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東の風を越えて  作者: 高町テル
第三章 矢が翔ける先
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第十七話 調査報告

 冒険者ギルドにはいくつか個室があり、それらはもっぱら調査依頼の報告に使われている。調査依頼は討伐依頼と違い、討伐証明となる魔物の素材を提出して終わりというわけにはいかない。調査報告書を提出するとともに職員から詳しく話を聞かれることとなる。そのため、重要な案件ほど長引きやすい。


 その個室のうち一つに詰めているのは、元冒険者のギルド職員ブレストとバーゼルを中心とした銀級中位冒険者の隊の面々だ。卓を囲んではいるが、実際にはブレストとバーゼルの一対一に近い。


 バーゼルたちが〈灰牙森はいがもり〉の深層を調査したのは、ブレストから依頼されたからだ。目的は灰牙の末裔が深層から表層へと出現したことについて。


 ブレストが報告書に目を通し終える。


 〈灰牙森〉の深層には大きな穴が開いていた。その近くに落ちていた鱗の形状から判断するに、地竜が開けた穴であることが予想される。


 さらに周りには灰牙の末裔の死骸がいくつか存在していた。灰牙の末裔はその名の通り、数十年前まで〈灰牙森〉を中心とした広大な領域を支配していた〈灰牙〉の血を引く魔物だ。決して弱い存在ではない。


 おそらく力を持った地竜が穴を通して〈灰牙森〉の深層に侵入し、そこで灰牙の末裔たちと争った。生き残った灰牙の末裔が敗走し、表層へと押し出される形で現れた。


 加えて、大きな穴と赤い地竜の鱗は滅んだエノン村の件との共通項である。


 ブレストが口を開く。


「〈赤銅鱗しゃくどうりん〉だ」

「あ?」

「この鱗の持ち主を〈赤銅鱗〉と呼ぶことにする」

「……ま、名前を与えられて当然か」


 強力な魔物には、その個体の特徴にちなんだ呼称をつけられる。〈灰牙〉は黒い体に灰色の牙だけが浮き上がるように見えるため、そう名付けられている。


 〈赤銅鱗〉の場合は、鱗の色の通りだ。


 ブレストはバーゼルが卓上に置いた物を手に取る。


 それは手のひらと同じ大きさをした赤い鱗だった。手に沈み込む重さと光をいやに反射する様子は、生物の一部というよりは金属を思わせる。傷が入り少し欠けているが、形は通常の地竜と同じ。しかし、大きさや色がまるで別物だった。これの半分の大きさで黒ずんだ灰色が通常の地竜の鱗だ。したがって赤い鱗の持ち主は通常の地竜よりも大型であることがうかがえる。


 通常の地竜は〈銀冠山脈ぎんかんさんみゃく〉の地下を住処とし、地上に出てくることは滅多にない。しかし、赤い鱗の持ち主は短期間に二度も地上に現れた。


 魔物はときおり、その種族の生態から大きく外れた個体を生み出す。


 そういった個体は得てして強力であり、かつ力に貪欲で、育ち切った暁には魔物支配地を作り出す。それは東の方で確認された事例であり、グリム周辺で起こるかは不明だが、ここもかつては東と呼ばれていた地域だ。魔物支配地に回帰する可能性だって十分にある。現に〈灰牙〉が遺したものは〈灰牙森〉となって今も存在している。


「現場はひどい有様だった」


 バーゼルは腕を組んで話し始めた。


「嵐がそこにだけ来たかのように木が薙ぎ倒され、地面は大きく抉られていた。そこに残っていたのがいくつもの赤い鱗と、食い散らかされた灰牙の末裔の死骸。そして、(おびただ)しい血の痕」


 少しの沈黙の後、ブレストは重い口を開く。


「被害はもうすでに出ている。かといって対処しようとして、すぐに解決できる問題でもない」

「気が付いたらグリムの地下に魔物支配地ができてました、ってのはしゃれにならんぜ。それにそいつの影響かわからんが、最近魔物も浮足立ってる気がする」


 バーゼルは腕を頭の後ろで組んで天井を見上げる。


「地中に潜る地竜を、地上から見つけるのは、まぁ無理だ。かといって地中で追いかけっこをしたところで勝ち目もない。つまり打てるなんてない。やつが地上に出てくる瞬間を待つしかねえな、こりゃ。穴ん中まで血が続いてたから、くたばっててほしいもんだが」

「そんな楽観的には考えられん。各所に〈赤銅鱗〉の存在を周知させ、備えさせるしかないか」

「それが最善、というかそれしかできねえって感じだな」

「金級のやつらでも呼ぶか?」


 バーゼルの背後からニッツが口を挟むが、ブレストは首を横に振った。


「東のギルドに要請したって、その場で握りつぶされるのがオチだ。金級が東を離れることを許さないだろう」

「ならグリムの領主にでも泣きつくか?」


 ニッツの言葉に今度はバーゼルが否定する。


「あいつは領地の行政に無関心だろう。税だけ取って、西の国に送る生き物さ」

「変に口出しされないだけマシだ。もっと東のギルドは、西の国々の謀略渦巻く魔境となっている」

「魔境は魔物支配地だけでいいのによぉ」


 ブレストの愚痴にバーゼルは口を尖らせた。


 西の国々は競うように資金を出し、東の開拓を推し進めている。そのため東のギルドは、西の国々の都合にどっぷりと沈み込んでいる。東のギルドの様子を知る職員は、そこを魔境と言ってはばからない。


 ブレストは報告書と鱗を持って立ち上がる。


「とにかく、今やれることは少ないが、もし〈赤銅鱗〉を補足できれば、それは大規模な討伐作戦になるだろう。銀級中位も前線へ立つことになる。用心しておいてくれよ」

「はいよ」


 バーゼルはそう言って隊を連れて部屋から立ち去った。ブレストも部屋から出て、事務室へと戻る。


 その道中、自身が冒険者登録の講習をした少年の顔を思い浮かべる。


「ひどく運が悪いやつだ……」


 少年は故郷であるエノン村を〈赤銅鱗〉に滅ぼされた。運よく生き残ってグリムに来たものの、簡単なはずの冒険者登録依頼で仲間を失っている。それもまた、〈赤銅鱗〉の影響から来るものだ。


 ブレストは憐憫れんびんを感じずにはいられなかった。


 ベルに特定の冒険者に入れ込むな、と忠告したというのに。

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