第十五話 戦闘準備
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話の舞台は、ニルスが候補生になった日に戻ります。
いよいよ勇者候補生としても、その人生においても、初となる戦闘経験の場へ足を踏み入れる事となったニルス。
◇
勇者訓練所の入り口で、初回クエストの手続き等の受付を済ませた候補生たちが、頑丈に張り巡らされた金網の内側へ、順次流れ込んで来た。
そこに、待ちかねていた様子のサポート役の武官(以下、SP)達がいた。
候補生は、受けていた説明通りにSPに見守られながら、クエスト達成に向けて四苦八苦することになる。
「さて、俺達が子守をするのは、どれほどの頑張り屋さんだろうな」
「ふっ。今年は、あのお方が特化スキルを配布したんだ、いかに子供だろうと、Lv1スライム相手に何を頑張る必要があるのよ?」
「ま、それもそうだな。そんじゃバキ、回復は俺に任せて、お前さんはスライムが群れない様に見張り役でもしておいてくださいな」
「ああ、そっちは任せてくれ。ここの訓練所は広域で、魔物を放し飼いにしている数が少々気になっていたんだ」
候補生のSPとして、ウルタの町の勇者訓練所に配属されている中に、バキとルクの両名もいた。
2人は、ありきたりの雑談でもするかの様に気さくに言葉を交わしていた。
やがて、お互いの役割分担を決め出した。ルクが候補生の傷の手当を担当し、バキは候補生に対し、魔物が一度に複数攻撃をしない様に見張りを担当する。
つまり、悪い前例に倣って、前年の二の舞を踏ませない準備も担っていると言うことだ。
魔物たちが、いかなる理由で人間界に居座るのか、どうして年々数を増していくのか等の研究は各国で行われており議論もあるが、その詳細はまだ明らかになっていない点が多い。
だが、間違いなく何らかの生態データは得られているようだ。
前年に今回のような対処がなかったのは、魔物が人の顔を覚えて追跡してくることから知能が猿並みにあることが判明していながらも、その対処法が明確に訓練のルールに検討されていなかった為だ。
魔物が急増した為、急きょ実施された低年齢勇者の候補生制度が導入されたのは近年のことだ。
ヤンくんの一件が報告されるまで、例年通りの厳しいルールが用いられていたのだった。
何せ、魔物の軍勢と戦う勇者を輩出するのに、生ぬるいルールでは法案が通らなかったのが各国の現状だったからだ。
今年はSPが二人いる。低年齢制度に合わせたルール改変である。
1人が手当てを、もう1人が配布されたクエスト内容の遂行に妨害が加わらない様に善処するために増員されたものだ。
そうこうしているうちに、入り口からやって来た4人の少年の姿が見えた。
「ニルス。俺達は早朝から来ていて、ここの手続きも済ませているから、SPもすでに予約済みだ」
「お前も、SPが付いたら速攻で戦闘に入れ! ガンガン進めてクリアしたら、昼食を例のカフェで取ろう。まだ教えてやりたい事があるんだ」
「モグリンもナーチも、覚えたスキルを早く試したくてウズウズしているみたいだな。ニルスも魔物と対峙すれば、嫌でもスキルが発現するから、がんばれよ!」
モグリン、ナーチ、バブチの3人が、初心のニルスに向けてわくわく気分で声を発した。
できたばかりの3人の友達に励ましをもらったニルスは、デレっとした表情を浮かべていた。
3人の言いぐさだと魔物の脅威などは眼中になく、スキルさえあれば楽勝できる気分で満ち溢れている様だった。
ニルスも、彼らの軽快な雰囲気にほだされたのか、クエスト任務を軽い気持ちで受け止めて、その表情が緩んでいったのだ。
その様子をじっと窺う視線があった。
「おい、ナーチ、バブチ……。俺達に監視の目が光っているみたいだぞ」
モグリンが傍の2人にそっと漏らす様に言った。
「ああ、そうみたいだな。2人いるな。姿が見えないが、<ソウル・クロス>の地図内に反応がある」
