婚約破棄
青ざめた王子の顔に、私が自分の胸元を見るとそこにはいつの間にか赤子がおりましたの。
自分でも気づかぬうちに、その子を抱えていたようですわ。
ど、どうなってますのよこれは。
「お、おいまさかあれはアメリア嬢の……」
「嘘でしょ!? ライアス王子という婚約者がいながら、まさか本当に不貞を?」
げげげ……まずい雰囲気ですわね。
はあ。これだから。まったく下級貴族の皆さまはうわさ話がお好きなこと。
よほどお暇でいらっしゃるのね。苦労がなさそうで羨ましいですわぁ。
「これは間違いないようだな。おいアメリア、どういうつもりだ。王子であるこの僕に、まさかこれだけの屈辱を与えるとはね。どの面を下げて僕の前にあらわれたんだ、このあばずれめ!!」
「そうよそうよ! ああ、可哀そうなライアス王子。エミリィはお傍におりますからね」
「ああ、エミリィ。真の聖女よ。信じられるのは君だけだよ。僕はこの悪女に弄ばれたんだ」
「うふふ……お義姉さまぁ、いけませんわねえ浮気は! これは厳罰が必要なのではなくって? ねえ、皆さんそうでしょう!?」
エミリィは大声をはりあげるのでした……。
嫌ですわぁ。貴族の癖にはしたない。とんだ下品な令嬢がいたものですこと。
いったいどういう教育をされているのかしら。
おもわずため息がこぼれてしまいます。
「まぁま。ばぶばぶ」
「おお、よちよち。いい子だから静かにしてね」
私は赤子に眼力をかけてにらみをきかすとすぐにおとなしくなるのでした。
まったくものわかりがいいようでなによりですわね。どこかの誰かと大違いですわあ。
「アメリア、お前。なんという事を! 王子に頭を下げんか、この馬鹿がぁ!!」
私につばを散らしながら怒鳴るのはお父様のヴァルフリートです。
お父様、どうなさったのかしら……
「お父様、どうなさったの? 貴族は優雅に、冷静にですわよ」
「このボケがぁ!! し、シングルマザーだと? なんのために今まで育ててやったと思ってる!? この恩知らずがあ!!」
「むう……私はなにも悪くありません事よ。神々が勝手にやったのですわ!」
「黙れ!! このあばずれが! ええい、お前はもう娘ではない。お前を我が家から追放とする!!」
「ええ!? お父様それはちょっと……」
「これは決定事項だ。反論は許さん、二度と我が家の敷居をまたぐなよ? その時は俺が切り殺してやるぞ」
「ひえっ、なんですの!? なんで私がこんな目に……」
お父様はいかつい目をギラギラさせて私にいいました。
ええ……どういうことですの!?
「おーほっほっほっほっほ!! お義姉さまぁ? これはとんでもないことをしてくれましたわねぇ。ライアス王子、どうしますの? このあばずれには相応の罰がふさわしいのではなくって?」
「そうだ……僕をあざむいた罪は重いぞ。アメリア、お前を火あぶり刑とする……!!」
「な、なんですって! ちょっと本気ですのライアス!? 私たち、あんなに愛し合った仲じゃありませんこと?」
「黙れぇ!! これは決定事項だ。衛兵! その者を牢に連れていけ!!」
「「ははっ!!」」
「そ、そんな……火あぶりって、冗談ですわよね!?」
王子の合図で武器を持った衛兵たちが私に詰め寄って来ます。
ど、どうなってますの。なんでシングルマザーってだけでこんなことに。
この人たちおかしいですわ……。
まさか……魔王軍の洗脳!? おのれ魔王やってくれますわね。
私が静かに怒りを燃やしているその時でした。
「あらぁくふふっ! 火あぶりだなんて……可哀そうなお義姉さま。ねえ、一度だけ弁明の機会をもうけてもよくってよ?」
「な? エミリィ、弁明ですって!?」
「ほらこっちに来なさい!!」
私は衛兵に引っ張られてお城のベランダに連れてこられます。
はるか下にはお城の中庭。風がびゅううと吹いていました。
「お義姉さまぁ、その子が自分の子でないというのなら、ここからその子を投げ落としなさい!」
「なあっ!? そ、そんな……」
「できますわよねえ? ねえお義姉さま?」
「くっ……なんてことを」
私は腕の中の赤子を見ます。
わたくし、子供ってうるさいし苦手ですのよねぇ。
そもそも私の子供ではないのですし……
「まぁま。きゃあう」
…………。
「エミリィ、それはできませんの」
「あらぁ? どうしてかしら? まさか……」
エミリィはニタニタとした笑みを浮かべ、唇をぺろりと舐めていました。
「……そうですの。これは私の子。この子は私の子供なのですわ!」
「くっふふふ……あーはっはっは!! お、お義姉さまぁご自分が何を言っているかわかっていらっしゃるの!?」
「くどいですわねぇ。レディに二言はなくってよ!」
私の言葉にエミリィは大声をはりあげます。
「皆さまがた今のをお聞きになった? このあばずれめは認めましたの。不貞のその事実をね!」
「なんてことだ……アメリア様……」
「そんな……本当だったのね」
王宮の皆さまは大騒ぎです。
かけつけた王子は皆の前で私にこう言いました。
「……君には失望したよ、アメリア・フローレンス。みんな聞いてくれ。いまここに僕は宣言する! アメリアとの婚約を破棄し、そして真の聖女であるエミリィ・クロフォードを我が妻とすることを!!」
ライアス王子の隣には、彼の腕に抱かれてエミリィが勝ち誇った笑みを私に向けていました。
「このアメリアは公爵令嬢の身でありながら姦淫の罪に加え、我ら王家への侮辱をした! よって火あぶりの刑に処す。刑は翌日すぐに執り行う。衛兵! それまで地下牢に閉じ込めておけ!!」
「「ははっ!!」」
私は衛兵たちに手を引かれ地下牢へと連れていかれるのでした……