第十三話 不思議な出会い、そして……
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お話は一旦、迷いの森の現在に戻りまして──。
◇
「──そうだった。ニルスとは勇者の訓練所で……」
「いやあ懐かしいな」
「先輩、ポンポ先生のスキル神官ごっこは、昔からだそうですね?」
「ぶっ。ポンポ先生いたな。そういう無茶ぶりが大好きな人が」
「あの人に睨まれたら、どんな大人でも小便ちびるわな」
「確かにあの時はちびったけど……。しょ、小便言うな!」
出会った時からルクは、下品な言葉使いを会話に挟んで、僕の反応を窺うのがクセになっているようだ。
だけど、そんな会話が案外、場の空気を和ませたりするのも事実。
出会い頭の挨拶も、こういうシチュエーションでルクが絡まってきたので、僕が恥じらって思わず「しょ、小便言うな!」と切り返したのが始まりで、それ以降は漫談のようなものだ。個人的には下ネタは好きでは無い。
丸太小屋の中で、朝からルク先輩が台所に立ち、木のテーブルに3人分の食事を準備してくれていた。
二人とも独身生活が長いらしく、それなりの生活力も持っている。
飲み物はホットミルクにコーヒー。朝食が、でっかいコッペパンに苺ジャムや蜂蜜をトッピングするだけの軽食にする日は、ルクが作ってくれるんだ。
ああ、もちろん玉子やベーコンもこんがりと焼いて、付けてくれるさ。
ふかふかで焼きたての、いい匂いのパンに透き通るようなツヤツヤの蜂蜜やジャムをたっぷりぶっかけて、思いっ切り頬張って、ひと時の幸福に浸ろうと笑顔で囲んだ食事に皆で手を伸ばそうとした時に始まった会話がこれだ。
今から口に物を入れようという時に、小便言うな!
と言う会話が、僕らがここで過ごす日常の流れとなっていた。
勇者の訓練所に入った所で紹介された助役の二人が、バキとルクだ。
助役は、候補生が初クエストに挑む時の救護サポート班だ。
その救護に必要なスキルは回復だけだったし、10歳の僕の治癒なんて低位クラスで充分だった。
ルクが中位クラスの回復スキル、バキが低位クラスの回復スキル持ちだ。
バキとルクは、どちらも中位クラスの勇者で、職種は忍者だ。
忍者としてのバキは、封印術を得意とし、ルクは回復と強弱化が主力と言っていた。
忍者という職種については、あまり詳しくない僕だが、好奇心の触覚はずっと先輩達に向いていた。
いつか先輩に詳しく聞こうと思っていたが、機会に恵まれず今に至る。
「そう言えばニルスよ……」
「ん?」
「スキルで思い出したんだがよ」
ルクが真面目そうな口ぶりで、能力スキルについて自然と語り出した。
バキも耳を傾けながらも、黙ってベーコンエッグを頬張っていた。
バキは、ルクが切り出す話を共に聞こうと、ルクに疑問符を向ける僕に促すように食を進めていく。
「……うん」
この日の話題がスキル関連の事なら退屈しなくて済みそうだと思い、僕も、何も言わず食べながら素直にルクの声を聴く事にした。
◇
能力スキルとは、自然エネルギーに属するエレメンタルを、魔力で錬成して生み出した、錬成魔法の事を簡易的にそう呼んでいるものだ。
錬成すると言っても高位魔力の持ち主でなければ、属性エレメンタルに魔力を混ぜることすら出来ないという。
そして基本的に魔法と能力スキルは別物。
魔法はそもそも『魔力を持たない者』には、魔法使いの領域にも入れず、呪文を詠唱しても発動すらできない代物だ。
つまり、スキルによる能力は本来、『魔力のない者にも』魔法使いのような、特大の火力に匹敵する力を持つことを可能にした "神がかりな技巧"というわけ。
その上、その"神がかりな技巧"さえも、高位魔法使いによる付与魔法がなければ誰も身に付けることが叶わないのだ。
それ故に、この世界では高位魔法使いは、政治権力者と同階級であるか、それ以上の敬意が払われる存在であるという認識がすでに世に広く通っていた。
そのような高位魔法使いたちの右に出る権力者が、ただ一人だけ存在する。
高位魔法使いたちも、並み居る権力者たちも、敬意を払い、ひざまづく存在。
人間が統治下に置く「夢幻大陸ファナジスタ」という世界。
その現在の中心国家は、王都ドラグニール・マグニスタ。
それに連なる九つの同盟国家とでファナジスタは、ほぼ成り立っている。
