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第十七話 ふたりの GO FIGHT!

021

 

 「どうするかは君次第だよ。焦らずとも、あと六日もあるのだし」


 ルクの、焦る事などないとの言葉を聞くニルスだが、その表情は迷いに満ちていた。


 「先輩、ごめんなさい。後日からのやり直しはやっぱり悔しいです。このまま続行でお願いします」


 首を軽く左右に振り、蒼白な顔を上げ、迷いを断つように言った。


 ニルス自身も勢いだけでどうにかなる任務ではないことを、すでに実感している様子だった。


 魔物がこの状況下で眠るとか無いのは分かっていながら、心に焦りだけが増えていく一方の状況から早く抜け出したい気持ちが、口をついて出て来た弱音であることも……


 誰よりも、戦っていた自分が分かっていたのだろう。




 「ニルス、一旦休憩を取ろう。手当をして、一試合を終了としよう。手当の間は話ができる。あのスライムも逃げたりはさせないから。一度、身体の具合を診させてください」


 ルクは涼しい眼差しで、手を差し伸べるように優しい言葉を心掛けた。


 「は、はい」


 ニルスは、ルクの目を通して安らぎに出会ったように目を見開き、明るく素直に応じた。


 そうとなるとバキは、ニルスも含めて封印術の内側に潜んだ。


 外部からは目視で三人がそこに居る事を確認できない。匂いすら消していた。

 戦闘中のスライムにも気付かれる事なく周囲に結界を張り、誰の目にも触れぬように、また遠くへも行けない様に計らい見失わずに済む様に配慮した。


 ニルスも安心してその場に座り込んだ。


 「どれどれ。うん? 装備品は丈夫なものを勧めたが、あれだけの回数飛ばされて、これと言って外傷が見受けられない。それどころか心配していた炎症すら受けていないようだ……これは一体?」



 ルクがニルスの身体を隈なく触診した。

 ルクは何やら疑問符を匂わす言葉を口にする。

 防具も外して見ようかと、ニルスの装備品に手を掛けて問う。



 「ニルス? どこか痛む所は無いのか? かすり傷ひとつも無いなんて」


 「え? そう言われれば、不思議と痛みなんて感じませんが。きっと草原で土も柔らかいお陰ではないかと? ところで炎症って何のことです?」


 逆に、ニルスが不思議そうに訪ね返した。



 「ルク先輩、それは!」


 「あ、いや……バキ、物の弾みだ。いや治療上の質問だ。どのみち挑み続けるなら避けられぬ、教えても構わんだろう」


 バキが、気まずそうな雰囲気でルクの言葉に割り込みの声を入れた。


 「物の弾みですか? ま、そこは先輩の判断にお任せしますよ」


 物の弾みかと疑う言葉ながらも、バキの顔はうっすらと微笑んでいた。

 二人のやり取りを目と耳で追いながら、ニルスがどぎまぎしていた。



 「ニルス、あまり時間をかけて居られないので、手短に答えるが。スライムというのは、興奮状態にあったりすると息遣いが荒くなる。そこは動物と同じだ。そうするとヤツは体液に刺激物が流れ出て、人が触れると蜂に刺されたようなヒドい腫れや炎症が出たりするのだ」


 「へえ! つまり魔物はテンション上がるとヤバいってことですね」

 

 「お、飲み込みが早いな。それはそうと、君はスライムの体当たり攻撃をどの程度の代物とイメージしているんだ? 誰かに教わったことはないのか?」


 ルクが状況の確認がてら、バキが制止したスライムの特徴となる情報を明かすとニルスがするりと理解したので、次の質問に移った。


 「どの程度と言われても戦いは未経験だったし、それを教わった覚えは……」


 ルクは、スライムの特徴を治療上の会話として進め、更にスライムの体当たりの威力イメージが出来ているかと、ニルスに問う。


 ニルスはこれまでに戦闘経験はなく、どうも心当たりが無さそうな雰囲気。


 

