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第十四話 勇者の話が聞きたい

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 魔物は空から降って来た。


 ◇



 ──その昔、魔力を持つ人間は異端(いたん)種として差別を受けていた。富と領土を持つ人間たちは、魔力のない者こそが清らかで正義なのだという一方的な主張と、心無い偏見(へんけん)で少数派の魔法使いたちとひどく対立をしていた。

 

 魔力人は、魔法王を中心指導者として「王都マグニスタ」という国を一つ、大自然豊かな森林地帯の(ちゅう)(ふく)に築いていた。


 人間たちも王国を多数建国(けんこく)していたが、対立が激化(げきか)すると王族の居住区を(てい)()と改名し、帝都を中心とした王族と貴族と人民による「連邦(れんぽう)帝国軍ドラグニール」を築き上げ、王都軍征伐により一層の力を注いでいた。

 

 いかに魔力を(ゆう)すると言えど、地上の全ての人間が相手では、王都はいつも苦戦を()いられるばかりだった。


 地上の全人間が一億人いるとすれば、魔法使いの数は一万人程度だった。

 それでいて(なお)、人間たちは多国籍(たこくせき)軍の結成を(はか)り、戦力の底上げをしなければ王都陥落(かんらく)への道のりは険しいものとなっている状況だった。


 数では、圧倒(あっとう)的に人間が有利。しかし、王都付近の森林に徒党(ととう)を組んで近づこうものなら、彼らの持つ異能力(ギフト)で返り()ちに()う。


 魔法使いたちには、人間たちを制圧(せいあつ)する意思など無いのだが、偏見による不当な差別に苦しんでいたのだ。

 多勢が正義であると説く傲慢(ごうまん)な人間たちが居住区に進撃して来るから、(いた)(かた)なく応戦しているだけなのだ。


 それでも魔法使いは強い。


 攻め入る騎兵(きへい)弓兵(きゅうへい)軍勢(ぐんぜい)をいつも、大砲並みの威力(いりょく)の魔法剣の一太刀(ひとたち)()ぎ払い、一掃(いっそう)する。


 自然災害に見られるような、竜巻や突風(とっぷう)、目も開けられないほどの強大な砂塵(さじん)を自在に渦巻(うずま)かせる、その能力で居住(きょじゅう)区は鉄壁(てっぺき)(ほこ)っていた。


 しかし彼らも人間とは少し異なる種族というだけで、家族もあり、食卓を囲み、娯楽(ごらく)(きょう)じ、言葉も礼節(れいせつ)(たしな)む。

 人間と()して変わりのない暮らし向きだ。



 だが、差別による絶え間ない中傷、世界の片隅(かたすみ)へと理不尽(りふじん)に追いやられた心の(きず)は、涙()くして語れるものでは無かった。


 理解が得られない苦しみの末、国など持たぬ種族が国を立ち上げ、応戦しながら、()まない苦痛、無駄に血を流す事だけを()いられる悲しみ、その心中(しんちゅう)はいつも()()れていた。



 強い彼らの苦戦とは、重なる心の痛みが生み出していく遺恨(いこん)の数に他ならない。



 その(いか)りが頂点(ちょうてん)に達するにつれ、姿こそ人であろうと言われるがままの怪物へと変貌(へんぼう)していくのではないかとの、屈辱(くつじょく)の恐怖心が(つの)っていくのだった。


 

 人間たちは、常に言いがかり的な物言いをしてきた。

 それは、異能力(ギフト)を持つ彼らへの人間たちの嫉妬(しっと)だったのかも知れない。

 

 人間たちは弱い者をさらに叩き苦しめることで、自分たちの弱さを(なぐさ)めようとしているのか。


 いや、人間たちにとって魔力は目に見えない恐怖だったのかも知れない。


 人間の良からぬ想像が、臆病さゆえの威嚇(いかく)ぐせが、無知(むち)ゆえの傲慢(ごうまん)さが、目に見えない恐怖へと()り立てられ、その己自身に(つぶ)されていく弱さを素直に受け入れられなくて、次々と差別の心を生み出したとも考えられた。



 差別の心は、人々の暮らしの(かげ)で口々に(やまい)のように伝染(でんせん)していくものだ。


 