どうやら3人は、アズ補佐官のリンクスキル、<ソウル・クロス>を展開しながら、辺りをチェックしていた様だ。
そこに4人以外の人影があり、少しずつ会話中の4人に接近する動きを見せていたのだ。
もし、魔物なら人とは異なる細胞検出により、赤い色の点で表示される事を彼らは知っていたから、監視の目の相手が人であると判断した様だった。
そして、敵意もなく様子を窺うだけの動きと、気配を消して近づく事やこの場所の意味から考えて、SPの待機員であるとの答えを導き出した様だ。
「ニルス、ここも一応、魔物の出る戦場だ。常に地図感知を展開し、用心を怠るんじゃないぞ」
3人は、ニルスに得意気に指導をした。
彼らから、そうアドバイスを受けたニルスは、<ソウル・クロス>を使い、目視で確認作業に入った。
「何故、僕達を窺っているんだろう」
ニルスが素朴な疑問を抱くと、モグリンたちは
「おそらく候補生を待っているSPなんだよ。SPの数も限られているから、空きがあるのかも知れないからニルス、予約をお願いするチャンスだぞ」
「よし! ここは、こちらからお近づきになって、SPを獲得するんだ。サポート無しじゃ、クエストに突入できないからな」
モグリンが強気で、そう発言した。
彼の言う事が正しい。ニルスは早速、自分たちを陰から窺う武官らしき2人に近づき、声を上げて交渉をしに行った。
当然のことながら一人で駆け出していった。
「おはようございます! 僕はニルスです! 隠れておられる様ですが、サポート要員であるのなら僕のSPを担当して頂けないでしょうか? よろしくお願いいたします!」
ニルスは元気な声で挨拶をしたあと、用件を率直に伝えて見た。
地図感知で確認すると、この辺りに隠れているはずと見当をつけてやって来た場所で足を止め、ニルスは周囲に注意を払いながら、丁重に頭を下げて待って居た。
辺りは雑草が生い茂っていた。
遠目には森林も見えている場所だったが、開けた草原が続く訓練に適した野だった。
ニルスの元気な声が空間に響くと、それに共鳴するようにザザザっと足元の草が素早く不自然な風になびきだした。
前方の草間から、かすかに霧が立ち込めてきて、バアっとつむじ風が一気に舞い上がった。
「うわ!」
ニルスは、ただならぬ気配に顔を上げて、音のする方向に目を凝らしていた。
辺りには、名もなき雑草しか生えてなかったのに、目を疑うような無数の木の葉が旋風とともに舞い散り、それに身を包むように突如、眼前に現れた2人の若い男性の姿に目を白黒させるニルスだった。
現れた2人は、影の者を連想させる漆黒の忍び装束という身軽そうな出で立ちをしていた。
マフラーかスカーフかひらひらと風にそよぐ布切れが、首に、手首にと巻き付いているのが印象的だった。
この炎天下の夏にそのような布帯巻いて、涼しい顔をしているのが不思議なくらいだったが。それが返って不気味な存在と強さを表している様でもあった。
「ニルスと言ったか。いかにも俺達はサポート僧侶だ。そなたの願いは俺達が叶えてやる」
現れた男達は、やはりSPだった。
ニルスの願いは、この2人が聞き入れてくれる様だ。
「やあ、ニルス。俺は回復役のルクだ。隣のやつはバキ。封印術が得意なやつでかくれんぼをしていたら、お前さんに見つかったって訳さ。ビビッて小便もらしてねぇだろな?」
「……」
これまでに会って来た補佐官たちは、礼節を重んじる人格者のイメージがあったが、ここで出くわした2人は、それらとは遠い感じのならず者風の口振りだった。
「驚きはしましたが……漏らしてなんかいません。しょ、小便いうな!」
頬を赤らめてニルスは返事を返した。
相手がどんな口調であろうと目上には礼を尽くす。
いつでもポンポ先生が見ているつもりで振舞った。(小便はセクハラだから別)
「なら良い。早速だが、我々も忙しい身でな、クエスト遂行に行ってもらいたいのだが、お前さん、そんなピクニックにでも出かけるような軽装で大丈夫か?」
