深窓の令嬢
庭園を抜けると,遠くの休憩所のようなテラスのような場所で,一人の女性がいた.
もう予想がつくだろう? 彼女が「お嬢」だった.
ここで今まで出会った中で最ももっともらしい雰囲気だったよ.
今までの絵の具の混ざりかけみたいな世界とは違って,ただシンとその静謐さが伝わる場所だった.
この時に僕は分かったよ,当然.ここが正念場だってね.
ただ,目の前の景色に足が出なかったんだ.それ以上踏み込めない壁があるみたいだった.
遠くから,ティーカップをソーサーに置く高い音が響いた.
遠くで,強く置いたようにも思えないのにね.
「こちらへどうぞ.」
遠くからでもはっきりと聞こえたんだ.
その瞬間に目の前に感じた壁もなくなって,しかも「行かなければ」とそう思っていたんだ.
促されるままに僕はお嬢の正面に座った.
用意されていた紅茶は熱いのが分かるくらいに湯気が出ていたよ.
「楽しかったかしら? 夢の国の旅行は?」
透き通るような声だった.ああそうだ,彼女はつばの広い帽子を深くかぶっていたよ.
だから鼻から上を見ることはできなかったよ.
「楽しかった,ならよかったんだが.」
今思うと最悪だよ,僕は.君の前で話をすることができなくなっていたとしても可笑しくなかったね.
「あら,そう.私は楽しかったわ.お客様が来るというのは良いわね.」
そして彼女は紅茶を飲んだ.
けれどその紅茶はまだ並々に注がれていたままだった.
「ここには残らないのね.あなたも私と同じだと思ったのに.」
「残らないよ.あんたと同じだからこそ,帰るのさ.」
「そう.残念ね.」
意外とあっさり終わったもんだったね.
もう少しごたごたがあるのかと思っていたんだ.
「あなたは,向こうでは何者でもないでしょうに.ここなら何にだってなれるわ.」
「向こうでも何にだってなれるさ.ここが特別なんかじゃないのさ.あんたが此処をそうしたように,向こうも誰かがそうしたんだ.だから僕が此処にいてもどうせ何者にもなれないさ.此処も向こうも似たようなもんさ.」
彼女はここで何も言わなくなった.
知らぬ合間に彼女の紅茶は無くなっていた.
「いつでも待っているわ.ここは何になっても来れるところ.裏手に扉があるわ.そこからいけばこの夢も覚めるわよ.」
「・・・・・・.」
「あら,あれがホントだなんて思っていなかったでしょう?」
「いや,本当に怖かったんだ.」
「ふふ・・・.私は疲れてしまったけど,あなたはどうにかするのね・・・.」
そのあと彼女はただ僕を見送ってくれたんだ.
とてもいい人だったよ.
「やや,お帰りですな.」
扉の前にいたのは庭園の兵士だった.
「それでは,向かいましょう.一本道ですからね.」
兵士が扉を開けると,綺麗に2つに別れた道が地平の奥まで続いていたんだ.
僕は笑うしかなかったね.




