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第十六話 目覚めの悪い朝

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 さて、いよいよ初めての戦闘となり、ニルスが二人の助役と共にクエストに挑戦という運びと相成った。


 身長百三十センチ程のニルスの前に、現れたスライムは縦横に五十センチぐらいの風船体型をしていた。

 

 ほぼ球体。


 ニルスは少しばかり冷や汗をかいて、固唾を呑んで思っていた。


 「こ、これでほんとに小型のスライムなの!?」


 それが十歳の子供が目の当たりにする魔物の感想。

 身の丈はニルスの半分とは言え、全体的に見れば野生のイノシシに出会った様なもの。


 戦闘の準備段階での助役の会話からすると、スライムは体当たりが特技だという情報がニルスの脳裏に浮かんでいた。

 このまま、出会い頭に突進して来るのなら、取りあえず教わった通りに盾で防ぎながらカウンターに持って行ければ上出来なのだが。


 

 ◇



 「まずいな、今日のヤツはやけにテンションが高ぶっているようだ」


 ニルスの後方、五メートルに封印術で身を潜めていたバキが呟いた。


 「どのみち俺達は、口出しは出来やしない。これも候補生の運ってことさ」


 バキの洩らした呟きに対し、ルクがそう答えた。


 救護班(助役)の二人は、傷の手当しか担当できない。

 候補生がどんな目に遭っていようが何も指示を出してはならないのだ。

 それがこの試験の主題の狙いだからだ。


 「分かっているよルク。見守っていこう」


 「バキ、ルールの再確認が必要か? 傷の手当てを一回すれば、その時点で一試合終了だ。三試合したと俺達が見なした場合、その日の訓練は強制終了させる。そして七日が……」


 「──ああ、分かっているって。俺達は俺達の任務を遂行するまでだって事は」


 そして七日が初回クエストの期限だと言いかけるルクの言葉を遮って、バキは逸る気持ちを自ら抑えたのだ。


 ニルスが戦闘に突入するまでは、二人ともニルスには『ちゃっちゃと終わらせよう』などと、軽々しく声をかけていたのに、魔物の息遣いが荒くなっている様子を感覚で読み取ったのか、静観している筈の二人が実況をするかの様に言葉を交わし出したのだ。


 

 「うおおおーー!!」


 そんな二人の密かな会話があるとは露ほども知らないニルスが、スライム目掛けて気合の掛け声とともに走り出していた。


 勇敢に魔物に立ち向かっていくニルスの姿が、二人の目を見開かせた。


 「ニルス!!!」


 大人の心配など他所に、ニルスの中ではしっかり戦いのゴングが鳴っていたことを認識させられた二人は、思わず少年の名を興奮気味に同時に口にしていた。



 戦闘開始より、十秒後。

 ニルスの先制攻撃によるダッシュの結果、スライムとの距離わずか0.5メートルに到達。

 手にした(ひのき)棒をめいっぱい振りかざし、力の限りスライムの頭部を殴打する逞しいニルスの勇姿が見えた。


 ニルス自体もスライムを見た瞬間は、戸惑う様子も見せていたが、戦いぶりからすれば、この戦闘スタイルを事前に決めていたことが窺える。



 「そうか! 先制攻撃で速攻、相手が来る前に距離を詰めてしまえば、ニルスの方が背が高いため、体当たりしづらくなる、と判断したか」


 バキが状況説明をし始めた。


 「うむ。そこから一気に百叩きにしてしまう事で相手を怯ませられれば、さらに追い打ちをかけて同様の繰り返し攻撃で、相手が逃げ出す可能性が出てくるな」


 ルクも形勢の続きを予測し、言葉を突き出してきた。


 ルクの予想通りに行くのなら、スライムを早くも一匹退けられたという成果が得られ、クエストはその時点でクリアとなるだろう。



「んがっはああぁーー!!」


 どさーっ!


