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ブラッティー・マリーの大失敗

作者: 詩音

初めて投稿する小説です。

今風のタイトルでも、文体でもありませんが、短編ですのでしばらくお付き合いいただけると助かります。

宜しくお願いします。

ブラッティー・マリーの大失敗/詩音




嫌い。

嫌い嫌い嫌い、大っ嫌い。アタシゃ埃っぽいのがだーい嫌い。

鼻の粘膜に強引に張り付こうとする太々しさと、あの纏わりつくような妙な感覚に耐えられない。

もちろん、耐えるつもりもないけど。

だいいち、自慢の白い肌にいいわけがない。

ついでに言うと、野郎共の汗臭い、男臭も好きではない。

シティのセンターステーションからさほど離れていないカチャコンパ・ストリートは、そんな臭いで溢れている。

両側2車線の道路は走る方向は決まっているはずなのに、エア・カーやら車輪付きのクラシカルな車が交通法規ナニソレ状態で走り回り、その隙間を人がすり抜けていく。夜の蒸し暑さからか苛立ったドライバーが激しくクラクションを鳴らし、それを聞いたどこかの馬鹿が答えるようにやり返す。

わりと広めの歩道にはけばけばしいネオンと、放置されたのではないかと思える看板。行き場の失った浮浪者と酔っ払い、そしてこれまた行き場を失ったガキ共がたむろしている。

あとは男に春を売る娼婦たち。たいてい2、3人で固まってストリートの男を値踏みしていた。

アタシゃ、こんな騒がしいのも嫌いだ。仕事じゃなきゃ来るもんか!

だって、街、汚いし。


何を売っているかわからない、怪しい薬局の角を曲がって、路地に入った。

路地の入口には、いつも見る酔っ払いのジジイ。アタシの方を見て何か聞き取れない声で呟いている。およそ酒か金でもくれと言っているのだろうが、相手にしない。する訳もない。

この手の酔っぱらいは、物取りも相手にはしない。意味がないからだ。

カチャコンパ・ストリートから入った路地は、人が横に4人並んで歩けば通りをふさいでしまう程度ものだ。その両サイドには大小無数の酒場が店を開いている。

サッチモ・アル・デ・バガス ― この辺り一帯でもかなり大きなハコ、酒場だ。

アタシの目的地はここ。

ニール星系時の言葉で「オレのケツを甞めろ」という事らしいが、誰が甞めるかっつーの。


サッチモの入り口には武装した屈強な体躯のマルメ人がいつも2人立っていた。

アタシらヒューマノイド系と違って、爬虫類系マルメ人はその体が鱗のような頑丈な皮膚で覆われていて、武装なんか必要ないんじゃないだろう―か?と、思えてしまう。

サッチモには何度も来ているが、このガードマンは顔見知りなのにニコリともしない。愛想ない事この上ない。こんないい女が、いや、そもそも、女に興味がないのだろうか?

ガードマンはちらっとドアのパスワード・キーに目をやった。

そこに無造作にパスワードを打ち込む。

しばらくすると、戦車のエネルギー弾でもはじき返すのではないかと思われる、分厚いスーパーチタン合金のドアが左右に開いた。

「うわっ。ウルさっ。しかも臭っ」

話し声、叫び声、怒鳴り声、そして好みでもない音楽が一気に耳の奥に流れ込んでくる。しかも、タバコとアルコールと何とも言えない人の匂いが、アタシの周りに纏わりついた。

「イヨ~、マリーじゃねえか!」

入り口から通路を抜けたところで、1人の男がアタシに話しかけてきた。

工作屋のジルだ。

この男にかかると子供のおもちゃみたいな銃が、正規軍真っ青の優秀な改造銃に変身する。機械工作については図抜けていて、ついた渾名が「工作屋」のジル。

ただし、性格はかなりいい加減だ。

「珍しいじゃねえか。1人か?」

「2人に見えるなら、家のベットで寝たら?」

アタシは相手にしない。

「いーね。だけど1人寝は辛い。どうだい?このあと俺と?」

「ハッ…仕事で来てんだよ。あんたの股間の改造ガンには興味ないね」

肩にかけられたジルの手を払いのけて歩き出しす。

馴れ馴れしいんじゃ、ボヶッ。

ジルは、まるで気にしていないように別のヤツと話し始めた。

人で溢れかえった店内を、すり抜けるように進む。

店のステージでは誰も聞いていないだろうに、グール人の生バンドがお世辞にもうまくない音楽をガチャガチャとかき鳴らしていた。テーブルではカードに興じる者、自分の武勇伝を酒の勢いで語る者で、隣の声が聞こえないくらい盛り上がっている。

