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花物語

ルドベキア群生~若頭とわたし~

作者: 由宇ノ木





気分を変えたい時、スッキリさせたい時、自転車で少し郊外まで出かける。


田んぼが大きく広がって、手付かずの原っぱがやはり大きく広がっている。


自由に伸びた草や枝がザワザワと風に揺れる原っぱ沿いの道を、自転車で走るのが好きだった。


原っぱは年々減って、ほとんどが宅地になってしまっていた。

地主さんの世代交代で、土地の手入れをする人間がいなくなり、手間暇かけて手入れするより、売ってしまったほうが楽なのだろう。


ここにはルドベキアがたくさん咲いていた。

小さなヒマワリにも似た、花びらを下に反り返らせる背高のっぽの黄色いルドベキア。

2メートル近く大きくなるのもあり、根に近い地面にはピンクのヒルガオが顔をのぞかせていた。


一面に広がる背高のルドベキアは壮観で、眺めていると嫌なことがあっても気持ちを切り替えさせてくれる、いわばわたしのやる気スイッチだった。


風に揺れるルドベキアの花の波。


━━━きっと他にもたくさんの名の知らない花や草がある。そして虫達がいる。共存しているんだ。淘汰しあい、生き残った命は共存している。

 

なのに、ちょっと来ないうちに、ルドベキアの群生地は宅地に変わっていた。


大好きだった風景がまたなくなった。


わたしは、宅地になってしまった大好きだった場所を見つめながら、自転車をひっぱりながら歩いていった。


風に揺れていた、たくさんのルドベキアを心に描き、もうここには来ないだろうことを思った。



どうしよう。


涙出てきた。


鼻水も。



自転車を止め鼻水をかんでると、後ろから車の来る音がして、わたしは道の出来るだけ端に寄った。


車はわたしの横をすぎたかと思うと、ピタリと止まり、運転席から男性が顔をのぞかせ、後ろにいるわたしに声をかけてきた。



「故障したんですか!?」


え?わたし?


「・・・花屋さん、俺がわかりませんか?」


「・・・・・」


誰?


わたしは首をかしげてやや違う角度からその男性を見てみた。


わからん。


わたしを花屋と呼んだからにはお客様?


わたしは自転車を引っ張ったまま前に進み、男性は車を降りてわたしの方に歩いてくる。

ふたりの距離は少しずつ縮まっていく。



「こんにちは。・・こうすればわかるかも」


白いTシャツにジーパンの男性は、おろしている前髪を両手でかきあげ後ろに流した。


わたしはハッと気がついた。


若頭━━━!


前髪おろしてるとえらく若く見える。

さぞかしおモテになるんだろう面構えは変わらず、Tシャツにジーパンという見たことない格好だ。


組長先生のかわりやお供で花屋にくるときは、いつもオールバックにスーツだもんね。

ラフな格好、さては今日は公休日?


「自転車、故障ですか?」


「いえ、ただ歩きたかっただけなんです。大丈夫です」


わたしはお客様用スマイルでこたえた。


「ご自宅はこの辺なんですか?」


いつも丁寧な言葉遣いだなぁ。こういうのは好感度良だね。


「いえ、ここ、以前ルドベキアがたくさん咲いてて好きな場所だったんです」


「ルドベキア?」


「こういうお花です」


わたしは以前撮った写真を見せた。背の高い若頭はかがんで写真を見る。


「あ、低くて見づらいですね。すみません」


わたしは若頭の背に合わせて、スマホの位置を高くしようとした。すると若頭は、

「大丈夫ですよ」

と、わたしのスマホを持つ手をそっとつかみ、顔を画面に近づけた。

顔の位置がわたしの胸元まできていて若干ヤバい。

襟のついたシャツを着てくればよかった。


「・・・ああ、きれいですね・・。これは知らなかったな」


若頭は写真と宅地を交互に見ていた。

胸元に息がかかりそう。

わたしはスマホをしまいたかったが、若頭がわたしの手をしっかりと握っていたため、しまいようにもしまえない。て言うか、身動きとれない。

おまけにさっきより体、近くないかい?

まずいな。早くここから去らなくては。


「思い出のある場所だったんですか?」

と、若頭の声が間近で聞こえた。


「・・自転車でルドベキアを見ながらこの道を走るのが好きだったんです。ちょっと来ない間に宅地になってて・・・。自分が勝手に好きになった場所だから、ここがどういう風に変わろうとそれは仕方がないことなんですけど・・・。まあ、でも、さみしいですね・・」


わたしは宅地を恨めしそうに見ていたんだと思う。


「・・、それは・・申し訳ない」


若頭は間をおいてなぜか謝った。


「え??・・いえ、じゃあ、わたし買い物があるので失礼します」

わたしは軽くお辞儀をし、若頭から離れる意志を示した。

若頭は、スマホを持っているわたしの手を放してくれた。


「気遣って頂いてありがとうございました」


わたしは再度若頭に、今度は懇切丁寧な販売員の鏡たるお辞儀を披露した。

顔をあげると、若頭は笑って

「では、気をつけて」

と言った。

わたしは自転車に乗ってその場を離れた。


鼻がグズグズして、鼻水が落ちなくてよかったなと安心したのもつかの間、若頭がなぜ謝ったのかに気づいてしまった。


━━━宅地開発はもしかして若頭お前かああ!!


相手が相手なので、決して!間違っても!本人を前に『お前』などとは言わないが、若頭に対する好感度は一気に下がった。


逆恨みだとわかっちゃいるが、買い物ついでに神社に若頭が来ないように願掛けをしに行った。


翌日、若頭が店に現れた。


願掛けは早々に若頭に打ち負かされたのだとわたしは思い知った。





~おわり~

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