 「では、質問の角度を変えるよ。世界のどの国でもペットの飼育を禁止してはいないが、君の町ではその話題は出たことが無いのかな?」


 「あ!」


 ルクが質問の仕方を変えて見ると、ニルスは何か心当たりがあるような反応を示した。


 「ぼ、僕……以前、子犬を飼っていて迷子のまま捜索を打ち切られたんです」


 「おお、そうか。それはさぞかし大捜索が始まったことだろうな」


 ニルスの言葉を想定していたように、ルクはそれでどうしたと言わんばかりの言葉をスッと添えた。



 「はっ! そうだった、魔物の突進で町の防壁にヒビが入った歴史を捜索隊のおじさんたちに聞かされていました! そ、それってまさかスライムなの!?」


 想い出の中のワンシーンに、ルクの質問の答えを導き出したニルスは驚きの声をルク達に向けていた。

 そう、そのまさかの魔物がスライムなのだと、二人の先輩がコクリと頷いた。

 

 

 「ニルス、敵は大小いるが、大きめのヤツなら二十回も体当たりすれば防壁ドッカンだ。小さめのが君の相手で体当たりこそされていないが、十回も弾き飛ばされて地面に放り投げられたら、一回の体当たりに相当すると言ってよい」


 「えっ! うそでしょ先輩?」


 ルクの説明に耳を疑うニルスだった。

 


 「要するに、君は無傷だ。これについては、どうやら身に覚えが無いようだな」

 

 ルクは、さらにニルスが耳を疑い戸惑う言葉を口にしていた。


 「み、身に覚えがって?! それは一体どういう意味ですか?」



 ルクは、バキと顔を見合わせると、呆れた様子で両手の平を広げて見せた。



 「ニルス。俺からも聞かせて欲しいんだが、君の勇者スキルはどうなってんの? 俺達はてっきり何らかのスキル操作してるのかと思っていたんだが。ペットの話を思い出したのなら町の防壁に魔物がなぜ体当たりをしたのか思い当たるよね?」


 今度はバキが質問をするのだが、スキルの事もだが、ペットの事件で何を思い当たるのかとニルスはしばらく首を傾げていたが、



 「あ!」

 「た、たしか迷子の動物が死んで、頭から血を流したからだったと思います」


 ふと思い出したように、ニルスが発言すると。



 「正確には、血の匂いの事だ。君が何度も弾き飛ばされたので手傷を負っているのなら、あのスライムは元より、興奮気味だったから体当たりをして来ても不思議じゃない。その上、三千発は殴られているのにだぞ!?」

 (これを現時点で不自然に思わないのが、まだ子供なんですかね)

 


 「普通なら不思議でしかないし、寝とるか死んどるかと言うだろな。だが、ニルス君がすでに勇者スキルでその不思議さをかき消していると考えるのが、俺達の見立ての普通ですわ」

 (こっちが混乱しそうで、おかしな言葉がでよったわ)


 バキは、魔物は血の匂いで更に興奮して匂いの出どころに突進してくるはずだと指摘し、そこに数千発の打撃を受けているなら怒り出さない訳が無いと言うのだ。


 続いてルクも、自分たちの見立てが正しいのなら、ニルスに向かってあのスライムが突進して来ない訳が無いと分析していた。


 しかしながらそこは、何かしらの勇者スキルの恩恵があるなら、その疑問符を簡単に否定できる要因になる為、先輩たちはその部分が解せない分けだ。

 勇者スキルはクエスト受注前に配られて、今回の候補生は皆スキル持ちと知れているのだから。


 ニルスが何度も二人を頼り、果ては涙目で恨めしそうに見た時、スキルを有していてもその結果に至る場合もあって、戦い振りから見受けるにニルスの気合の掛け声が無くなった辺りで、そうなるのかも知れない事も念頭に置いていたはずの二人は、SPの立場からその泣き言にアプローチする事は本来の措置のケースからは外れる事を周知していたのに。


 ならば本来の措置とはどの様なものかと言えば、候補生を条件達成できるまで戦わせ、深い手傷を負うなら速やかに傍へ行き、ほぼ無言で治療。一日三度の治療で強制終了だ。

 そして治療の都度、静かに問うだけだ『続行可能か?』と。

 候補生は【YES/NO】で返答するだけ。七日間、その繰り返しである。


 シンプルだが、非情なまでに厳しい。


 それなのにバキとルクは、例外的な措置を取ったという事だ。


 スキルを手にした初心者が陥りやすいミスを経験者の彼らの観点から考察して、もしかしたら、まだ使いこなせてはいないのかもと睨んでいた通りの展開に至って、あちゃ~となっただけなのに。


 だとすれば何故、二人はこうもニルスに肩入れをしたのか?