その奥では、水たばこをふかしたチャベス人の女が優雅を気取っていた。

やっと目的のカウンターにたどり着いた。

「はあ…」

もう溜息しか、出ない。

「感謝祭前夜だからな」

「エルランド…」

アタシはカウンター越しに声をかけてきたサッチモのマスター、エルランドを見上げた。身長が2メートルを超え、岩のような筋肉の胸回りを持つ男は店内でもやはり目立つ。きれいに剃り上げた頭には昔のものなのか、くっきりと古傷が残り、無造作に伸ばした髭がそれなりに荒くれ者だったことを示している。

元は、アタシと同業のバウンティー・ハンター、賞金稼ぎだ。

「ハッ…ここの客が感謝なんて言葉知ってる訳ないっしょ」

フロアより一段高くなっているカウンターから、周りを見回す。

当局御用の常連や、ジャンキー、売人、娼婦。それはもう、法律のボーダーラインを浮いたり沈んだりしている連中の巣窟だ。

ただし、手配書の掛かった連中は顔を出さない。アタシらのようなのが出入りしているのを知っているからだ。手配書は生死を一切問わない。

それがここのルールだ。

「ホラよ」

エルランドが笑いながら大ジョッキにめいっぱいのニーダを注いだ。

「で、今日はなんだ?仕事上がりの一杯か?」

「まさか。これから仕事。ここでクライアントと待ち合わせ」

「へ?ここでか?」

「そう。人がたくさんいた方が落ち着くんだって」

「へー。酔狂な奴もいたもんだな…」

納得したような、してないような顔をして、客に一通り飲み物が行き渡り、店も落ち着いてきたのだろう、エルランドもニーダを口にした。

「しかしよぉ、マリー。その格好はどうかと思うんだがな?」

エルランドがアタシを見てボソッと言った。

「は?アタシの服が変だっての?」

「いや、変とは言わねえが、ハンターと言えども、クライアントと会う時はもうちょっと…露出をだな…」

エルランド、先輩ヅラするつもり?

「…有名なハンターも、引退すると老けるんだねぇ」

アタシは嫌味っぽく横目でエルランドを見ると、ジョッキのニーダを半分ほど流し込んだ。

おもしろくない。

アタシの服が変だって?

冗談じゃない。自慢じゃないが、このユニホームはナルラ製の特注品だ。

ヘソの少し上までしかないノースリーブの襟付き上着は、ジッパーで開閉可能だ。B90越えのアタシの豊かなバストを締め付ける事無く機能的に包む。ラジ星の極上シルクは白い柔肌に優しく、それでいて、アサルト・ナイフの衝撃を吸収し、低出力のエネルギー銃ならはじき返す優れモノ。腰のラインにぴったりとフィットするショー・トパンツの材質は上着と同じ。左右にアタシのシンボル・カラーの赤いラインが入っていて伸縮性抜群。格闘戦を得意とするアタシに合っている。

極めつけはブーツ。膝より少し短めのミドルブーツは耐電、耐寒仕様。つま先、踵、甲の部分にスーパーチタン合金が埋め込まれているのに、非常に軽い。カモシカのような自慢のしなやかな足から繰り出される得意の回し蹴りが決まれば、フルタイプのヘルメットの上からでも、簡単に頭蓋骨を砕くことができるのだ。

これらのユニホームが170センチない、アタシのボディを包む。背中まで届く軽くウェーブのかかった赤い髪と、炎のような真っ赤な瞳。1度キレると、周りを真っ赤な血の海に染めるまで暴れないと気が収まらない。