 次の瞬間だった、ニルスの身体が草原の上に投げ出されるように、仰向けに押し倒されていた。


 スライムからの距離、およそ五メートル。

 戦闘を開始した直後よりも後方に弾き飛ばされて、地面を少し転がされたニルスが、身体に受けた衝撃からかその苦痛の声を空間に轟かせた。



 これは、スライムの方からのカウンター攻撃でも受けたのだろうか。



 「うーん。体当たりによるスライムの反撃では無さそうだ」


 「ああ、連打による反動で弾かれたのだ。ヤツの身体の特徴のひとつには驚異的な弾力性があるが、それだけは実践の中で身をもって知るしか無い。さて、お次はどう出る」



 スライムの身体が弾力性に優れていることは周知の事実のようだが、そのことをニルスがどこまで認識して掌握して行けるかは、この訓練で明らかになるだろう。

 

 バキは反撃ではないと判断し、ルクはどうやらニルスが速攻で突っ込んで行ったまでは良かったが、その勢いのまま一気に叩き伏せようとした狙いが、この結果に繋がったと言うのだ。


 スライムの体質の弾力性はゴムのようなもでその塊を、強く握りしめていた棒で力一杯、太鼓のように激しく叩く行為を繰り返した。


 一度叩き付けただけでも、同様の結果をすぐに招いたのかも知れないが、ニルスがまだ非力だった為、何度も殴打できてしまう状況に至っただけなのだ。


 そうなるとスライムにそれだけの打撃に対する耐久性があって、ニルスの攻撃は一見すれば猛攻のようだが、実質はパンパンとリズム良く肩たたきをしてやっただけのサービス営業でしかない。



 さあ、次はどう出るのかとルクは涼しい目で楽観的に語る。



 「ほらな、何も案ずることは無いだろう。バキ」


 「お、おう!」


 ぐったりしていたニルスの様子から、ずっと目線を外さないバキに掛けられたルクの一言は、バキの声のトーンを明るくさせた。


 二人ともじっと見ていた。

 ニルスが力を振り絞って立ち上がる姿を。


 立ち上がると同時によーいドン!

 ニルスはまた全力で走り出して行った。

 スライム目掛けて再度、気合の雄たけびを上げて!


 バキは軽くガッツポーズをした。

 「そうだ行け、その意気だ! 負傷なんか恐れるな」


 バキがSP(サポート)の立場を忘れがちに候補生の応援に熱を入れ始める。

 だが、怪我など恐れるな、俺達がいる!

 立場を忘れたわけでは無い。SPなら誰でも候補生を全力で応援する。

 SPは応援団でもあるのだから。


 

 ◇



 その後もニルスは、目の前のスライムに敢然と立ち向かった。何度も何度もめげることもなく。

 三回、五回、十回と、同様の展開がバキとルクの見守る中、繰り広げられた。


 その度に弾き返されようとも、このバトルの勝利だけは落とせない!

 そんな決意の表れがうかがえた。

 時間にして開始より数分の経過であった。

 たった数分だが、ニルスにとってはあまりにも過酷で苦痛な時間のようだ。


 果たして、スライムにはダメージを与えられているのか?

 ニルスの表情は少しずつ暗くなっていっている様だった。




 「くっ。こんな棒っ切れじゃビクともしないのか、あいつ? 一体どうすればいいんだ。あのスライム、ちっとも動かないぞ。逃げる素振りもない。……痛がる様子もない」


 

 十回目に弾かれたニルスが、地面に方膝をつき、立ちあがりながら敵を真っ直ぐ見つめて、そう呟いた。

 あんなに必死に攻撃をしたのに。これで何百発たたき込んだのかと、息を切らせてお手上げなのかと嘆くように声をもらした。


 そして……


 ニルスは、後方に潜んで待機しているだろう二人の方に目配せをしていた。

 二人もニルスの心境を察していたが、ニルスに近づき姿を現すことはしない様だ。


 しかし、ニルスは


 「先輩! 手伝えないのは分かっていますが、あれだけ攻撃をしたのです。実は、もう死んでるとかは無いのですか? 確認をしてもらえないでしょうか」


 このニルスの問いかけに後方の二人は、確認作業に入るどころか躊躇(ためら)いもせず


 「生命反応はあるよ。死んでなんかいないので続行してください」


 そう告げた。


 更に数分の時が流れて、ニルスがスライムに弾かれること二十回となった。

 ニルスの先輩への致死確認。


 先輩の返事は相変わらず

 「……死んで無いので続行してください」



 更に数分の経過で、ニルスは三十回も弾かれた。

 そろそろ、喉の渇きも感じるようになったのか、ニルスは喉をゴクリと鳴らしていた。

 