 ◇



 バキはルクに対し、ニルスの三十回目の立ち上がりに『彼は意外とやりますね』と言ったのも、勇者スキルを駆使しての事と踏まえる背景があっての事だった。

 それでも他の候補生がどうであれ、ニルスの戦いへの熱意や意気込みに感じ入って、賞賛の声を掛けてやりたくなっていたのだ。


 それがどうだろう、その後、二度ほど弾き飛ばされた時だ。

 魔物が眠っていないかと、まじまじと言って来て、そんなわけ無いでしょうと冗談っぽく返してやると、目を潤ませて恨めしやーと挫けた心の表れか。


 まあ、だからと言って特別扱いがまかり通るかと言えば、そうは問屋が卸さないのが勇者の訓練所である。

 しかし、子供の泣いてすがる姿に鞭を打つわけにも行かず、ルクは彼にルールの話で相談という進路に切り替えたのだった。

 

 その相談内容ならルール違反でもなかったのだが、ニルスは少し考えた様だが、焦りが止まずにそのまま続けたい意思を示した。

 放って置いてもどのみち負傷すれば、回復を入れれば一試合目を終了とするのだから、休憩を促して、スライムを逃がさぬ約束で傷の手当てをしながら話を、と。



 二人は、ニルスに一旦、頭を冷やしてもらおうと傷の手当を勧めた。

 バキも、ルクも同様に確認しておきたい事ができた様であったのだ。


 ならば、確認するしか無い。


 二人は、ニルスがルールの話で思案している間に、そっとこんな言葉を交わしていた。



 「なあ、バキよ。今回はアバン先生の付与スキルで候補生を輩出しようの巻だぜ。このまま、俺達がSPに就いていながらみすみす彼を挫けさせて良いものか?」


 「良いわけないですよ先輩、子供大好きアバン先生に睨まれるの俺達っすよ。二度と自分の自由で立ちションできない身体にされますよ」


 「やっぱ、そうなるわな。そうと決まれば彼の自尊心を傷つけぬように、バレないようにしねえといけましぇん。だが、バキよ加勢はできぬぞ、辺りにはハイクラスの警備員が配属されている」


 「そんなの駄目に決まってます。情報を与えて行くんですよ。うちらの独り言とでも言ってね先輩! でも先ずは彼のスキルがどういうモノか確認からですね」


 「問題はそこですわ。アバン先生のこったぁ、安直ネームで脳内ダメージ喰らう犠牲者数知れずだわ」


 「そんな時は俺がうまくパスを出して処理しますから、大船に乗ったつもりでゴーファイツ! ですよ先輩」


 そのような訳で、二人が何やら GO FIGHT(ゴーファイツ)! と相成った。 



 ◇



 ニルスは必死に合格に向けて頑張っていたが、壁を感じている様でもあった。

 過酷さ故の涙を堪え切れず、あきらめ半分の弱音を先輩達に晒してしまった。


 二人の先輩は、別に同情するわけではなく、何やら自分たちの保身の為にニルスをがっつりサポートしていく様だ。

 しかし、ニルスのスキル能力が明確でない今は、そこから探りを開始するような口振りであった。

 

 二人は経験者であるし、ニルスの在り得ない身体の状態と言い、スライムの不自然な反応と言い、何か心当たりも持っている様だった。

 

 どうやらそれらを探って、ニルスに気付かせて自信を取り戻させようとの試みが始まろうとしている。



 よもやスライム一匹でここまで苦労し、心痛を抱く展開が待っていようとはニルスをはじめ、先輩二人も、もしかすると想定さえもしてなかったのかも知れない。

 




読んで下さってありがとう。不定期更新ですが、宜しくお願い致します。

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