 魔法使いたちは常々(つねづね)、こうも考えていた。


 善良な心を苦しめる心無い(うわさ)とは、流行(はや)(やまい)の様なものだ。

 生活環境の裕福さや貧困(ひんこん)は関係ないのだ。

 自分たちの生活に直接関係ない者に、仲間たちと身近な不満をぶつけることで、()しき快楽(かいらく)優越(ゆうえつ)(しょう)じる。


 自分たちの不遇(ふぐう)の闇を少数の異形(いけい)の者や環境(かんきょう)のせいにできれば、日々の生活で胸に(たま)った鬱憤(ストレス)()き出すことは(かな)うだろう。


 だが、それは一時的な苦悩の解消法でしかない事に、なかなか気付けないのがこの病の怖さなのだ。


 だからと言って病と戦わねば、(みにく)い差別の毒素はやがて、あらゆる生命に侵蝕(しんしょく)の根を()ろす事となるのは、その痛みの体現者である彼ら魔法使いたちにとっても、世界の行く末を(あん)じての議題(ぎだい)の中でも、すでに明白(めいはく)となっていた。


 故に戦争が生まれる。


 だが、争いの中にあっても、和解(わかい)に向けての智慧(ちえ)の言葉のやり取りが人類共存には必要不可欠。


 いつの日か(めぐ)りくると信じながら、願いの和解の時に(そな)えて、異なる認識の暴走を平和を愛する理念の知性で制御(せいぎょ)しつつ、(とな)える理想に転換(てんかん)していくために、人々の弱い心に巣食(すく)障魔(しょうま)との戦いも魔法使いたちは重要()して、話し合おうとしてきたのだ。


 王都から、帝都への心の和解案を(したた)めた書状は幾度(いくど)となく届けられた。

 それでも帝都からの返事は、お決まりであった。交渉(こうしょう)(たび)に、罵詈雑言(ばりぞうごん)と侵略の()が増すだけであった。


 

 かつて人間世界は二分(にぶん)していた。

 種族差別という心の闇から生じた、果てしない人の世のねじれに(さいな)まれていた。




 ◇




 

 ──だが、ある日ある時、このファナジスタに深刻な大問題が発生した。

 あろうことか、空から次々と魔物が降って来たのだ。

 その原因は今でも解明されてはいないが──。

 

 魔物が降ってきた場所が、傲慢だった人間たちの住む帝都の領域だったこと。


 その様は、まるで流星(ぐん)が地上に降り注ぐかのようだったと語り()がれてきた。

 上空は、真夏の空でカラッと晴れていた。


 

 にわか雨も、突然の雷雨(らいう)も発生不可能なことが明確に目視(もくし)できる程、雲一つなく青く()んだ空の景色が群衆(ぐんしゅう)の目からも見渡す限りに広がっていた。

 

 気象観測の研究者たちからも、その連日に異常気象が危惧(きぐ)されていた事実は皆無(かいむ)だと報じられていた。

 決して雨や何かが空から降ってくる予兆など見受けられなかったのだ。

 


 それなのに奴らは()って来た──。



 天候には関わらずに雨あられのように天から降って来やがった。


 外見はヘドロの塊ようなブニっとした弾力性を持つ得体の知れない固形生物で、大きなものは直径3メートルの球状で、様々に色の付いた甘い水(あめ)のような姿。

 小さいものは、子供が小脇(こわき)(かか)えられる程の小動物並みのサイズまでいた。



 そう、それは(のち)にスライムと名付けられた魔物だった。



 人間たちも魔法使いたちも、何が起きたか把握(はあく)する(すべ)もないまま、地獄絵図と化すファナジスタ崩壊(ほうかい)の危機に否応(いやおう)なしに直面した。


 それまでファナジスタには魔物など確認されていなかった為、あっと言う間に帝都ドラグニールは壊滅(かいめつ)の危機に(おちい)った。


 

 そうさ、慌てふためく帝都の人間たちに救いの手を差し伸べたのは、人間たちに蔑視され、迫害されて肩身の狭い思いをしていた魔法使いたちだったのだ。

 

 かつての帝都の人間たちが今、王都と同盟関係にある貴族たちだ。

 もうファナジスタには、王もいなければ王族を名乗る者もいない。


 

 人間たちの真実の敵は、空より飛来した魔物。



 利害一致という一言の状況が、魔法使いたちの宿願(しゅくがん)であった両者の平和への歩み寄りを許し、同盟を築くに至ったのだ。

 その脅威(きょうい)が戦争をしていた人間たちの目を覚まし、ひとつなぎに団結させたのだ。

 およそ、二百年前の話だった。




 「……」


 王都には総督府(そうとくふ)があり、そこに居る総督を名乗るかつての帝国の王が現ファナジスタの最高幹部だ。


 元々王都に居た一部の有識者や魔法使いも同等の地位が与えられ、高位魔法使いとの位置付けにより、同盟後の貴族たちからも尊崇(そんすう)の念を(いだ)いてもらえるまでには至ったが、多くの民を主導(しゅどう)できるのは帝国の王しか居なかった為、人間の王がそのポストに()いたのだ。