人呼んで、血染めの「ブラッティー・マリー」

バウンティー・ハンターのブラッティー・マリーだ

「いや、マリー、そうじゃなくてだな…」

エルランドはまだ何か言いたげにアタシの後ろの方に視線をやった。

「ヒィィィッ」

その瞬間、何かがアタシの豊かなおムネを揉みしだいた。 上着の下の隙間からスッと入ってきて。

アタシはブラなんか着けない。

ダイレクトに、ムニュっと。

「久しぶりだね~、マリイィィ~」

聞き覚えのある声に振り返ると、すぐ横にアリサの顔があった。

「だから言ったじゃないか…」

アタシに張り付くアリサに、エルランドがドン引きしている。 思いっきり体をほどくと、ようやくアリサは離れた。

アリサ・ローランド…私と同業でバウンティー・ハンター兼武器屋。武器の調達や、手配書のお尋ね者を追って何度か一緒に仕事をした事がある。

アタシより頭1つほど大きいアリサは、パワー系のハンターだ。普段はチャラいが仕事モードに入ると恐ろしいほど冷酷で、緻密になる。パートナとしては頼りになるが、癖がかなり強い。

「冷たいじゃないか、マリー。仲間だろう?」

長めの金髪を掻き上げ、アリサが笑う。

「人の胸を揉んでなに言ってる」

「ちょっとした挨拶じゃないか~」

アタシの横に陣取って、アリサはエルランドにニーダを求めた。

「きげん損ねたら謝るからさ~。そうだ、何なら私の体を好きにしても構わないよ~。知ってるだろ? 私が両方イケるって事」

「バーカ…」

話にならない。

「で…仕事かい?」

「人と待ち合わせ」

アリサと視線を合わせないで答える。

「そっか。で、ちょっと頼みごとがあるんだけど」

「なに?」

「コレ、買い取ってくれない?」

アリサはカウンターの上に大きなジュラルミンのケースが投げ出し、バチンと音がしてケースが開けられた。

少し曇った銀色の、銃が見える。

明らかに改造銃だ。

「イヤ~、参っちゃってさ~。客の野郎、注文しておきながらトンズラこきやがって…」

ブツブツ言いながら銃を組み立て始めるアリサ。

カウンターの向こうでエルランドの顔が青ざめ始めている。

「アリサ、それって…」

「うん?いいブツだろう?ちょっと手を加えた反陽子銃だよ~ん」

「は、反、陽子…」

「手に入れるの大変だったんだぜえ~。マリーだったらお友達価格で安くするからさぁ」

「バ、バカ野郎、そんなもの店に持ち込むな!」

「……大丈夫だよ、エルランド~。ちゃんとセーフティー掛かってるし、パワーゲージもミニマムだ」

顔の前で手をヒラヒラさせるアリサ。

「そういう問題じゃねえ!」

「なんだよ、エルランド~。もしかしてビビっちゃった?」

「ア…アリサ!」

エルランドの反応はもっともだった。一つ間違えば、この建物自体がまるまる吹っ飛んでしまう。

ちょうどその時、店の入り口の方がざわつき始めた。

喧嘩とか、ポリスのそれとかとも違う。

なんだコレ?という異質な感じ?

