偽りの聖女
ここは王宮の地下通路。
地下牢へとつながる道の途中ですわ。
私のまわりには衛兵たちの他に、なぜかエミリィも付いてきていましたの。
いったいどういうおつもりなのかしら。
「くふふ、もうこの辺でいいでしょう」
エミリィの言葉に衛兵たちは歩くのをやめると、それぞれが腰に下げた剣を抜きましたの。
私に剣を向ける彼らの、兜の下に光る眼はなんだかギラギラとして……まるで人間のものではないみたい。
「あの……皆さんどうなさったの? 地下牢はまだ先ではなくって?」
「にぶいですわねぇお義姉さま。あなたにはここで死んでいただきますわ!」
「なっ!? どういうことですの」
「明日の火刑を待つまでもありませんわ。さあ、茶番は終わりでしてよ!」
エミリィの合図で私のまわりの衛兵たちの姿が変わっていきます……!
甲冑を引き裂いて中からあらわれたのは、青黒い肌をした化け物たちだったのです。
「これは……! エミリィ、あなたまさか!?」
「くくく……そのまさかですわぁ! まったく愚かな人間たちですわねぇ。真の聖女が誰かも知らずこの国は滅びることになるのですから!!」
エミリィの体を邪悪な漆黒のオーラが包んでいきます……!
彼女は、その姿を二枚羽を持つ魔族のものへと変えたのです。
「アッハッハッハ!! この姿では初めましてですわねぇアメリアお義姉さまぁ。私は魔王軍が四天王の一人、エルダーサキュバスですわ!」
「エミリィ……! まさか魔族だったなんて!?」
「くっふふふ……お義姉さまのライアス王子は私がこれからたっぷりと骨抜きにして可愛がってあげます。彼を傀儡にしてこの国を腐敗させて……すべてはやがて偉大なる魔王様のものとなるのですわ! ねえ、どうかしら? 素晴らしいアイデアだとは思いませんこと?」
「ふん。いかにも下等な羽虫のやりそうなことですわねぇ。まったく反吐がでますわね……エミリィ、その臭い口を閉じていただけませんこと? 王宮の空気が汚れてしまうのですけれど……?」
「うぎいいいっ! お、おのれぇ! 減らず口もここまでです! お前たちその女を串刺しになさい!!」
「おらぁ! 死ねぇアメリア!」
「ひゃはぁ! 血祭りだぁ!!」
ドスッ! ドスドスドスッ!!
四方から突き立てられた剣が私の体を次々と貫きました。
白いドレスが鮮血に染められていきます……
「はあ……はあ……。人間風情が……私を怒らせるからこんな目に合うのですわ」
床に倒れた私。石畳を流れ出た血が流れていきます。
私の手から転がり出た例の赤子をエミリィは持ち上げました。
「くくくっ……この聖女は魔王様への供物にもらっていきますわ。さようならアメリアお義姉さま。あなたの役割はこれでおしまい。今までいい夢は見れたかしら? おーほっほっほっほっほ!!」
高笑いを残して去って行くエミリィと衛兵たち。
な、なんですの……これは……
これで……おしまいですの……?
ずいぶんと軽い攻撃ですわねえ。
「【完全治療】!!」
私は自分に回復魔法を発動させます。
回復の光が私を包み、たちまち傷がふさがっていきます。
立ち上がる私。突き刺さっていた剣がずるりと体から抜け落ち、床の上を転がって音をたてました。
音に振り返ったエミリィたちは……どうしたのでしょうか? 皆、一様に驚いた表情で固まっていました。
「どうしたんですのエミリィ? なにかありましたか」
「ば、馬鹿な!? な、なんで生きてますの?」
「あらぁエミリィ、回復魔法をご存じでないの? さっすが魔族の方は遅れてますこと。辺境の蛮族風情が……お里が知れますわねぇ!」
「ぎいいっ!! お前たち、奴を殺せ! 細切れにしておやりなさい!」
「やれやれ。ドレスが汚れてしまいましたわぁ。あなたたちの血で代償を払っていただきませんと……」
剣を手に襲いかかる元衛兵たち。私は手のひらの中に魔力を集め、それを開放させました。
「【消滅】!!」
――カッ!
ほとばしる白い閃光。私に切りかかろうとした愚かな方々は……たちまち灰になって消えましたの。
「そ、そんな……なんなのです!? これは……」
「エミリィ……どうなさったの? なんだか顔色が悪いようですけれど……」
「ぐぎいぃっ! に、人間っ、お前は何者ですの!?」
「私は公爵令嬢アメリア・フローレンス。あの……普通に考えればただの魔族が公爵令嬢に敵わないことぐらい分かりそうなものですけど……どういうおつもりだったんですの?」
まったく下々の方というのは、ときによくわからないことをするものですのね。
まあ、野蛮な魔族の方ともなればそれもやむなしというものでしょうか。
はあー馬鹿の相手をするのは疲れますわねえ。
さっさと終わらせてしまいましょうか。