正確には主要連盟国家という位置付けになっており、
九つの同盟国家はすべて貴族で構成される大富豪国だ。
僕の生まれ故郷のラッキーボール小国は、その内の一つの大富豪国の領土内にあり、言わば傘下国という訳だ。
どの小国や中級国家も、いずれかの大富豪国の友好か傘下である。
中級以下の民の暮しぶりは貧しいが、中には大富豪国の大使館や通信使節団エリアがある為、その関係者や家族も暮らしていて街の中で上流階級の住人とすれ違うこともある。
「先生と俺たちは、ニルスの町にたまたま小便も兼ねて滞在していただけだ」
「そうそう。先生の気まぐれ神官には、俺もルクも駆り出されてな。逆らえないんだよな、あの人には」
「逆らって、立ちションできない身体にされたくないからよぉ」
「そうそう。ニルスもちびらされたから分かるだろ? ションベンくらいてめぇの意思でしたいだろ」
「分かりますけど二人揃って……しょ、しょんべん言うな!」
気持ちは分かるけど。
にやけ顔のルクが下ネタ節で絡んできたかと思えば、バキまでちょい悪な感じでにやけ出したが、僕はつられて便乗することは無かった。
しっかりと突っ込んでやらねば、飯時に誰がこの変態仮面ども達から食卓の笑顔を守るというのだ。
5年前のあの日、ウルタの町にスキル神官を名乗る高位魔法使いがいた。
魔物の増加に伴い勇者を早期育成するべく、スキルを付与していたあの方だ。
当時、大国の使節団に私用で随行していたポンポ先生が、そこに滞在していたのだ。
ウルタの町の勇者候補生の育成状況が思わしくない事が彼の耳に入り、彼は手持ちのスキル箱を幾つか町に持ち寄って、イベントの責任者として、良かれと思って参加したのだとこの時、二人は言う。
また、この世界には3種類の人間がいる、と言う話題にも触れた。
第一には、勇者とは違う道を歩み、国家の為に生きて行く者。
第二には、生まれつきの魔力に恵まれ魔法使いの道を歩む者。
第三には、魔力を持たぬのに魔法使いのように戦う意志に目覚める者。
第三の者達の事をこの世界では、勇者と位置付けている。
かつては鍛え上げた体術や戦術を駆使し、潜入捜査のような隠密行動をする者が、勇者に近い業務を兼任していた。
しかし、屈強な魔物が世界に蔓延るようになってからは、そうも行かなくなった。
多くの国を支える人材を戦いにより失ってしまうからだ。
どうしたものかと頭を悩ませていた人類の前に救世主が現れた。
それが付与魔法を編み出した魔法使いたちだった。
同時に錬成魔法による、例のスキル能力もすでに開発して。
「やっぱり魔法使いが、一番強い勇者だよな」
「ゆ、勇者って、魔法使いが生み出した存在って訳ですか?」
「ああ。魔物と戦う為にな」
おや?
今の話の流れからすると、勇者と魔法使いは別の位置づけなのか?
それにしても、魔物って空から降って来たわけだよな。
「……ふわぁああ」
僕にとっても興味深い話題だと言うのに、突然、大きな欠伸が出てしまった。
ルクの話し方が眠気を誘うのか、ミルクの主成分カルシウムが成長期の僕の苛立ちをも吸収しているのか、眠気が差してきたのだ。
「ニルス、やばい眠気じゃないだろな!」
緊迫の表情で、ルクが僕に喝を入れて来た。
「朝は、目覚めの為にもコーヒーを飲むべきだ。さあ、グッと」
バキは、淹れたての『絶対苦いに決まってる系』の真っ黒珈琲のカップを、僕の前にどんと差し出してきた。
僕の眠気による睡眠は、最長5年の爆睡記録があった。
それは僕にとっても、二人にとっても悪夢でしかない経験だ。
ここは勇気を出して、目覚ましの珈琲を、僕も一杯もらおうかと一口飲んでみた。
「うぐっ……」
苦虫を嚙み潰したような顔がどんな表情か知らないが、今、二人がそれを垣間見ている所だと言う事が彼らの表情から読み取れる次第だった。
大したイケメンではない僕だが、そんな顔を披露しているのかと思うと、薄っすらと涙まで滲んできた。
ふと、ナーチの事が思い起こされた。
こんな時、彼のスキル能力なら、さぞ絵になったことだろうと。
ナーチの絶対イケメン能力と、バブチの絶対ウケる能力でクールVS笑わせる。
そんな対決があったなら、その行方は一体どういう結末になるんだろうと、今は……。
今だけは、ブレドラを入れさせて下さい。
「目覚めの珈琲、苦っ!」
読んで下さってありがとう。