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毒虫ではない、カフカでもないよ

 気が付くと俺は小さな虫になっていた。虫と言っても昆虫ではなさそうだ。足がいっぱいあるから多足類なのかな。いずれにせよ、とても小さい。けれど、動きは素早い。人の眼にはとらえられないかもしれない速さで動きまわることができる。垂直方向への移動も得意だ。これで羽があったら言うことなしだけど、もしかしたら今後に期待大かもしれん。夢に願うとかなうような気がしているのだ。意味不明だって? そりゃそうだ、こっちだって意味が分からないもの。何と言ってもね、自分がどうしてこうなっているのか、分からないのだから。だけど、実は俺、虫になりたいかなって、ちょっと思ったんだ。なに、それほど大した理由じゃないよ。授業中、ふとね、ふっと隣の席の女子を見たんだ。何気なしにだよ。そうしたらさ、彼女の鼻の穴から顔を出している生き物が見えたってわけよ。俺と目が合うと「あ、やべ」みたいな感じで、そいつは彼女の鼻の穴の中に身を隠した。

 俺の見たところ、そいつは知性のある生き物のようだった。顔らしい構造物には表情らしきものがあったし、目には困惑の色が読み取れた。気のせいかもしれないが、彼女に似ていた。血縁があるのだろうか?

 さて、目撃者の俺は困った。それほど親しくない女性に「鼻の中に変な生き物がいますよ」とは言えない。しかし放置していて良いものだろうかね? 悩んでいるうちに授業が終わった。彼女が丸まった紙切れを落とした。拾って渡そうとしたら受け取らない。自分のものではないと言いたげな表情だ。わざとらしい。こっそり広げる。メモが書いてある。

<午後九時、旧市営球場跡地入り口>

 そこに書かれた字は、彼女のノートで見る可愛らしい文字じゃない。力強く跳ねている。書いたのは彼女かもしれないが、実際に俺を呼び出しているのは別の存在だ。そして、これはデートのお誘いではない。しかし果たし状でもなさそうだ……いや、そうかもしれん。

 約束の場所へいたのは、彼女なんだけども、違う何かだった。俺を見て変な言葉を話し始めた。俺は言ってやった。

「俺の言語回路は旧式だ。聞き取れない。ゆっくりの会話も厳しい」

「……可聴域は、これぐらいか? 日本語でオーケーか?」

「日常的な会話なら苦にならない。これで続けてくれ」

 彼女は頷いた。語り始める。

「この娘さんの体に間借りしているものだ。今日は驚いたよ。私は可視光を吸収する特殊素材で身を隠しているのに、君に見つかってしまった。地域データセンターに慌てて照会したよ。そうしたら驚いた。君は宇宙人だったんだね!」

 正確には異世界から転移してきた宇宙人だ。ま、どっちでもいい。

「この街には別世界からの住人が数多くいる。俺や君のような存在だ。ギルドに登録しているから照会すれば分かると思うけど、それ以上の付き合いは、どうかなあ? 呼び出されて来たけども、君の宿主の女性は、こういうのを迷惑に感じているかもしれないぜ」

 彼女は隣の席の俺を虫を見るような嫌悪感丸出しの目で睨む。美人に睨まれると背中がゾクゾクするものだと俺は初めて知った。それはともかく、そんな憎い相手と夜九時に二人きりで会っているのは愉快なことではあるまい。

「そうでもないと思うよ。彼女は君を愛している」

「え?」

「それはこの際どうでもいい。急なことだが用を頼みたくて」

 実家で急な重病人が出たので急いで帰省しないといけなくなった。だが今、宿主である彼女の脳を一段階賢くなるよう調整中で、不測の事態が発生する可能性を考えると抜けるに抜けられない。

「大丈夫だと思うけど、万が一に備えて誰かに留守番を頼みたかったんだ。お願いできないかな?」

「そういう事情ならしょうがないけど、俺にできるかな」

「簡単マニュアルがある。それを見てくれたら十分だ」

「やるとしたら、どうすればいいのさ?」

「精神を集中して霊的存在になるとか、超能力で彼女をコントロールするとか」

「無理」

「虫になるのは、どう?」

「なれるの?」

「イメージするんだ。裸の彼女を這い回る虫に、自分がなっている様子を」

 想像した途端に、俺は小さな虫と化していた。若いって凄いね(笑い)。

「元の姿に戻っていいよ」

 テレパシーで話しかけられた俺はテレパシーで質問した。

「どうすりゃいいのさ?」

「元に戻った姿を想像して」

 人間の姿の自分を考えたら、元に戻った。これなら簡単で良い。そのとき彼女の眼が虹色の光を放った。

「あ。電話が来た。ちょっと話してくるけど、その間、虫の姿で彼女の体を探索してみたら? 楽しいよ」

「悪趣味だな」

「そんなことはないよ。体のメンテナンスになるからね。彼女の体に間借りするときに取り決めた条件の一つは美容と健康維持のお手伝いだから」

 そんなわけで今、俺は彼女の耳掃除に励んでいる。凄いことをやっているわけではない。耳垢を食べるだけだ。食べ始める前は嫌悪感があったけど、食べると意外と美味しい。虫と人では味覚が違うのかしらん。モリモリ食べるよ……なんて話を書いているんだけど、ここで中断だ。別の仕事が入った。途中で終わらせて申し訳ないが、どうか許して欲しい。幸いなことにキネノベ大賞8は未完でもオーケーと募集要項に書いてあったので、お言葉に甘えさせてもらう(こういうことを毎回書いている気がする)。それにしても通信状況が良くない。大丈夫かなあ。むう、もしかして彼女の耳垢が原因か! もっと除去しないと! 満腹だけど、頑張るぞ!

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