「ん?」

アタシたちと向き合っている形のエルランドが覗き込んだ。それに釣られてアタシたちも振り返る。

「☆×△□!」

「・・・・か!」

なんか声が甲高い。よく聞き取れないが、大人の声じゃない。

「・・・さん、いませんか!」

「なんだ?」

エルランドがカウンターから出てきた。一応、店を仕切っている以上トラブルは避けたいのだ。

「待ちやがれ!このクソガキ!」

「放してください。僕はここで人と会う約束をしているんです!」

さっき入り口で会った愛想のないマルメ人のガードマンが現れると、店の客がさっと引き、ようやく声の主の姿が現れた。

少年だ。

「待てって言ってんだろうが!」

「どうしてですか!ちゃんとパスワード・キーも入れたでしょ!何か問題でもあるんですか!」

「ガキの来るところじゃねえって言ってんだろう!」

腕をつかまれた少年が暴れているが、とても屈強なマルメ人にかなうわけがない。

「なんだい、アレ?」

「さあ?」

アリサがポカンとした顔で言う。アタシだって訳わかんない。

そりゃそーでしょ。だってこんな所、子供の来るところじゃない。

「やめろ!」

「ボス…」

カウンターから出てきたエルランドが割って入った。

店は客が皆壁際にひいて、フロア中央にエルランドとマルメ人のガードマン、そして少年という状態になった。

「なんだよ~コレ。何が始まんの~」

全くだ。場末の安っぽい劇場の一コマのようだ。

少年はマルメ人の手を振り払い、エルランドに向き直った。

「僕はマリアローズ・レイシア・ファンタムクライスという人を探してます。ご存知でしょうか?」

少年の凛とした声が店内に響き渡った。

静まりかえる店内。

と、一瞬の間をおいて、嘲笑と罵声が入り混じった歓声が沸き上がった。

アタシの横でアリサも手を叩きながら大笑いしている。

「何が可笑しいんですか!」

「ボウズ…」

エルランドが腰を屈め、少年の視線まで顔を落とした。

「ここには、そんな大層な名前を持ったヤツはいねえよ。よく見ろ。ここは悪人面が集まる酒場だ」

「そんな!だって…」

「アッハハハ。聞いたかよ、マリー!……レイシア…そんな貴族みたいな名前の人間、私は見た事がねーよwwww」

肩を震わして笑いを抑え込むアリサ。

アタシだって顔を赤くして、震えている。

「あっ!」

アリサがあまりに大げさに笑うものだから、少年はこっちに気が付いたのか、声を上げて駆け寄ってアタシの前で立ち止まった。

じょ、冗談じゃない。

面倒ごとはご免だ。

こっちに来るんじゃない!

「マリアローズ・レイシア・ファンタムクライスさんですね。僕、連絡したベンジャミン・マルローです」

・・・時間が止まった・・・

さっきまで、横で涙を流しながら笑っていたアリサは氷で固まったようになっている。

いや、アリサだけじゃない。エルランドも、店の客も、マルメ人のガードマンも。それまで少年に注がれていた視線は、今度は一気にアタシに流れた。

ベンジャミンと名乗った少年は、アタシを見てニコニコしている。

「マ…マ…リアローズ?」

アリサが静寂を破った。語尾を上げて、アタシに向かって問いかける。

「ハイ!僕が探してたのはこの人です。お待たせしてすみません。マリアローズさん!」

なんであんたが答えるんだ、ベンジャミン。

「お…おい…マリー…」

なんであんたが狼狽える、アリサ。

妙な時間と空気が流れた。

そしてその空気は堪え切れるものではなく…

「マリアローズは、アタシの本名だ…」

言った。とうとう言ってしまった。

マリアローズ・レイシア・ファンタムクライスはアタシの本名だ。

そうだ。それがなんか文句があるか?アタシがマリアローズだったとして、お日様が反対方向から上るとでも?

キレると辺りを血の海にしなければ気が済まない、とまで言われた「ブラッティー・マリー」が今さら、マリアローズなんてフリルのドレスしか着ないような名前を名乗れるわけがないじゃないか!

震えるアタシを見て、周りにはさらに凍り付いたような空気が漂っていた。ベンジャミンだけが無邪気な笑みを浮かべている。

羞恥プレイ…

こんなのまぎれもなく羞恥プレイだ。

だって、すべての視線がアタシに注がれている。

マリアローズなんて、アタシに似合うわけがない。だから名前を変えたのにこんな思いするとは想像もしていなかった。

しかし、ベンジャミンよ。なんであんたはアタシの本名を知ってる?

そしてヤバい事にベンジャミン。

あんたは、アタシの「どストライク」なんだ。

まずいな、コレ。どーしよ。




「ベンジャミン…」

「ベンでいいです」

「じゃあ、ベン。聞くよ」

「ええ、なんでもどうぞ」

強張った表情のアタシとは違い、ベンは相変わらずニコニコと笑っている。

カウンターのアタシの横に、渡された椅子を使ってベンが座っている。成り行き上、その場に居合わせたアリサがベンを挟んだ反対側に、カウンターの中にはエルランドが腕組みをして立っていた。

店内は元の騒がしさを取り戻していた。ただし、誰もがこちらの会話に聞き耳を立てている。アタシがマリアローズと呼ばれた事は、サッチモでは暫く消えない話のネタになる事は間違いないだろう。

