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第十八話 GO TEARS!

022

 

 まったく、相手はスライム一匹だぜ。


 それも俺達の見立てじゃLv1のスライムだ。

 凶悪な邪気はほとんど感知していない、奇跡的というか何とも珍しい大人しさ。


 当初は息遣いの荒さから、体液被害の懸念があったがそれは想定内だった。

 想定内の事だからこそSP(サポート)僧侶が付くのだ。



 彼の戦い振りから、俺達はてっきり勇者スキルありきで自信たっぷりに激しくぶつかって行ったものと考えていたんだ。


 それ故に静観していれば良いだけだった。

 気軽にスポーツ観戦でもするかのようにな。


 口出しできないのが俺達の前提ですが、彼が速攻で走り出し、豪快に敵を連打する姿には爽快感を覚え、思わずハッスルしてしまった。


 候補生の名を、バキと共に呼んでしまう程にな。



 そして彼は、とんでもない速度の連撃をスライムの頭上からぶちかまし続けた。

 おいおいアンタ、何かそいつに恨みでもあるのかと思ってしまう程の気迫でよ。


 気合の掛け声にしても、相手への威嚇とも取れるし、やる気満々の様子だった。

 スライムの弾力性は俺達には初歩的な知識だから、弾かれた時も驚きはないさ。


 ぼよーんと勢い良く飛ばされて地面に背中を預けるように転がったけど、程なく立ち上がり、再び奇声を上げて勇敢に突っ走って行くんだぜ! 十歳の子供がよ。



 そりゃ俺達に取っちゃザコだけど、戦闘経験ゼロの子がその戦い振りを十回も連続で繰り返しゃあ、誰だってスキルを使っているものと考えますよ。


 それなのにあの子ったら、自分のスキルが発動している自覚が無かったのだ!


 よくよく考えて見れば、魔物をマジで舐めているか……いや、あの殴打からすると敵を侮っているとは到底思えないのだ。


 それこそ親の仇か、彼女を取られた腹いせとしか思えぬぐらいに滅多打ちです。


 つまりは勝ちたい一心で、スキル無しの心境で彼は必死で魔物に喰らい付いていたって事だ。


 町の大人ですら、スライムに出会ってもその対処法を知らなければ、腰を抜かすか死んだふりをするしかないと言うのに。


 致死確認については、誰もが思うことだから答えてあげるのが礼儀である。


 


 俺達が彼のことを本気で合格に導くために心を動かした理由がここにあった。




 こういう馬鹿か正気か分からぬほど腹をくくって捨て身で戦う、君の様な体当たりの覚悟で動く人間がいつか人に勇気の連鎖をもたらすのだ。



 俺達は確かに魔物と戦う為の勇者だ。

 魔物を退けられなければ意味は無いかも知れない。

 スキルも使いこなし、戦略にも長けて行かねばならない。


 だが、根本は勇気なのだ。


 目的を果たす為にがむしゃらにそこに手を伸ばし続ける事のできる純粋な気持ち(ハート)が大事なのだ。


 何も持たない者が最前線で身体を張れば、仲間の士気を上げられる。


 まさに今の俺達がそうだ。


 無数の魔物との歴戦で誰もが感じる事は、僧侶が後方で支援するなら、前衛は死力を尽くさねば陣形が保てず敗退の一途を辿る。



 ◇



 ニルス、君の様な人を合格者に出来なければ、俺達は先生に(はりつけ)にされますよ。

 どうかそれだけはご勘弁を。



 さて、そうとなればニルスには単刀直入に聞くしか無いね。



 「コ、コホン。あー、ニルス君。君の受け取ったスキル能力はどういったモノなのか聞かせてください」


 「え? あの、良く分かりません。僕、すでに何か起こしていたのですか?」


 ああ! そうか。発揮している効果の実感がないから答えようが無いのか。



 「何かを発現していなければ、小さめと言ってもスライムの体当たり三発分のダメージどこに行くのよ?」


 「そう言われましても……ソウル・クロスにもまだ表示されてませんし、ポンポ先生に相談してはダメですか?」


 ダメよダメよダメなのよ! それはちょっと出来ない相談なのよ、ニルス君!

 俺達はまだ天に還る時を迎えたくないのよ、それだけはマジ勘弁!



 (お前の出番だな、バキ。こうなりゃ、スキル名を吐かせるしかない)


 (吐かせるだなんて、乱暴な言い方しないで下さいよ先輩)



 「あー、ニルス君。バキ先生が何か聞きたそうに君をじろじろ見ているね。質問の角度を変える様だ。なーんにも()()()()必要はないからね、正直になろう」


 (せ、先輩、返って警戒しますよ! スキルの話題なんですからぁ。まったくアナタって人はデリカシーの欠片もないのですか…)


 随分と冒険者をやって来たが、デリカシーの欠片なんぞ拾った事もないぞ。


 (俺はお前の言った、大船に乗ったぞ! 全てをお前に一任する。先輩命令だ)


 (もう先輩、それは奥の手ですよ、いいんスか?)



