名前を知らない門番
自分と向き合いながら物語を書いていこうと思います.
目を開くと,目の前に男がいた.
この時僕はひどく落胆したんだ.
僕はここが明らかに現の場所じゃないとわかっていたんだ.
何でかって?そりゃ前に言った通りさ.
だとすればだ.
初めに会う人,あるいは何かはどうせなら現実からかけ離れている方が面白いに決まっている.
だのに,目の前にはただの男だった.そうだな,僕の親と同い年ぐらいだったろうか.
男は僕にこう言ったんだ.
「ついてこい.」
その一言を聞いた瞬間,僕の周りが「少しだけ」世界として形作られたんだ.
そう,大事なのは少しだけってことだ.
夢なんてそういうものだが,自分の周りの少しだけが世界になっているんだよな.歩いていくたびに驚くほど考えられた景色が広がるのに,遠くを見れば白塗りのキャンバスよりも真っ白なんだ.しかも景色の輪郭はクレヨンで塗ったみたいな掠れ方をしているのさ.
これでより一層,ここが夢であることが僕の中で確信した.本当は少し疑っていたんだ.
勿論現実ではないことは分かっていたけど,夢だという確証なんてなかっただろう?
夢以外の選択肢がなかったととしても,それ以外の選択肢が僕の中に少しでも存在していたんだ.
さて,男についていくと,急に周りの景色が森に変わった.
男は止まって僕に背を向けたままいった.
「このまま進むといい.」
最初に言えばよかったが,いや皆は当然分かっていたと思うが,僕は今の状況がとても不可解だった.
分からないまま進むのは当然恐ろしいことなのだ.だから僕は男に聞いたんだ.
「ここはどこで,先に何があるんだ.なあ教えてくれ.」
そう何回も僕は聞いたんだが,男はそれから何も話さなくなった.瞬きもしていなかったな.
とりあえず進むしかないと僕は思ったんだ.
肝心の案内人と言えばいいのか.彼がさっき言ったとおりだからね.
森の中は鳥の子一つもいない静けさだったよ.虫すらもいない.
ああそうだ,涼しかったよ.どうやら五感は全て感じられるようだった.
やがて,とても大きな木がある開けた場所についたんだ.樹齢が千年も超えそうな大きさだ.
普通はあり得ない,先に腐り落ちると思うだろうが,思い出してほしい.ここは夢の中だ.
大きな木にはほら穴が開いていて,その前には,そうだな,まるでどんぐりみたいな奴が立っていた.
この時僕は恐ろしかったね.さっきは人間で落胆していたがいざ目の前にするとやはり恐ろしくなった.
背丈は僕のおへそぐらいだったが,声はあの男とよく似ていたよ.
こういう不自然さはとても夢らしいなと思ったよ.
そして,どんぐりみたいな奴は,これからはどんぐりと呼ぼうか,こういったんだ.
「君は誰だい?それを教えてくれたらここを通してあげよう.」