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第四話 勇者候補生の承認

004

 さあ、いよいよスキルを受ける時がきた。

 呼吸を整えて挑むぞ。



 ◇



 ──早速、僕は先生に教わった通りに実行して見た。

 


 緊張で震えだす手に汗が滲み出して、箱がドジョウを捕まえる時の様にヌルっと逃げて行く。

 誰も居ない部屋なのに辺りを見回しながら、僕は少し乱れた衣服を整える振りをして汗ばんだ手をそこで拭ってしまっていた。

 別にハンカチを忘れて来た訳でも無かったのに……。


 

 前以て準備してきた物や整理してきた気持ちなんてとっくに吹き飛んでしまっていた。

 勇者の候補生になったら、これからもこんな風に土壇場で形振り構わずにやって行く事が茶飯事になるのだと言うことが、ふと脳裏をかすめていた。



 いや、そんな事は今どうでもいい事だ。

 箱を開けて手順通りスキルを入手する事が先決である。


 

 「ようし! 今度こそ箱を開けるぞ……」


 

 

 ──気合を入れたので、箱が勢いよく開いた。 


 

 中から出て来たのは紫色の煙だった。

 煙の量は、小さな手持ち花火から出るそれと変わらなかったが、何とも毒々しい色だな。

 幸いなことに匂いは全くしなかった。

 無味無臭と言うやつだ。

 息を止めて開けた分けじゃないので、すでに幾らかは吸い込んでいたから解るのだ。

 

 

 誕生日のケーキのロウソクを一気に吹き消すと言う経験ならあるけど、煙を吸って部屋をクリーンな状態にするのって意外と大変そうだな。

 でもまあ、一度吸った煙は息を吐いても体内からは出て行かない様なので時間を掛ければ何とか片付ける事が出来た。

 午前7時20分頃だった。

 広場で名前を呼ばれたのが6時45分頃だったので、そこからこの煙を吸い終わるシーンに至るまでに要した時間が、約35分間になる。


 

 さあ、身体に熱っぽいものを感じたので、ポンポ先生を奥の小部屋から呼び出した。

 後は先生が何らかの最終チェックを済ませてくれれば、帰宅できる様なのだ。

 再び、僕の目の前に現れたポンポ先生に対し、丁重にお辞儀をしながら最後の指導を賜るべく、こう言った。



 「ポンポ先生! ご説明をよろしくお願いいたします」


 渾身の敬意を表したい。

 その思いから僕は90度のお辞儀をし、両手は真っ直ぐ伸ばし太ももの後ろへ添えていた。

 両足も踵を揃えて床の一点をただ見つめる。

 こういう時、目は閉じないんだ。

 相手が許可するまで姿勢を崩さないように。


 

 「──わしを呼んだか? いかにもわしはスキル神官である!」

 「……」


 

 それは死ぬほど存じておりますよ、先生。

 でもいよいよ最後の総仕上げっぽいから、聞かせて頂きますとも。

 こちらも姿勢を正せば、何とも言えない威厳に満ちた響きに聞こえる。

 

 スキル神官……そのような職種、生まれて初めて耳にしました。

 いま僕は感動と感銘という洗礼で目頭に熱いものが込み上げる寸前です。

 すでに号泣爆弾の導火線に火が付きましたわ。

 涙の授与式も決して嫌いではないです。

 むしろ記念撮影イベント追加希望っす。


 

 「──説明を求めたのはお前さん……ぞい。良く聞くがいい。スキル神官とは、この世のありとあらゆるスキルを発動する、しないの全権を持っておるのだ……ぞい。隣の部屋におる試験官はの、マグ……」

 「へっ!?」


 今しがた全身全霊の社交辞令のオンパレードで忠義を熱唱した心が吹っ飛んだ。

 僕の耳の記憶に間違いがないのなら、先生のその台詞は!

 それを感じ取った瞬間、僕は全身全霊のお辞儀を振り払って先生の顔を見た。


 うわっ! ポンポ先生ってば、何だかおめめが赤いぞ! 