ルクが、ニルスの出で立ちを見て心配そうに言った。
「本日、この訓練所に来た連中は、大抵そんな格好をしていたが、スキルを受けたせいか魔物との戦闘を甘く見ている節がある。お前さんも、そのクチか?」
封印術という得体の知れない術で、ドロンと目の前に現れた2人が詰めいる様に真面目な顔つきで言うものだから、ニルスは思わず、
「は、初めての経験で右も左も分からずにいます。お薦めの装備があればご享受ください」
と、恐縮して言ってしまった。
たった今、ルクがニルスに説明したように、皆、スキルのお陰で魔物を舐めたような服装だと分かったと言うのに、だ。
少年ニルスの人柄が純粋?で真面目で少し臆病だと、つくづく実感できる場面でもあった。
しかし、このことが後々にとんでもない事態を招き入れる事になろうとは、今は誰の知る所でもなかった。
◇
「ほう! 感心だな。貸し出している装備品は、どれも初心者向けの物だ。どれも革製品で軽くて丈夫。胸当てと靴と籠手くらいで良かろう。他の部位もあるが、これ以上は返って重荷となるかな」
ルクは、この様にアドバイスをしてくれた。
「いやいや、ルクよ。スライムは体当たりをしてくるのが有名だ。バックラーも必要だと思うぜ。ニルス、盾はこちらからの体当たりにも転じられるぞ」
バキは、そう言って盾の装備も薦めてきた。
盾を装備するのならば、剣も装備したいと思うのが少年の心というものだろうと、更に気遣いをして、武器の方も見繕ってやった。
初心者の剣として名が挙がるのは銅の剣。
だが子供のニルスには割と重さがあり、残念ながらこれ以上は身体にかかる負荷が大きいと判断し、断念。檜の棒を手に取る様に薦めたのだ。
ニルスは訓練場の装備品倉庫に潜り、2人に言われた通り、絵に描いた様に装備を整えて出て来た。
おまけに頭部には、疾風を感じさせる青い盗賊風のバンダナを巻いていた。
装備品は、全体的に爽やかな青っぽい色を選んできたようだ。
「お、やるじゃん。良い格好だ! 戦いに臨む勇者って感じが出ているぞ!」
バキが褒め上げると
「うんうん、頭部もオシャレに決めちゃって、これで小便洩らさずに済むわな」
からかう様な相槌を入れるルクに
「ですから……しょ、小便いうな! 恥ずかしい」
「なかなか威勢がいいじゃないか、その意気だ、ニルス!」
ニルスも、2人にそう持ち上げられる様に言われて、まんざらでもなかった。
瞳にキラリとやる気が光っていた。
「ところで先輩たち、受付の時に補佐官が紹介してくれたお二人では?」
ふと、ニルスが質問をする。
名前まで確認していなかったが、その時は補佐官に礼を尽くすことに精一杯だった為、顔と風貌になんとなく見覚えがあった事ぐらいしか、思い出せないですがと、2人に伝えると
「まあ、そうだったかも知れんが、候補生は沢山いるからな。まあでも、改めて宜しく頼みますってところだな」
(なんだ、記憶力と注意力は、そこそこあるみたいだな。あれからずっと見守っていたが、時折、ぽーっとする子だとも思っていたんだがな、バキよ)
(いや俺は、そういう子の方が見守り甲斐があって、楽しいと思いますよ)
ニルスの質問に対して、とぼける様な素振りで答える2人は、そっと耳打ちで会話をした。
「あ、そうですね。先輩こちらこそ、よろしくお願いしまーす」
候補生を試すような行動を繰り返しながら、彼らも任務を楽しんでいたのかも知れない。
ニルスも、それなら良かったと安心したように、軽快な返事を返した。
これで戦いの準備は整った。
◇
「さあ、まずは1匹目のスライムだ! 勇者スキルもある事だし、ちゃっちゃと終わらせていこうぜ、ニルス!」
サポート役のルクとバキは、いっちょう派手にやってくれ! と言わんばかりにニルスに戦闘の号令をかけた。
意気込みを見せるニルスの前に、1匹のスライムが現れた。
読んで下さってありがとう。不定期更新ですが、宜しくお願い致します。