 

 魔法使いの王は、魔物が飛来してきた際に、王都を留守にしていたのだ。

 留守ならば同意が得られないのは致し方ないと言い、魔法王が戻るまで代理総督に就任した人間の王『イフ・ドムドーラ・エデン』こそが、実質、この世の救世主である魔法使いの王をも差し置く、最高権力者だ。





◇◇◇




 「一応、歴史って奴はこうなってやがる」

 「……ルク?」

 

 いつも面白おかしく話を盛り上げてくれるルクの表情が、(つぶや)いた一言と共に怒りに満ちたようにも見えた。

 

 この世界で先生と呼ばれる高位魔法使いは、そんなに多くは居ないようだ。

 僕は駆け出しの頃、何も世界のことを知らずにあの先生のことを



 「……ハッキリ言ってナメていました」

 「あはは。ニルスはそんな年齢で先生に出会っていたんだっけな」


 一瞬かげりを見せたと思ったルクの声がいつもの優しい先輩のものに戻って微笑んでいた。何だかホッとした。

 

 実は、そんなに()めては居なかったけど、冗談っぽく言い回してみただけだ。

 

 もしかしたら、僕に腹を立てたんじゃないかと一瞬不安になったからだ。

 僕はスキルが無ければ、ただの人間の子供だ。

 僕のヘンテコスキルのせいで、この二人はこんな森に5年間も道ずれ冒険者として、閉じ込められているのだから苛立(いらだ)って当然なのに。

 

 僕にそういった感情をぶつけてきたことは、これまでも一度もなかった。

 むしろ、良くできた人たちだと思っていて、やっぱり勇者はカッコイイとさえ思わせてもらったくらいだ。


 でも故郷を離れて旅立つことになった後にも一度だけ見た気がした。

 先輩達きっと何かよほど辛いこと、抱えているんだって感じたことがあった。




 「俺達は、ラッキーボール小国の出身じゃないし。あそこには任務で居合わせただけだから……」

 「え? それ初耳。ルクたちどこの生まれ?」



 僕は結構な月日を共にした仲間だったはずなのだが、バキやルクの生まれ故郷なんて気にしたこともなかった。

 

 今まで、ゆっくり世間話をしていい状況には居なかったもので。

 今はその状況が変わったから思わず聞いて見た。

 迷いの森でアバン先生の帰りを首を長くして待って居るだけだから。



 「俺もバキも、一応王都の出なんですわ。だから先生を信じているが恐れた事などないよ」

 「え?」


 じゃあ、この二人は元から魔力を持っている側の人間ということになる。


 それをいま話すのは何故なのだろう……少し怖いな。

 敵対していたのは大昔のことで、もう恨みとか無いよな。

 僕が生まれる前から二人は、アバン先生の弟子だったのか。



 「ニルス、こんなことになってスマンな。俺達は、アバン先生と共にありたいと志願して着いてきただけだから」


 「え? さっきから変だよ、ルク」


 僕は、繰り返す様にさり気なく疑問符を挟んで、じっと様子を窺っていく。

 朝食に入ってからの話題がいつもと何か違っていた。

 深刻というか、こんな大昔の話題に入った事、いままで無かったからだ。


 いや、スライムが空から落ちて来たことぐらい、町の子供でも知っているけど。


 「王都マグニスタの話なのだが……」

 「えっと、王都ってドラグニールなんとかだよね? ルク」


 「今はな。さっき昔話をしただろ? 王都と帝都の……」


 更に、ルクが昔話を()してきた。

 やはり僕は、疑問符付きの返答で受け身にさせられるしかなかった。


 僕の心は、恐々としていた。


 僕は十代、彼らは三十代。二人は、訓練生を脱した熟達した勇者だ。

 武術にも魔術にも抜きんでた大の大人ふたりと、眠けまなこの子供が人里離れた樹海(じゅかい)で迷子になって、五年を過ごした。


 取って食おうって訳じゃないけど、僕に心当たりがあるとすれば、勇者候補生の思い出話をした辺りからこうなった様だ。


 ルクに言葉を返すと、すかさずバキが僕の逃げ場を詰めるように言葉を継いだ。


 バキまでどうしたんだ、神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで。

 そう思いながら腹ごしらえを進めていると


 