 さては……!

 部屋へ戻って来るなり、聞き覚えのある講釈を再び始めようとしたので慌てて先生の言葉を遮る様に僕は声を大にして言った。

 


 「ポンポ先生!! ぼくですよ! ニルス・バオバーンです! ちゃんと目を覚まして下さい! スキルの取得が完了したようですので最終チェックの説……いいえ、スキルの名前などを教えて下さい!」



 おっと、危ない危ない。

 まだ寝ぼけているかも知れないのに、説明などと言おうものなら、またあの意味不明なリプレイタイムに突入するかも知れなかった……って言うか、あの台詞は定形の挨拶なのか? 


 もしかして希望者全員、同じ目に遭っているとか流石に無いよな? あは。

 いや今は人の事なんてどうでもいい。



 「……おお! そうじゃった、すまんすまん。ニルス君でまだ……77人目なんじゃよ。少し目を閉じていたらの、うたた寝をしてしまってのぉ」

 「お、お勤めご苦労様です。」


 やっぱり居眠りだったか!

 思い切って声を上げて良かったよ。

 普段から鈍い僕でもそれは気付くってば。


 「よくぞ、目を覚まさせてくれたの。いやいや感心、感心。感心じゃぞい!」



 ──断固、阻止しますわ! そんなもん!

 

 

 でもこんな早朝に100人以上の子供を相手に指導を交えながらの交流をしていれば、居眠りも有り得るだろうけど。

 大変だよな、スキルの箱から煙が出る度、別室で待って居なければならないとか。

 いや待てよ……煙だと吸い終わるのに早くても数分掛かる。

 僕で77人って、ちょいと計算が合わないけど考えていても仕方ないや。

 

 

 早いとこ、スキル名や発動方法を聞いて退散するとしますか。

 僕の貰ったスキル、一体どんな能力なんだろう。

 ちょっぴり期待している……。

 能力は、例え小さいものでも他の誰も持って居ないものだとしたら、相性もあるから強敵にだってひと泡吹かせる事も可能だし。フフフ。



 「……ところでお前さん、今なんと言ったのじゃ!? 

寝ぼけとったわしもわしじゃが聞き違いでないのなら、こう言いたいのじゃな? 与えられたスキルの名前が分からないと」



 先生の表情と声のトーンが先程までの優しい感じから遠ざかった気がした。


 

 「……」

 「……お前さんはまだ10歳だったのぉ、文字があまり得意では無いのかの?」

 「は?」

 「それではわしが代わりに読んでやろう。ほれ、箱の中にスキルについて記したメモが入れてあったはずじゃ。見せてみなさい……」



 「えっ?──」

 「──ほわいっ?」


 「いや、まさかとは思うがお前さん、箱を授けた時のわしの説明を聞き漏らしたのかの?」

 「ひっ……も、漏らしている様です! ご、ごめんなさい!」



 イケない! 

 またブレドラが災いしたようだ。

 ぼーっとしていたあの時だ! 

 不謹慎にも金無垢のスキル箱を売れば家が買える程とか涎を垂らしそうなほど甘い夢を一瞬だけ見てしまったあの時だ! 

 

 僕の空想癖(ブレドラ)というより、貧困層の僕らなら誰でもやっちゃいそうな事だ。

 いや試験だというのに油断した僕が悪い。

 なのでつい、お口が条件反射で正直に認めて謝ってしまっていた。

 ポンポ先生の寝ぼけ眼がまたあの切っ先鋭い鷹の眼に変わるのかと思うと、身震いをして思わず頭を下げていたのだ。否、下げさせられていたが正しいな。

 先生の偉大さが身に染みる。

 

 それと同時に下半身の方からも別の涎が漏れていたので、僕の身体はくの字に成ったままブルブルと震えていた。

 どうか、こっちの方のは気付かれません様に……。




 ◇


 

 「もう良い良い。そんなに身構えんでも、確認をしただけじゃ」

 