 何言ってんだコイツ、この八方塞がりで時間の余裕がない時にと思ったが、バキは俺に憧れてくれている可愛い後輩だ。どんな時でも先輩に可愛がられる後輩の(たしな)みだけは教えてやらねばならん。


 (バキよ。奥の手ってのは、先輩が上司や女の前で恥をかかない為に惜しみなく差し出す後輩の(たしな)みだっていつも言ってんだろ! 今出さずしていつ出すの?)


 フッ、決まったな。バキは今シビレているぞ、きっと。


 (……そ、そんなに俺のことを信頼してくださるんスね。もう迷いません)




 「ニルス君、ズバリ聞くよ。スキル名を教えて下さい。名前がヒントになっていることもあるから、打開策が見つけられると思うよ」


 「そ、それは……!」


 いきなり、そんな直球勝負をしてどうするのだ!

 ニルスが顔を真っ赤にして、モジモジし始めたじゃないか!


 忘れたのか、能力は凄いんだが名前で首を吊りたくなるケースもあったのを!

 貝のように口を開かなくなっては元も子もないぞ!


 バキ……お前は一度、食パンにからしマヨネーズで『おとしごろ』と書いて飲み込めば、そんな恥じらい(など)どこ吹く風だと信じ込まされ、先生に殺されかけたろ。

 餅じゃないから、丸飲みしろと言われて!




 「ニルス君! 良く聞いて。俺達も恥ずかしい名前のスキルもらって泣いた事もある。その苦い思い出を打ち明けるから、君も勇気を出してくれないかな?」


 「……」


 おお、そういう事か!

 なかなかやるでは無いか。憎いのおぬし、この色男が!

 ニルスもつぶらな瞳をキラキラさせて、コクリと小さく頷きおったわ!



 「このルク先輩が少年時代に授かったスキル名が【絶対セクハラ小僧(こぞう)】と言うんですが」


 「セ、セ、セクハラですか?」


 おお、ノオオオオ────────!!!

 それを出すんかいノオオオ─────!!!


 「すごく恥ずかしいですね。能力はどう発揮させたのですか?」



 ニルスが興味津々で聞いているぅ──!

 人のは聞きたいんかぁ──!!


 (おい、バキどういうことだってばよ! 俺の戦後最大の古傷じゃねえか!)


 少年時代の純情を根こそぎ強奪された、あん時の──



 (パスを出すと言いましたよ。船に乗りましたよね俺達。先ずは先輩()からね)


 「先ずは先輩のからです。張り切ってどうぞ!」


 (なんで、張り切らにゃならんの?)


 (乗り越えたんだよ、ってアピールっすよ)


 (……ああ、そーですかっ!)


 

 「では、手短に話す。敵に向かって、小便もらしてんじゃね? と言うと相手は否定するが、俺がうわっ!と脅かすと、そいつは漏らすんだ。ウンチもらしてんじゃね? と言うと断固否定するが、うわっ!と大声で脅すと、マジで漏らす。やーい、漏らしたやーい!と言ってとどめを刺すと精神的苦痛でそいつ泣く! そういう能力です、うう」


 ニルスがドン引きじゃないか!?


 (先輩つづけてつづけて)


 「なにが恥ずかしいかと言えば、小僧ネタなんだぁー! うう」


 涙がとまらねえ──!

 

 「ポンポ先生になぜコレ作ったのか聞いたら、敵は嫌な技いっぱい使ってくるのにこちらは使えないのは悔しかろうだって。勇者が使う能力じゃないと抗議して、俺が延々(えんえん)泣いたわ」



 ()()()()()()()()()()()()()()──! ぐごがごぶぼびぼ※だどべー!

 


 「スキルはその後、外してもらえたけど、半年後だったよ。その時の後遺症か知らんけど、今でも人様に向けて小便……言うてしまうんだ悪気はないんだ。うう」


 (さあ、お次はバキの番だ、張り切っていってみようや)


 

 「物凄いですね。僕なら勇者、引退しています。ルク先輩ありがとう!」


 「え? なんですって」


 (ニルスが仲間になりたそうに俺を見ているぅう)


 (どうやら勇気を出すようです。やっぱ先輩は凄いですね!)