 「王都って何で王都という名だと思う?」

 

 ルクはその後、僕にこう疑問符を投げかけてきた。


 そのように問われれば、どう答えると思っているんだ、この人らは。

 僕は二人の妙な問いかけに対して普通に思うことを答えることにした。


 「そんなの決まってるじゃん。その魔法使いの王様が住むために建てた都だからじゃないの?」


 「ニルス!! そ、その答えを知る者を俺達はどんなに求めていたことか!」

 

 ガタッと音を立てて慌てた様子でルクが僕に向かって立ち上がったものだから、

 かなり重い丸太のテーブルの位置がずるりとズレた。

 テーブルの上に並べてあった食器類が床に転げ落ちそうな危うい場面を僕は両腕を広げて食い止めていた。

 

 「ルクよ。俺もやっぱりニルスとの巡り合わせには何か縁を感じていたんだ」


 「いや、だから何が?」



 唯一食事くらいしか楽しみのない森の中で、食卓の上に身を乗り出すように二人が興奮気味に手を携え合うものだから、僕だって懸命に死守する。

 彼らが何を言いたいのか良く判らないけど、普通に答えただけで何故そんなに感動するのか? 

 本当に目に涙なんか溜めちゃって、何をそんなに感激してるんだかちっとも解らなかった。



 「アバン先生ぇ! ニルスですよ! うおーん」

 「探していた子は、ニルスだったんですよー! うおーんおん」

 

 僕を探していた?


 誰がです?


 「え?」



 僕の顔に書いてある疑問符に、二人が揃って人差し指を向けた。


 アバン先生が僕のことをずっと探して旅をしてきたって!?。

 目の前の二人の先輩がそう言ってわんわんと犬みたいに泣くんだ。



 「聞いてくれ、ニルス」

 「俺達の任務は、王都にいた王の行方を探ることだ」


 「……」


 「俺達の先祖は、その歴史の中で魔族や魔物とまで罵られて当時の人間たちには、それは酷い仕打ちを受けてきた」


 僕が、ゴクリと最後の一口のミルクを飲み干した時だった。

 ルクが何やらとんでもない過去をぶちまけてきた。

 物々しい表情と、悲嘆に暮れるような深刻な語り口調。

 

 王都に居たってことは、戦時中の話だろ?


 それは、二百年も前の事だ。

 どうせ暇だから聞くけど……と言うより何処にも逃げ道ないから。

 バキとルクも、アバン先生と同じく魔法使いの血族だったのか。


 遠い過去に人間と魔法使いの醜い争いがあったなんて、今初めて知ったよ。


 

 ◇



 それはそうと、アバン先生からは一言も、この旅路の真の目的を聞かされていないと言う事がたった今、二人の口から判明した。

 いや勿論、僕には僕の目的があるのだけど。新たに、旅の目的が追加されてしまった様だ。


 アバン先生も、さぞかし驚くことだろう。

 いずれにせよ、先生に再会できない事にはどうにもならない。





 ──僕らが、迷いの森でひたすら帰りを待っている高位魔法使いの先生の名は、


 

 「マグニート・ゼフロスタ・アバン」。



 それは、僕らの思い出話の中にも度々出てくる、あのスキル神官のポンポ先生のことなのだ。

 弱虫だった僕のことを、憧れの勇者に近づけさせてくれた、あの熱血試験官の。



 朝食を終えて後片づけをしてから、僕は……



 「ねえ、ルク。時間はたっぷりあるんだよ。どうせなら出会った頃から順を追ってじっくりと聞かせてよ? 勇者の訓練所で会ったあの頃の……」


 「ん?」


 「二人の背負う湿っぽい過去は知らないよ。僕は、あの頃の強かった先輩勇者の話が聞きたいんだ」



 「──ふっ。それもそうだな、ニルス。そうしよう」




 勇者の話が聞きたい。

 僕が二人にそう告げると、二人の瞳にキラリとした力が漲った。

 

 痛みを抱えた人間の過去の話には涙が付きまとうものだ。


 頼みの綱の先輩二人に泣き言を言われちゃ敵わない。

 せめて、アバン先生が戻るまで先輩達には勇者のままで居てもらわなければ。




 勇者候補生の僕が興味深く耳を傾けられる話は、勇者の武勇伝だけだから。


読んで下さってありがとう。不定期更新ですが、温かい目で見守って頂ければ嬉しいです。

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