 先生の表情と声が今までに無いくらい和らいだ。

 僕はもう泣き出しそうなほど緊迫させられたり、ホッとさせられたりした。

 お会いした時のお叱りの性格から考えると身構えずには居られない。


 「メモは箱の中にあるが、あの箱はスキルを封印していた物じゃ。スキルの所有者が決まると箱は口を閉じるから気を付ける様にと言っておいたのだがの」


 う! そこの説明は完全に聞き逃していたようだ。


 いつも上の空で、僕みたいな人を怒らせるのが上手いだけの変な子供が相手でも先生は真剣に付き合ってくださる。

 時折、人様の傍にいるのが申し訳無くなることがあった。

 

 ポンポ先生からは不思議な匂いがするんだ。

 噛みついても遠ざかろうとしても結局、目の前に居てくれて泣かなくても良いように図らってくれているようなそんな気持ちにさせられている。

 ほら今だって、僕の目を一度しっかりと見てから所作に移るんだ。


 「スキルを回収する時も必要となる封印の箱じゃ。少し待っていなされ……」


 笑ってはいないけど怒っていないと知ったから、何だか顔が綻んで見えるんだ。




 ……でも良かった。

 今日は希望者が多かったお陰で色々と大目に見て下さっているのか。

 ポンポ先生の掌が金無垢の箱の上で青白く光るのが見えていた。

 暫くすると、ポンポ先生は空いた箱の中から掌サイズのメモを取り出すと僕に見せてこう言った。



 「文字が読めるのなら、読み上げて見なさい。所有者が声にして読み上げるか、このまま口の中に入れて飲み込むかすれば、身に付けたスキルに関しての知識に目覚めるでの!」



 そう促されて、メモに書かれた文字を読み上げようとすると、何故か言葉が喉に引っ掛かってしまった! 

 ……厳密に言えば、記されていた言葉の意味に引っ掛かっただけなのだが。


 

 何!? 

 このスキル名……。


 

 折角、ポンポ先生が両手の指の先でそのメモを摘まんで広げ、僕の方へわざわざ向けて下さっているので余り時間を取らせるのは失礼だと思って目を凝らして見るのだが……。



 何!? 

 この引き籠りに成りたくなる様なかっこ悪い言葉……。

 目を泳がせて茫然と立ち尽くす僕の耳にポンポ先生がダメ押しの一言を放り込んできた。



 「ニルス君、これはじゃな【絶対鈍感】と言うスキルじゃよ」


 

 「ぜったいどんかん……って、なんと言う情けない響きなのでしょうか……うぅ。何だか誰にも言えない様な恥ずかしい気持ちで一杯です」



 「何を言うのじゃ、これはハイクラスなスキルじゃぞい! ほれ、聞いた事くらいあるじゃろう絶対音感とか、ほれほれ、絶対零度とか。絶対系のスキルなど滅多にお目に掛かれる代物ではないぞい。良く聞くがいい、隣のマグニートは古代系の高位スキルじゃ。この世界にはの、絶対系、必殺系、伝説系、古代系、進化系とこれらの種は肩を並べる高位ハイクラスのスキルじゃぞい。外れスキルとは言え、誰に恥じる必要があるものか! 素直に喜ぶがいい……」



 

 うわおおおおおおおぉーー!!!

 

 


 そ、そんなにスゴかったのか! 

 ポンポ先生が詳しく力説して下さったので何か猛烈にテンション上がって来たあああああーー!! 

 GO TO バンザーーイッ!!