「どうやって、アタシの本名を知ったんだ?」

「おう、それそれ。それは聞きたいねぇ。マリーがマリアローズだなんて、付き合いの長い私だって知らなかったんだから」

アリサが割って入る。うるさい。

だいたい付き合いも長くないし、友達でもない。

チラッと視線を送ると、アリサはアタシの意図を察したのか、ペロッと舌を出し肩をすくめて黙った。

「そんなの簡単です。ハンター協会のデータバンクにアクセスしました」

一応、協会に登録しないとバウンティー・ハンターとしての活動はできないので、登録はしてあるが、それも偽名だ。それをベンに告げると、

「そこから関連情報を抜き出し、解析し、最終的にはシティのマザーコンピューターをハッキングして照合しましたから、問題ありません」

イヤ、問題あるだろ、ソレ。

「やるなあ、ボウズ」

エルランドが感心したように、顎髭に手をやっている。アリサはドン引きしてベンを後ろから見ていた。

この子、アタマいい―

ベン…歳は10歳ぐらいか?

アリサとは違った質の金髪に、エメラルド・グリーンより深い色の瞳、少し赤みかがった頬ときゅっとしまった唇。鼻筋もすーっと通っている。

ヤバい。ヤバすぎる。

無茶苦茶好みだ。

ベンが椅子を使っているせいで、顔の位置が同じくらいになっている。気持ちが、顔に出でいないだろうか?

ああっ、誰もいなかったらギュッと抱きしめちゃうのに。

好きにしていいのよ、って耳元で囁いちゃうのに。

「おい、マリー。顔が赤いけど、どうかしたのか?」

「へ?いや、何でもない。何でもないよ、うん。大丈夫」

余計なことに気が付くな!エルランド。

「で、仕事の内容は?」

アタシは強引に話を自分の方に戻した。

「この間、母さんが亡くなり僕は1人になりました」

ベンは身寄りがない事を口にした。

瞳が若干潤み、口元をキュッと締めて、今にも涙がこぼれでそうとしているのを我慢している事がよくわかる。

ああっ!ダメ、堪らない。お母さんだと思って今すぐアタシの胸に飛び込んできてくれてもいいのよ!

「ドネル星には母さんの遠い親戚がいるので、そこを訪ねようと思って…」

「ドネルかぁ、ちょっと遠いね」

アリサが後ろからのぞき込む。ベンは肩を震わしながら小さくうなずいた。

ベン、遠い親戚より近くの他人なんだからね!

「それで荷物とか整理していたら、母さんの部屋からこんなものが…」

「?」

胸のポケットからベンは小さなデジタルカード取り出した。ちょっとしたディスプレイがついていて、通信も可能なようだが、通信機とは違い、今までアタシが見たことのないタイプだ。

