって」勝手な人だ、この人は。

 私は寝ている武井ルカにキスをした。

「いつもの」感触。

 嗚呼、もう、これなんだ。

 いつもの感触から始まる激烈なトリップ。

 永遠の一瞬。

 意識の浮遊と回転。

 周りの景色が吹き飛ばされる。

 自我と現実の崩壊。

 全ての形而下の想念の凌轢。

 光芒一閃。

 宇宙と宇宙が重なり合ってひとつになる。

 ひとつになるあなたと私の魂。

 心と身体が、失われていたパズルのピースが元々あるべき場所に還る……


「チーちゃん、『君が創り上げてきた無限の宇宙の可能性は、いつだって君を見守ってるから、大丈夫』」


「……『私が、創り上げてきた……?』」


 どこか遠くで加速器が激しく作動する音がする。私は爆発音によって夢想の世界から激しく呼び覚まされた。更に重なる爆発音。我に変えると隣には武井ルカ、そして私たちは光輝く……巨人の肩の上に座っていた。


「こっちの宇宙(バース)の加速器で作り出すダークマターが、『向こう』にいるこいつを呼び起こすのに必要だったの! あいにくもう全部、ぶっ壊れちゃったけど!」


 私は遙か真下に広がる体育館の残骸を見下ろし、次に前方遠くで暴れている銀色の巨大タコを視認した。


「……はい、もう、何でもいいんで……はやいとこ、やっつけちゃって下さい!」



 

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