忘れないで
やってられない精神状態だったね.
今こうやって振り返ってみると部屋はもうなんも変哲ない元に戻っていたんだ.
ただ僕の目からすれば,実は最初からあったカーネーションでさえ彼岸に咲いているように思えたんだ.
そんな僕を横目に,赤ずきんは徐に懐中時計を取りだした.
「まだ話したいことはあるんだけどね.そろそろだわ.さあ,行きましょう.」
彼女に連れられてさっきの扉に行った.
その時の僕はとても恐れていたな.
そこにある本棚が全て,ただ僕を狙って倒れてくるかもしれないなんて想像もしていた.
それくらいに,怖かったね.
「この先を行けばいいわ.随分としたからくりでできた廊下でね.ジョーカー,あなたも行きなさい.」
「承知しました.」
また知らぬところから現れたんだ.少し慣れてしまったけどね.コロンの匂いは別だけど.
「楽しかったわ.また迷い込んでくれるといいのだけど...」
「勘弁願いたいね.」
「ふふ,でもね.忘れてしまうととても悲しいわ.だからしっかり覚えていてね.」
その意味は今も言葉にできないけど,なんとなくわかった気がするんだ.
僕は今ここでこうやって君に話ができるのがどれだけ安心か,君もそこに行けばわかるんじゃないかな.
さぁそれでは,と道を往くジョーカーに連れられて僕はからくりの廊下を渡ったんだ.