 「おめでとう! 絶対的な鈍感能力(・・・・・・・・)じゃ! 使えばこの世はパラダイスじゃ、ほっほっほ」

 「……いや、やっぱり……す、素直に喜べないんですけど……」



 ──ぜ、絶望的なブルー思考に囚われるのは何故だろう……あああぁ。



 「年頃の女子が大抵は囁く『絶対イケメン』とか、お笑いの神様の『絶対ウケる』とか、クマのぬいぐるみ抱いたら『絶対モフモフ』ならホッとするのですが……」


 

 「まだ言うか、この世界の五大高位スキルであるぞい! 絶対系であるぞい! 自慢して良いぞい! マグニートに匹敵する上に、ヤツは老兵になってから手にしおったのだ…。ニルス、10歳でそれを入手している者をわしは聞いた事がない! その若さから使いこなして行けば、間違いなく10年でヤツを越えるであろう……その絶対系を誇りに思うのじゃああああーーー!!!」


 

 「ぐわおおおおおおおおおおおおおおぉーー!!!

 スゲェ絶対系ーー!!! まじカッケェーー!!!」



 ポンポ先生の押しの強さは猛獣の咆哮の様な迫力にも似ていて、圧伏させられると言うか思わず口調を合わせて不承不承で、もう頷く他はなかった。



 「そうじゃぞい、中級や下級になると、回復系、移動系、探知系、同調シンクロ系、連携リンク系、補助系、等々ある。そこに絶対が付くと、絶対回復…もはや蘇生レベル、絶対移動…もはや海も山もすり抜けよう、絶対探知…大地の反対側も見抜く……。どうじゃ! この世の如何なるスキルも凌駕するのが五大高位じゃ。五大スキルも元々、比べようもない代物ぞい!」


 

 

 「さあ、もう行くが良い! 勇者候補生ニルス・バオバーンよ!」

 「は、はい! ありがとうございました! これにて失礼致します!」



 改めて、ポンポ先生にお辞儀をして、速やかに部屋から退室しようとする僕に、ポンポ先生が放った意外な一言で僕は心が洗われる思いがした。



 「──ご苦労じゃったの。ここでお前さんが経験した事は、その新調された靴底にも全て刻まれておる。スキルと言う能力だけに頼ることなく、陰で支えてくれる人の為にも、何事も簡単に諦めるでないぞい! 諦める心と闘う者こそ勇者ぞい。親御さんの真心に応えられる事が唯一あるとするなら、やせ我慢などでは無くそれは自分自身の求めた宝物ゆめを輝かせていくための戦いから目を背けない努力をする事だぞい! それが人生と言うものぞい…」



 ──僕は、目を見開いてポンポ先生を見つめた。



 ポンポ先生のあの鋭い目は僕が抱えた苦痛も悔しさもお見通しで、ちょっとした事ですぐに弱気になる性格をじっと見据えながらその実、温かく見守っていた。

 お叱りなどのつもりは最初から無く、全てはこの励ましの為の準備運動の様なものだったのだ。

 靴が新品である事にも既に着目していて親の労苦にも心を砕かれ、ましてやこれからの僕の未来への心掛けについても指南してくれた。


 

 これから強くなって上り調子の時もある、弱気になって下り坂の時もある、その時、他の誰かの言葉ひとつが心の支えとなるか否かは、諦める弱い心と常に向き合い闘っているかどうかだと言うのだ。

 そして、そんな人たちの真心に応えられる唯一の方法は、自分が見つけた宝物をさらに磨いて輝かせて行く為の努力を積み重ねる事だと説き、それが人生の目的であり、喜びであると励ましの指導で締め括ってくれたのだ。


 

 僕は、じんわりと涙目になり先生の顔を見つめた。

 先生の事がまるで福の神にさえ思えた。

 ポンポ先生がスキル神官としてくれたものは……勇者に成る為の教訓だったのかも知れない。


 もしかしたらスキルはそんな話を説く為に子供たちに配られたご褒美のおやつだったのかも知れないとさえ思えたのだ。

 お別れの際に見せてもらったポンポ先生の笑顔は、きっと僕の人生で咲かせる花の陽の光になるだろう。

 ポンポ先生にはまたいつかお会い出来る、そんな気がする。

 いや、そんな気持ちにさせる人柄だった。



 ──こうして、僕は晴れて勇者候補生の承認を受ける事が出来たのだ。

 万歳! したいけど……心の中で小さくガッツポーズをして退室した。

読んで下さってありがとう。

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