「僕にはこれが何なのか、わかりません。でもこれを見つけて触っていたら変なとこに繋がって、男の人が出てきて…」

「その男の人が何かするの?」

「その人だけじゃないんです!なんか、武器を持った人がたくさん家にやってきて…も、もう、怖くて…」

「で、アタシのとこに?」

「男の人たちから逃げている時、シティのライブラリーに紛れ込んで…そこで…マリアローズさんなら僕を親戚の所へ逃がしてくれるかもって…」

「マリーね…」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっごめんなさい」

バウンティー・ハンターは主に手配犯を追いかけるが、何もそれだけやっているのではない。それだけでは食べていけないので、身辺護衛・調査なんかも請け負う。

ベン、完全に号泣。

泣き顔見るとちょっといじめたくなる。この後、ものすごく優しくする。これが手なずける常套手段だ。

「これは…ボウズがなんだか分からなくても、仕方ないな」

カウンター越しにエルランドがデジタルカードを手に取った。

「俺達でもめったに見ないシロモノだ、コイツは」

「へ~、エルランド。あんたには分かるのかい?」

いつの間にかアリサがカウンターの中に入り込み、カードを覗き込んだ。

カードを触ろうとするが、エルランドがそれをひょいとかわす。

「こいつは…タキオン・ファミリーのデジタルカードだ。それも幹部クラスのものだな」

「え?」

「タキオン・ファミリー?」

エルランドの周りでバタバタしていたアリサの動きがピタッと止まった。

アタシもベンとの視線を切って振り向く。

いや、アタシやアリサだけじゃない。店の客の誰もが一斉に、何かに弾かれたように振り向いた。

タキオン・ファミリーはこの星系一帯を縄張りとしているマフィアだ。暗殺・違法ドラッグ・営利誘拐など犯罪と名の付くものはすべて手を染める。いわゆる、悪の集団だ。このあたりの司法・行政にも巧みに取り入り、表に出る事無くファミリーの根を張り続けている。ファミリーの意向に沿わないモノは、容赦なく排除するため、警察組織でも迂闊には手か出せない。この間も、政府高官一家が惨殺されという事件を起こしたばかりだ。

アタシらハンター仲間でも小物は追っかけるが、ほとんど、アンタッチャブルに近い。

「なんでそんなものを…」

「わからん。しかし、幹部用のモノは確かだ。このカードにはデータベースとしてファミリーの犯罪記録が入っているはずだ」

エルランドの言葉に店内が凍り付いた。アタシを含めて、みんな引き攣った顔をしている。唯一、状況を理解していないベンを除いて。

「なあなあ、エルランド~。そのカードの点滅しているランプ、追尾装置じゃないか?」

ここにいる全員がギョッとした顔になるようなアリサの言葉が、更に追い打ちをかけた。

次の瞬間、ものすごい轟音と共に店内が激しく揺さぶられた。




通路側からものすごい煙が流れ込んでくる。

同時に、数人の男が低出力アサルト・ライフルをぶっ放しながら飛び込んできた。

店内に赤や黄色のビームが飛び交い、天井の安っぽいシャンデリアが落ち、怒声と悲鳴が響き渡る。

「マリー!」

エルランドの声と共に、アタシはベンの襟首をひっ捕まえてカウンターの中に飛び込んだ。同時に、カウンター内の棚の酒瓶が砕け散る。

間一髪!

ライフルでの攻撃は途絶えない。店にある全てのモノを破壊するまで止めるつもりはないようだ。

無数に交差するビームが、店内のあちこちを削っていく。その度に、どこかで誰かの悲鳴が上がる。

店内はあっという間に真っ白な煙で溢れた。

何も見えない。ヤバイよ、コレ。

「ちょっとナニ、どーなってんのよ!」

「ファミリーに決まってんだろうが!」

「ガ―ドマンは?」

「俺が知るか!」

「カードが狙い?」

「だろうな!それだけ重要なネタが入ってんだろうよ!」

そう叫びながらエルランドは旧式のショット・ガンに既に弾を込めている。

カード1枚でここまでやるなんて、絶対イカれてる!

エルランドがショットガンを構えてカウンター越しにめくら撃ちをしようとした瞬間、アサルト・ライフルのビームがカウンターをぶち抜いてきた。

「ウホッ」

寸でのところで躱すエルランド。

「ドンパチは嫌いじゃねえが、これはシャレにならねえ」

「どーすんのよ、エルランド!」

「どうするったって、こっちは袋の鼠だぜ」

苦虫を嚙み潰したような顔をしてエルランドがアタシの方を見ている

「マリー!ボウズは無事か!」

しまった…

エルランドの言葉にベンの存在を忘れていた自分に気がついた。

ベンは震え、頭を抱えて泣きじゃくっている。アタシの上着のジッパーがカウンターに飛び込んだ勢いで大きく開き、そこに顔をうずめて。

ヤバい。

こんな状況なのに、顔の形が崩れて、涎が垂れそうになる。

ベンの涙と涎と荒い息がアタシの胸を這い、ボディ全体へとその感覚が伝わっていく。

ああ…イイ! これ最高にイイ!

カイカン…子宮がキュンキュンするぞ。

ベン、あなたの体液も吐息もアタシのこの豊かなボディで全部受け止めてあげるからね。

いくらでもお泣き!

その代わり、すべての初めてはアタシのモノよ!