 「ルク、彼は意外とやりますね?」

 「そーだな。三十回、弾かれても立ち向かって行きおったが、もう掛け声が限界か」


 立ち向かっては弾かれ、弾かれては立ちあがる。

 ニルスの見せる戦闘意欲に対する賞賛か、少しずつ持ち上げるような会話をする二人。


 三十一回目のアタックになると最早、気合の掛け声すら聞こえない。


 それでも敵を叩くために走り出す、彼のひたむきな姿に声援のひとつも送れないもどかしさから、その会話をバキの方から切り出した様だ。


 大きな声援をニルスに向けてしてやりたいが、例年の事がある。

 そのためのSP(サポート)増員なのだから。


 魔物に勘付かれでもすれば、どこからともなく仲間を呼び寄せる特技もある事を踏まえて、配慮しなければならない立場を忘れるわけにはいかない。


 SPに当たる勇者は中級以上の戦闘力を具えていることが慣例だった。

 勇者の訓練所の近辺警護も、受付の係員も上級に当たる補佐官で占められていた。

 訓練所内に生息する魔物は元々、この近辺で群れを成していたもの。

 それを広域に金網で囲い、訓練所として開拓したものだ。


 決して多くの魔物を捕獲して、この場で放し飼いにしている訳ではないのだ。

 訓練所として魔物と接する人間を増やすことが、どれほど危険な考えであるか先輩勇者たちが知らなかったなんて言い訳で許されるはずもない。


 

 ◇



 「──先輩! そこに居ますか? あいつ死んでないなら眠ってるんじゃないですか? 確認をおねがいします」


 三十二回目の地面に寝転がったニルスが、二人に魔物の居眠り説を唱えた。



 「はあ!? 眠るって……お前さんに棒で百叩き三十一回、かれこれ三千発を超える数で頭をタコ殴り喰らったやつが居眠りなんぞすると、()()()()思うのか」


 呆れた口調でルクが答えた。


 「まあ、そう思いたい気持ちも分からないでもないが。……ニ、ニルス君?」

 

 君の気持は分かると優しく言葉を添えたルクの目には……、

 二人のことをうるうると涙目で恨めしそうに見つめる、ニルスが居た。


 


 あちゃ~。


 助役の二人を恨まないようにと補佐官に重ねて忠告を受けて、元気よく笑顔で敬礼までして返事をしていたあのニルスは、ここには居ないようだ。


 「ルク先輩、ニルス君が起き上がり、恨めしそうにこちらを見ていますよ」

 バキはルクにそっと耳打ちをした。


 「やっぱ、そうなるわな。あれだけやって敵さんがビクともしなけりゃな」

 ルクもヒソヒソと言い返した。


 やれやれ、仕方ないな。ルクはそう言いたげな顔でニルスに、ある提案をした。



 「ニルス、今回のルールの話で相談をしたいと思います。よく聞いてくださいね」


 「は、はい」


 ルクにそう言われたニルスの表情に少し明るみが灯ったようだった。


 

 「君の初任務の期限は七日。一日に三試合です。つまり合計、二十一試合の権利が君にはある。敵が眠っているかの確認はできるが、それには君に本日の三試合分を放棄してもらって、訓練所から退場してもらわねばならない」


 「……」

 沈黙をするニルスに対し、ルクは更に語る。



 「要するに、居眠りを確認する方法があるのだが、それを君に見せられないって事なんです。俺達が直接スライム突っついて良いわけないし、どのみち今戦っているあのスライムは諦めなきゃならない。ここまで戦って、つまらない確認の為に次の日、別のヤツで君が良いんなら引き受けてあげますよ。どうですか?」



 「……」


 ニルスは、嫌な夢を見たときの目覚めの悪い朝にみせる、なんとも言えない仏頂面(ぶっちょうづら)を二人の先輩に晒していた。



読んで下さってありがとう。不定期更新です。

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