 

 (お前、うまく免れたな……)


 

 「僕、ポンポ先生に【絶対鈍感】と言われたんです」


 おお、ニルスが何かを吹っ切った。

 何とも発表しづらい名前だな。幼いのに可愛そうにな。

 俺達は中二の夏だったからな。笑うことも出来たがな、実際は。



 「鈍感の絶対系か……。大体は見えて来たな、バキ」


 「ニルス君も薄々気付いているかも知れないが、それ多分、自動発動型だよ」


 「その説明で合ってはいると俺も思うけど。

 自分で感じ取るまで、皆より時間がかかるタイプだ。ニルス、君の能力は絶対的

 な鈍さだから身体にはダメージたらふく受けているんだ」


 「……!?」


 「その、ダメージを君が認識することは出来ないのかも知れない。君の中では絶対だから消化したのか、ずっと後からじわじわ出て来るのかまだ分からないが、その前に大回復させとけば問題ないでしょう」


 (俺の見立てはこうなんだが、バキはどう思う?)


 (俺もそうだと思います。今日の所はしっかり様子を見て、後日、先生に相談しましょう先輩!)



 バキも賛同してくれるのなら、安心だ。



 「あと、ニルス。スライムのことだけど、能力には範囲があるから君が近くにいるので、スライムにも効果が適用されているとしか考えられないよ」


 「なるほど、一理あるな。バキの言う通りなら、スライムから距離を置けば三千発分の大ダメージだな。そうと判れば、試すだけだな」


 ふふ。ニルスのやつ、さっき泣いていたカラスがもう笑っている。

 良かったな、一件落着!



 ニルスの為にバキは早速、封印を解きスライムも放した。

 

 戦闘を再開した。

 ニルスは十メートル以上離れて様子を見た。


 スライムがドッカーン、ドッカーン、ドッカーン!

 スライムの身体から凄い威力の爆発音と爆風が巻き起こった。

 半径百メートルの地平をなぎ倒し、スライム自体は一度煎餅みたいに平になってからその反動で真上に向かってすっ飛んでいった。


 やはりバキの読み通り、ダメージの過度の蓄積がスライムの身体にあった!

 ニルスのスキルは、結果的にダメージの蓄積という能力になると判明。

 しかも基本は、痛みに超絶鈍いため相手に気付かれないまま強烈ダメージを叩き込めるのだ。


 工夫次第で攻防に優れたスキル能力となるだろう。


 天空めがけて第一弾。上空、百メートル。そこから続けて爆音を立てた。

 真上にドッカーン! 第三弾まで上空、三百メートル打ちあがった。

 まるで打ち上げ花火のように遥か上空で絵に描いたように砕け散った。



 派手に退けたけど、一匹のカウントですコレ。

 休憩を入れずに残り二匹の課題も要領を得て達成しました。

 後の戦闘では軽く百叩きで充分だった。


 これが勇者の高位スキルだ。

 やっぱり、初回クエストなんて楽勝でした。



 ◇



 「ニルス、開始前に友人と居たな。君の理解者なら是非とも教えてやって欲しい事がある……」


 うん? どうしたバキ。


 「能力の名前はヘタッピだけど、ポンポ先生がいなければ世界の誰も強くなれなかった。俺達はこの変名スキルのことを山あり谷ありで多くの涙を知った所から、ティアーズと呼んでいた。それをいつまでも誇りに思って生きるんだ」


 「バキ先輩、超かっこいい! ティアーズ。ぼ、僕……いつかみんなとPT組んだらティアーズというチーム名にしたいです!」



 (バキ。おいしい所をもっていくのう、俺にも言わせろ)



 「強くなれ、もっともっと。俺達もいつの日かニルスがリーダーのティアーズに合流するよ。皆がそこへ入りたくなるように願って、GO(ゴー) TEARS(ティアーズ)!と名付けよう! 決して泣き虫なんかの意味じゃないぞ、『涙を分かつ者達』だ!」


 「俺達のはもうあるんだ、GO(ゴー) FIGHT(ファイト)!だ」



 「俺達がまたいつの日か合流することがあれば、同盟としよう。それから、出会った仲間は大切にするんだぞ」



 ◇



 本日、一日目の二試合目でニルスは、初回クエストを達成しました。

 続けて、三匹目までを達成して、勇者専用のアイテムボックスの携帯ポーチをゲットした。


 本件の任務はこれで終了だ。ニルス、勇者候補生試験、合格おめでとう!



 「サポート・パーティーを解散とします。お疲れ様でした」



 訓練所で出会ったバキとルクに見送られ、ニルスは、モグリン達の待つ練習場のカフェへと足を運んで行った。


 どの様な経緯でクリアに至ったかを自慢したいのか、装備品はまだ返さずそのままで歩いて行ったのだ。


 

 スキルの事、全クリアの事、GO(ゴー) TEARS(ティアーズ)!の事。



 ニルスの心は、前日の夜に両親からプレゼントされた靴を手にした時よりも、何だかずっと力強い希望の光で輝いている様でもあった。



読んで下さってありがとう。不定期更新です。

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