だいたい、タキオン・ファミリーが来なければドネル星まではアタシの宇宙船で2人でしっぽりとできたのだ。

そう考えると、無性に腹が立ってきた。

「マリー!スプリンクラーが動いたよ!煙が消える!援護するから突っ込んで!」

アリサの声がアタシを現実に引き戻した。

アリサを見ると、すでに例の「反陽子銃」を構えている。

うへぇ、あんなの使うの?

アタシを巻き込まないでよ!

3・2・1…GO!

アリサとタイミングを合わせて飛び出す。

その瞬間、アリサの反陽子銃が1人の男をを消し飛ばした。

格闘戦になれば、アタシの独壇場だ。

目の前に飛び出して来た最初の男はボディに1発入れるとピクリとも動かなくなった。

それを見た2人目は、ライフルを放り出し声を張り上げながらナイフを振りかざしてきたので軽く躱し掃腿かまして、倒れたところに肘打ち!3人目は…と思ったら、3人目はエルランドのショット・ガンが弾いていた。

ここまでくると、店内にいた客も其々の武器で応戦を始めていた。

ジワジワと、形勢は逆転しつつある。

ビームとビームが交差し、怒声と銃声が交差する。

さっきまで煙のあふれ出ていた通路から、武装した奴が何人か入ってきたがそんなの関係ない。入ってきたそばから殴り倒すだけ。

簡単なことだ。

アタシは、予想外の事に目の前で戸惑っている乱入者に得意の回し蹴りを決めてあげた。自慢のシューズで後頭部に決まった蹴りは、鈍い感触を残し、男は血を吐いてスローモーションゆっくりと崩れ落ちた。

リズムに乗ってきたぞ!

「そこまでだ!」

店内に、怒鳴り声が響いた。

なんで?

止めるの誰?

せっかくこれからなのに…

聞き覚えのあるダミ声にゆっくり振り返ると、そこにはポリスの署長、オライが立っていた。

「オライ…署長…」

「もういいだろう、マリー。勝負は着いた」

アタシの周りを2・30人の完全武装した警官隊が取り囲んでいる。これだけの騒動だ。さすがに通報 が入ったのだろう。

「マリーをこんなに暴れさせんなよ、めんどくせぇ。処理する側にもなってくれ。エルランドももう銃を下ろせ」

店を滅茶苦茶にされ、いきり立つエルランドにオライが声をかけた。

不満げにショット・ガンを下ろすエルランド。これは、仕方ない。

「まったく…感謝祭の前日にこんな騒動を起こしやがって…」

「署長、来るのおせーよ」

「仕方ないだろ、こんな日に騒動を起こすお前らが悪い。オイ!」

オライは転がっているタキオン・ファミリーの連中を連れ出すよう部下に指示したあと、ぐるりとアタシたちを見回した。嫌な目だ。

オライはカチャコンパ・ストリート一帯を取り仕切る、378分署のトップになる。

ジャンキーだ、売人だ、娼婦だと怪しい奴があふれかえるこの辺りが担当地域なのだから仕事は当然、ハードになる。

真面目にやっていれば。

アタシはこいつがキライだ。

アタシやアリサと同じヒューマノイド系なのに、脂ぎったうず黒い肌と魚のような目。スリムという言葉には程遠い、ぽてっと飛び出したお腹。おまけに吐く息も臭い。

こんな地域を仕切るのだから、まあ、立ち回りは上手いのだろうけど。

オライはアタシに一瞥くれると、ゆっくりと前へ歩き出した。

「ふーん、ずいぶん立派な銃だな、アリサ」

あちゃー、やっぱりそっちに行ったか…アレはやばい。明らかに違法改造銃だ。

「オライ署長~。こっちは正当防衛だよ~。変な詮索は勘弁してよ」

「アホか。ポリスは暇じゃねえ。そんな事は突っ込まねえよ。それより…ルガルは何処だ?」

ルガル?

誰だ、それは…

「居ただろうがよ。ガキのなりしたのが…ちゃんと、ネタは上がってんだ。隠すな」

ガキって…この店にいた子供はベンだけだ。オライ、ベンを探してたって訳か…という事はこいつもタキオン・ファミリーに繋がっているのか?

