お話しましょう?
「こちらをどうぞ.」
大図書館のとある一室に招かれた僕だが,ジョーカーの淹れた紅茶はなかなかどうして,って感じだった.
勿論この部屋も本棚で囲まれていたんだ.ただ,ここにある本は見たこともなかったな.
もちろん僕が知らないだけかもしれないが,これに関してはそうじゃないんだ.ほら前に入ったろう?
ここにあるのは僕の世界以上かもしれないって.つまりはそういうことさ.
遅れて赤ずきんは僕に向かうように座った.
「気づいたかしら? ここにはあなたのよく知ったものがたくさん置かれているわ.あなたが知っていてここにないものは一つもないわ.逆にあなたが全て知っていようとここにはあなたが知らないものがあるわ.」
やはり,ここには僕の世界の全ての本が集まっているそうだ.
それだけでなく,ここ特有の本もあるみたいだった.
まぁもちろんだが,それを判別する力は僕にはないんだ.
なぜなら,そこにある本が「知らない」のか「存在しない」のか分からないからね.
「ここにある半分があなたの世界の本よ.そしてもう半分はこちらの世界.あなたは本を読むかしら.
もし読んでいるなら.あなたはここにあるどれだけを知っているのかしら.ふふっ.」
彼女は儚げな雰囲気に比べて良く笑う人だったな.もしかすると本の話をするときだけ笑う人なのかもしれないが,残念ながらそれはもうわからないことさ.彼女とは後にも先にもここでしか話してないからね.
「本はあまり読まないよ.だから,どれがこの世界の本かは分からない.」
「そう...」
とてもしおらしく落ち込んでいるように見えたな.
本が関わると彼女は見た目相応の可愛らしい少女だった.
「ここには前に帰るも帰らない関わらず,結構なあなたみたいな人が来ていたわ.そしてたくさん話もしたわ.とても昔から...」
悲しそうな声で,彼女は続けるんだ.
「私がここに来てからたくさんの時間が経ってたくさんの本が増えたわ.でも読まれない本も増えていくばかり.それは当然のことよ.何にだって限りがあるわ.それでも私は哀しいの.だからここにいるのよ.」
すると彼女は席を立ち,一冊の本を取りだした.
「ここは私の図書館の中でも特別.あなたの世界も私の世界もそれ以外さえも内包する『箱庭』よ.
支配権は中に居る私にあるけどね.」
そういって本を開くと,本から虹の帯が飛び出したんだ.
帯と一緒にたくさんのモノが飛び出してきて,帯はやがて見たこともない景色で部屋を覆い,モノは部屋の中をその景色に似合うように変わったんだ.
「これは...とある王国の話よ.もちろんあんたが知らない,ね.」
彼女は戸惑う僕を一瞥しながら,魔導書と見紛う,いやむしろそのもの,を読み始めた.
これから言うのは彼女が僕に話した本の物語だ.
― 怨嗟 ―
おびただしい髑髏が私を見つめている.これまでどれ程の屍を積み上げてきたのだろうか.
明日を,昨日のような今日を望んだ者たちがどれだけに血を流したのだろう.
流す涙は正者だけである.そう今の私のように.
手向けの花を飾っても,結局はそいつしか救われず,そいつはなぜか涙を流す.
ああ死とは何とも恐ろしいことか.生を通すことが酷く難しいように死を受け入れることは何とも難い.
私が誰かを見つめることが酷く恐ろしい.
― 終 ―
部屋はとてもおどろおどろしい雰囲気で溢れていたな.息をするのもしんどかったよ.
これは僕が空気を読んだとか,そういうレベルの話じゃあないんだ.
恐らくだが部屋が僕を,そう彼女が僕をそうさせたんだ.
それくらいにあの部屋には魔力が溢れていたと,今なら思うね.
彼女は,読み終えた後に僕に聞いてきたんだ.
「死ぬのは怖い?」
「おいおい,正気か? 怖いから勘弁してくれよ.」
この時の僕は部屋にあてられて随分と参ってたんだ.
「死ぬのは怖いさ.見て見なよ.ほら.カップを持つ手が震えているだろう.」
「そう.これはね,ある騎士の物語よ.彼の意思がその命が潰える寸前まで,彼は悩みぬいた.それを彼自身が記録した本よ.」
そういうと,彼女は本を閉じた.部屋は僕と彼女しかいなかったから,驚くほどに静かだった.
それでもその本が閉じるのが聞こえないくらい,彼女は静かに本を閉じたんだ.
「彼はその後死んだわ,誰にも知られない場所で.だから彼の死など向こうの誰にも知らない.そしてこれはとても昔のお話.彼を知る人は誰もいない.」
少しの間をおいて,彼女は言ったんだ.
「そう,向こうで永遠に彼は死んだの.」
この時の彼女はとても凄みを感じたね.目の前から黒い風圧が来るように思えたんだ.
部屋の外から掛け時計の何時かを報せる音が聞こえてきたよ.とても不気味にね.