考えられない事もない。連中はそれぐらいやる。

アタシは焦った。

大事な王子様を、こんな脂ぎった中年親父に連れ去られてはたまったものではない。ここをうまく乗り切れば、2人っきりのしっぽり旅行が待っている。

「署長、居ましたぁ!」

アタシの心配をよそに、気の利かない警官が髪を掴んでカウンターの奥に隠れているベンを引き吊り出してきた。

恐怖心と涙でペンの顔はぐちゃぐちゃだ。

アタシの王子様になんてことする。殺すぞ!

「ベン!」

思わず口走る。

オライはそれを見逃さなかった。

「ベンだぁ?」

しまった。

「ははぁ。マリー、騙されたな」

「え?」

「こいつはルガルって言って、チンケな詐欺師だぜ。」

ニヤニヤと笑いながら近づいてくるオライ。

「え?詐欺師?」

「今回の一件だって、こいつがファミリーの下っ端をペテンにかけてカードを奪ったのが始まりだ」

「ウソ…」

アリサが身を乗り出す。あまりの事にアタシは声も出ない。

「大方、見てくれに騙されたんだろう?コイツはドゴ―星人で、こんなナリだが70を超えたジジイだぞ」

ドゴ―星人とは、成長してもだいたい10歳ぐらいの容姿でいる特殊体質の連中だ。

チョットマテ!

それじゃなにか?アタシは70のジジイをおムネに挟んで、子宮キュンキュンさせていたのか?

あんなことやこんなことを想像して、このボディをカイカンに震わせていたというのか?

「ジジイがお前の守備範囲だったなんて知らなかったぞ、マリアローズ」

オライの言葉に、アタシはゆっくりと天井が視界に入ってくるの確認した。

そのあとの事は、覚えていない。




あらかた騒動の片づけが終わった店内には、もう客は誰もいなかった。

カウンターの中のエルランドとニーダをあおる私とアリサを除いて。

「いや~、今回の事は仕方ないよ。マリアローズ」

「ウルサイ!その名前でアタシを呼ぶな!」

「だってさ~。ドゴ―星人なんて、私だって見たことないんだぜ。分からなくたって、無理ないよ」

「……」

失敗だ。今回は生きてきた中で、一番の大失敗だ。 本名はバレるし…王子様の事だって…

最悪の夜だ。

「しかし、知らなかったよ~。マリーがお子様が趣味だなんて」

「アリサ、やめとけ」

「だってよ~、エルランド。マリー、いい男、紹介しようか?」

「アリサ!」

「大切なお友達の為だ。筋骨隆々のマッチョマンから優男まで宇宙の果てからでも探しててくるさ」

自慢げなアリサ。

「ア…アタシは…」

「血の気の多いハンターが、実はショタコンだったなんて…二流の映画や小説じゃあるまいし。こんなしまらない話はないぜ~」

「アタシは汗臭い、泥臭い男の匂いが大っ嫌いなんだ!股間のガンを自慢げにぶら下げてホラホラいう奴なんて反吐がでる!」

「フッ…」

「なによ、その笑い!」

アタシはニーダのグラスをカウンターに叩きつけた。

「おい、マリー!」

エルランドの表情が曇る。

「エルランド、うるさい!アリサ!そこまで言うなら玉のような柔肌の美少年を見つけてこい!怯えて泣きそうな顔をさせてベットに連れ込んでやる!もちろん、一晩中寝かせるつもりはないけど♡」

「マリー、そいつは宇宙海賊の財宝を見つけるより難しいぜぇ~」

アリサが声をあげて笑う。

糞っ。

見つけてやる。絶対見つけてやる。

誰もがうらやむ宇宙一の紅顔可憐な美少年を。そして「お姉さま」と呼ばせて、潤んだ瞳と吐息を このボディ一杯に浴びてやるんだ。

みてろ!

ジョッキーのニーダをアタシは一気に飲み干した。

空いたジョッキーには薄笑いを浮かべているアリサの顔が映っている。

エルランドは、何も言わずアタシを見ていた。




ブラッティー・マリーの大失敗/終わり


つたない文章でしたが、いかがでしたでしょうか?

何かしらのコメント、感想をいただけると次回作の参考になります。

どうぞよろしくお願いします。

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